第77話 悪魔達②

「よっ…と」


 ジェドは軽い調子で悪魔の心臓を貫いた剣を横に薙いだ。横に薙いだ剣は何の引っかかりもなく筋骨逞しいはずの悪魔の胸を斬り裂き、脇から抜ける。そして、その先にあった右腕も勢い余って斬り落とした。傷口から血を噴き出し巨大な悪魔は地面に倒れ込む。


「そう悲しむなよ…すぐにお前も同じ眼にあわせてやるから」


 ジェドはそういうと小柄な悪魔にニヤリと嗤って言う。


「貴様…さっきの言葉はウソだったのか…」

「ああ、そうだよ。事が終わってから気付くのは自分を惨めにするだけだぞ」


 ジェドの言葉に小柄な悪魔は憤怒の表情を浮かべる。すさまじい形相だがジェドは素知らぬ顔だ。


 ジェドの言葉に怒りを持っても、まんまと引っかかった自分の間抜けさが際立つだけである。


 ジェドは悪魔との会話の中で、人間を見下している悪魔を侮辱することで戦いの方向へ思考を誘導する。そして「時間稼ぎ」という言葉でその勢いを削ぎ、何かを仕掛けたと思わせ、第三者が攻撃を仕掛けてくると、悪魔の思考を誘導したのだ。


 怒りによる興奮、罠に掛かったかもしれぬという不安による落差があっさりと悪魔を罠に陥らせた。悪魔は無様にもジェドの掌の上で転がされていただけであったのだ。


「いや~ここまで引っかかってくれるとこちらとすれば逆に不安になるな」

「何?」

「いやな、普通はここまで悪魔がマヌケだというのはあり得ないと思うだろ? 何かの罠を疑うのは当然だよな~。そうだよな…ここでくたばった筋肉ダルマが死んだのも何かしらの布石だろ?」


 もの凄く嫌みたらしいジェドの言葉だった。


「まぁ魔物使いごときに飼い慣らされている程度の悪魔だから俺の言葉を理解しているか少しばかり自信がないな。お前、俺の言っていることわかる?」


 どこまでもジェドは悪魔をバカにする。もちろん、戦いを有利に行う為に行っているのだが、悪魔にとっては人間に侮辱されている事には変わりない。


「この俺が魔物使いなどに飼い慣らされるか!! 魔物をけしかけたのは俺だ!!」


 怒りのためだろうか悪魔は本当にポンポンと情報をくれる。少なくとも自分が魔物使いである事を告白する理由はどこにもない。なぜならここでこいつを殺せば、魔物をけしかけられる危険性が一つ減るのだ。


「お前はアホだな」


 ジェドの言葉に悪魔は訝しがる。


「お前を生かしておく理由はないし、殺すつもりだったが、今のお前の言葉を聞いて生かしておいておくわけにはいかなくなったな」


 ジェドの苛烈な意思を感じ、悪魔は後ずさる。悪魔は間違いなく人間の小僧であるはずのジェドに気圧されていた。


「お前を殺せば魔物に襲われる可能性がかなり減るのは間違いないだろう? 俺の次の目的は魔物使いだった。それをわざわざ殺されに来てくれて……かつ、名乗ってくれた。こんな機会をなぜお前が与えてくれるのか正直理解できないが、この機会を逃すような事はしないから安心しろ」


 ジェドはそう言うと間合いを詰めて斬撃を見舞った。


 鋭い斬撃は悪魔の喉に向かって放たれる。それを悪魔はかろうじて躱すがジェドの斬撃が予想以上に鋭かったためだろうか、悪魔は大きくのけぞる形で躱した。だが、それは悪手である事は間違いない。


 なぜなら躱したのは上半身のみであり、下半身は動いていない。しかも下半身の方はこの時、悪魔の意識から外れている。そこにジェドが間髪入れずに足払いをかける。斬撃を躱す事に集中していた悪魔はジェドの足払いに対応できずにまともに足を祓われると転倒した。


 悪魔を転倒させたジェドであるが、すぐにトドメを刺すような事はしなかった。ジェドが狙ったのは倒れ込んだ悪魔の足を両断する事である。


 ジェドは転倒した悪魔の足を容赦なく斬り落とした。


「がぁ!!」


 悪魔の口から苦痛の声が漏れる。足を斬り落としたジェドは、そのまま悪魔の脇腹を蹴り飛ばした。小柄な悪魔は体重はそれほどでもないのでジェドの蹴りを無防備に受けた事で数メートルの距離を転がった。


 転がった悪魔であったが、斬り落とされた足から血が触手のように伸びると斬り落とされた足と繋がるとすぐに、悪魔は立ち上がりジェドを睨みつけた。ジェドは悪魔の周囲を回り隙を探す。だが、悪魔はジェドから眼を決して逸らさない。ここにきてジェドを侮る事の迂闊さに気付いたようであった。


「ヴェインさん…気を付けてください」


 ジェドはヴェインに注意を促す。ジェドの注意にヴェインは頷いた。


「ああ、これからが本番というわけだな」


 ヴェインは剣を構えると悪魔を睨みつける。


「取るに足らない人間がこの私をここまで追い詰めるとは…」


 悪魔の言葉にジェドは苦笑する。その苦笑に悪魔は反応する。


「何がおかしい?」


 悪魔は先程のように怒鳴り散らしたりしなかった。ジェドを獲物ではなく敵として認識したのだろう。ジェドを見る目に警戒の色がある。


「いやね…俺がわざわざお前の周りをぐるりと回るのは何故か、お前は考えてもないんだろうな…と思うと何か笑えてきてな」

「何?」

「俺から眼を離さないというのは、アホにしては成長と言えるかも知れないがな。ちょっと遅かったかなと思ってな」

「何が言いたいのだ?」


 ジェドの言葉の意図を図りかねて悪魔は訝しがる。


「いや、俺がここに移動するのには理由があるとすればそれはなんだ?」

「何?」

「鈍いなぁ~お前はもう罠に嵌まってるんだよ」

「罠だと?」


 ジェドは悪魔の体越しに視線を送る。


「どこまで私を虚仮にするつもりだ!!二度も同じ手を食うと…がぁ!!」


 悪魔がジェドを罵ろうとした声は最後まで発することは出来なかった。悪魔の背中に魔矢マジックアローが着弾したのだ。悪魔が振り返ると背後に黒いローブを纏った少女が立っている。


 その少女の名を当然悪魔は知らない。もちろんその少女はシアだ。重傷者の治療を終えたシアはいつでもジェド達を支援できるように構えていたのだ。悪魔を蹴り飛ばしたときにシアがこちらを見ていることに気付いたジェドが悪魔の隙を探す振りをして、悪魔の意識にシアが入らないように誘導したのだ。


 あとは言葉によって悪魔の意識をジェドに向けさせれば無防備にシアの魔術を受けることになるのだ。


 もし、悪魔がジェドの言葉から危険を察し、振り返ればそれはジェドに対する隙を見せることになるためにジェドが斃せば良いだけのことだ。振り返らなければシアの魔術を食らうという二重の作戦だったのだ。


 そして、悪魔は背後から魔矢マジックアローを放った相手を確認するために、つい振り返ってしまった。その隙をジェドは見逃すことはしない。


 ズンという衝撃が振り返った悪魔の左肩から発する。その衝撃が痛みに変わり、生暖かい地の感触が頬に感じた。すると力が抜け膝から崩れ落ち、悪魔は地面に転がった。


(斬られた…バ、バカ…な…こん…な……)


 自分がやられた事に気付いたが、もはや動くことは出来ない。


「ま…待……って…」


 息も絶え絶えに悪魔が言葉を発するが、ジェドは容赦なく剣を振るい悪魔の首を斬り落とした。


 魔物使いの悪魔はあっさりと見下していた人間にその生涯を閉じることを強制されたのであった。

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