第81話 傭兵団襲撃③

 射手の中に突入したジェドは周囲の射手達を蹂躙していく。剣で斬りつけ、柄で殴りつけ、肘を叩き込む。


 ジェドが射手の中に躍り込んで僅か30秒で10人以上の射手が戦闘力を奪われた。射手達の戦闘力を奪ったのはジェドだけで無かった。シアの放たれる魔術もまた射手に向けて放たれたのだ。


 シアの放った【火球ファイヤーボール】が容赦なく射手の中に放たれると衣服に火が燃え広がり、絶叫を放ちながら転げ回り火を消そうとする。


 そこに敵側の魔術師が【水蛇ウォータースネーク】を放つ。全長10メートル程の水蛇が火のついた男達を包み込んだ。水の蛇に包まれた男達を焼いていた炎は消えると水蛇も消え失せる。


(あいつね…)


 シアはその様子を見て魔術師を特定する。魔術師の格好は他の男達と変わらないために服装で魔術師を特定する事が出来なかったために火球を放ち、助けさせることで魔術師のあぶり出しを行ったのだ。


 もし、魔術師が助けなくてもそれはそれで構わなかった。敵の数を減らすという最低限の目的は達成することが出来るからだ。シアにとって優先すべきは味方の安全であり、敵の命はその中に入っていないのだ。


 アレン達のような強者であれば敵の命を奪わないで制するという事も出来るだろうが、シアはそこまでの実力が自分にあるとは思っていない。そしてそれはジェドも同じ考えであった。


 シアは魔矢マジックアロー、氷矢アイスアローを立て続けに魔術師に放つ。攻撃を受けた魔術師は防御陣を形成するとシアの魔術を防ぐ。シアは続けて再び魔矢マジックアローを放つ。


 魔術師は防御陣を形成し、先程と同じようにシアの魔術を防ごうとする。しかし、込ん今度は違った。シアの放った魔矢マジックアローは魔術師の手前の地面に着弾したのだ。


 地面に着弾した魔矢は魔術師の視界を奪った。視界が回復した魔術師の目は杖を振り上げて目前にいるシアの姿を捉える。視界を奪った僅かの間にシアは魔術師との間合いを詰めていたのだ。


 シアは魔力を込めた杖で防御陣を粉砕するとそのまま右肩を打ち付けた。骨の砕ける感触が杖越しに伝わる。


「ぎゃああああああああああああ!!!!!」


 魔術師の口から絶叫がほとばしる。魔術師の形成する防御陣は決して脆いものでは無い。シアは杖にただ魔力を込めたわけではなく、突起状に形成しており、その突起が魔術師の防御陣に楔の役割を果たし穿ったのだ。


 苦痛の叫びを上げる魔術師の顔面をシアは容赦なく杖で殴打する。シアの腕力は一般の女子と比べても取り立てて怪力というわけでは無い。しかし、魔力による身体強化、ロムの指導による体術の向上は凄まじい威力の打撃となって魔術師に放たれたのだ。


 魔術師は血を撒き散らし地面に転がった。かろうじて息はあるようだが、何の慰めにもなってないことは確実だった。


 呆然としていた周囲の男達は一瞬凍り付くが、すぐに怒りが凍り付いた思考を溶かした。だが、その一瞬の自失は確実に悪手だった。


 すでに射手達の戦闘力を奪ったジェドが後衛の男達に突入していたのだ。男達は剣を抜き応戦しようとするがそれよりも早くジェドの剣により、腕を斬り落とされていく。


 ジェドが突入したことで男達はどちらに対処すべきか一瞬迷う。普通に考えればシアは魔術師であり後衛のはずだ。まずはシアを始末するか、捉え人質としてジェドを脅すのが良いやり方と言えるのだろうが、シアの近接戦闘力は決して軽視してよいレベルでは無かった。


「がぁ!!」

「ぐぇ!!」

「ぎゃあああ!!」


 一瞬の逡巡に全員が捕らわれている間に形成は確実にジェドとシアに傾いている。流れを完全に掴んだ2人は一方的に男達を蹂躙していった。


「ふぅ…」


 男達は全員、ジェドとシアにより地面に転がされられた所で、ジェドは安堵の息を吐き出す。


 全員が苦痛に呻いているがジェドとシアはそれらに見向きもしない。助ける義理などないし、そもそも選択肢すら無かったのだ。


 ジェドは1人の指揮官と思われる男を蹴飛ばす。後で情報を聞き出そうとこの男だけはそれほど痛めつけていなかったのだ。蹴飛ばされた男は気絶したフリをしていたことをジェドは気付いていたのだ。


「おい」

「…」


 ジェドの呼びかけに男は無言だった。ふてぶてしい態度であるが、2人に為す術無くやられた身でこのゆに強がってもひたすら滑稽なだけだ。


「ジェド、尋問は後にしましょう。多分、そろそろ出発するわ」


 シアの言葉にジェドは頷く。戦闘が終了した事を察したエイバンが出発を決定付けていても不思議では無いのだ。


 ジェドは指揮官の男の頭を掴むと引きずりながら一行に合流するために歩き出した。


 街道に出ると少し後ろに一行が来ていた。街道に合流するためにジェドとシアはショートカットしたのだが、一行が出発し進んだ距離と2人が街道に出るタイミングがうまくかみ合った形になった。


「2人とも大丈夫だったようだな」


 ヴェインが2人に声をかける。


 馬車の反対側にはロッドが立っており、どうやら護衛として馬車の外に出ていたらしい。


「ええ、こいつらの正体、目的はまだ不明ですが、指揮官と思われる男を捕らえていますので、どうします?」


 ジェドの言葉にヴェインや他の兵士達、エイバン達が苦笑する。苦笑される意味が理解できなかったので2人は戸惑う。


「いや、実は2人が露払いをしている間に、この男が色々と話してくれた」


 ヴェインが指差した所に先程捕まえていた男がいた。所々ケガが増えているところを見ると中々激しい尋問をした事が窺える。


「あ、そうだったんですか」

「ああ、シアの予想通り、ここで足止めして街道を引き返させてからそこを伏兵が襲うという作戦だったらしい」


 ヴェインの言葉にジェドとシアは頷く。どうやらシアの予想は大方当たっていたらしい。


「それからこいつらは傭兵団の『魔狼』らしい」

「『魔狼』?」

「ああ、質の悪い傭兵団で犯罪行為も平然と行う連中だ。傭兵ギルドからも除名処分を食らってる」

「そうですか…でもこいつら弱かったですよ?」

「ははは、それはこいつらが弱いんじゃ無くて君達が強いんだよ」


 ジェドの言葉に全員が笑う。


「でも、『魔狼』なんて言う達の悪い傭兵団がなんでここにいるんです?」


 そんな質の悪い傭兵団が王都の近くにいて何も噂にならないのは不自然だった。


「ああ、この『魔狼』の本拠地はここじゃない」

「?」

「『魔狼』の本拠地はイスタリオン辺境伯領とランゴルギアの国境沿いにあるヴァードル森林地帯らしい」

「そんな遠くからここまで来たんですか?」


 この王都とヴァードル森林地帯の距離を考えると誰の噂にも上らずにここまでこれるという事自体が謎だった。


「いや…どうやら、悪魔に召喚されたらしい」

「え?」

「悪魔の召喚され俺達を襲うように命令されたらしい。正確に言えばレンドール家の者がエリメアに向かっているからそれを捉えるようにという命令だったらしい」


 なるほどとジェドもシアも思う。召喚されたとのことでこの地に現れたというのも納得する。人間ならばかなりの困難な事だが、悪魔の魔力量であれば可能なのかも知れない。2人はこの話だけで相手の悪魔はこの前、斃した悪魔よりも遥かに強いことを察した


「そうですか…ではそろそろ、伏兵の『魔狼』が追ってきますね」

「ああ、それと…2人とも気付いているか?」

「え?」

「俺達と『魔狼』以外に別の気配がする」


 ヴェインの言葉にジェドとシアの表情に警戒の色が浮かんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る