第76話 悪魔達①

 カギアが放った光が収まると二体の悪魔がいた。


「悪魔だと?」


 ヴェインの困惑する声を聞いて二体の悪魔はニヤリと嗤う。


 二体の悪魔は一体は筋骨逞しく身長が2メートル程で背中にコウモリのような羽とサソリのような尻尾があった。いわゆる悪魔と聞いて思い受かベル様な姿だ。


 そして、もう一体の悪魔は1メートル60㎝程の割かし小柄な体格だ。容貌も小柄だと言う事を除けば大きな方の悪魔と変わらない。


「ははは…随分と驚いているようだな」


 小柄な方の悪魔がジェドとヴェインを嘲るように言う。


(あ、こういう奴は勝手に情報をくれるから助かるな)


 ジェドは小柄な悪魔の態度に、何となく頭が良いと思っているのだろうなと察する。ただし、2人に対する態度からこちらを対等の相手と見ていないので情報を調子に乗ってどんどん漏らす可能性が高いだろうと計算する。


 とすると、この二体の悪魔を斃す前に出来るだけ情報を仕入れる必要がある。


(じゃあ、口に油をさすか…)


 この悪魔達はジェド達を格下と見ているのは間違いない。というよりも悪魔や魔族は人間を下等な生物とみなしているために、意外と得意気になって情報をもらすのだ。情報を漏らしても殺せば問題ないという意識なのだ。


「そ、そんな…悪魔が二体なんて…」


 ジェドは困惑した声でぽつりと呟く。本心から言ってしまえばまったく恐れていない。この二体の悪魔から感じる圧迫感は前回斃した悪魔よりも少しばかり強いものだったからだ。


 無論、この悪魔が実力を隠しているという可能性もあるのだが、それでも手に負えないという悪魔ではないと思っていたのだ。


「ふ…そう、怯えるな人間よ」

「え?」


 小柄な悪魔の言葉にジェドは希望を持った表情を浮かべる。無論演技である。この手の表情を浮かべれば生存の可能性を感じたと思わせる事が出来ると思ったのだ。


(次のセリフはわかってんだから…もったいぶらずに早く言えよ)


 ジェドは続く悪魔の言葉は大体予想がついている。どうせ『すぐに楽にしてやる』とかそういう類の事だろう。そして絶望に叩き落として、交渉条件を持ちかけるのだろう。オリヴィアを渡せとかそういう類の事をだ。


「どうせ貴様らでは我々に勝てん!! 先程の魔獣の姿はただのお遊びよ。本来の姿と借りの姿ではどちらが強いかぐらい、貴様ら人間でもわかるだろう?」


 悪魔の嫌味たっぷりな言葉にジェドは顔が引きつる。ジェドの顔の引きつりを悪魔の方は都合良く恐怖を刺激されたと思っているのだろうが、実際の所は怒りを押し殺すのに我慢しきれなかった分が表情に出ただけだった。


(が、我慢だ…このくされ悪魔……情報を聞き出すまではいかしておくんだ)


 ジェドはギリギリと心の中で歯ぎしりしつつ、冷静に応対しようとする。


「カギア…は、お前達悪魔の擬態だというのか?」


 ヴェインが悪魔に問いかける。


「ははは…もちろんだ。我々悪魔の擬態した姿の一つだ。斃したと瞬間に我々が姿を見せれば人間達は一気に絶望に落とされるのを見るのが楽しくてな。どうだ助かったと思ったところに我々悪魔が現れるショックは大きいだろう」


 小柄な悪魔の言葉に不愉快さを刺激されてしまい、ついジェドは反論と言うよりも悪魔を辱めることにした。


「ヴェインさん、悪魔は単なる臆病なんですよ」


 ジェドの言葉にヴェインと悪魔二体は呆気にとられる。ジェドの言わんとする事が理解できなかったのだろう。人間に侮辱されたという事を理解した悪魔は憤怒の表情を浮かべて口を開こうとする。それを察したジェドは片手をあげて制すると隣のヴェインに意図を話す。


「この悪魔はカギアは『仮の体だ~』『絶望を与えるためだ』とかもっともらしい言葉を言っていますがウソです」

「ウソ?」

「はい、間違いなくウソです」


 ジェドの断言にヴェインは戸惑った表情を浮かべる。


「なぜなら、カギアの情報が冒険者の中に伝わっているからです」

「?」

「もし、カギアの正体が複数の悪魔だというのなら、その話も伝わっていないとおかしいですよね」

「あ…」


 ジェドの言葉にヴェインは察したようだ。


「カギアは悪魔が勝てるかどうかわからない相手の実力を測るための擬態なんでしょう。勝てると判断すれば正体を現す。負けると判断すればそのまま死んだ『ふり』をするんでしょうね」


 ジェドの言葉にヴェインも蔑みの表情を悪魔達に向ける。


「でもそれを言うのは悪魔のちっぽけすぎる面子がそれを許さない。そこでもっともらしい理由をつけているんですよ」

「…小者だな」


 ジェドの言葉にヴェインは率直すぎる感想をもらす。その言葉に悪魔達はいきり立つ。


「人間如きが随分と舐めた口を叩くな!!」

「その体を引き裂いてくれる!!」


 いきり立つ悪魔はすさまじい殺気を放つ。凄まじい殺気にヴェインは警戒するがジェドはまったく警戒していない。この程度の殺気などロムの殺気に比べれば警戒する価値すら無い。


 ロムは修練でジェドに殺気を放ち徐々に慣れさせていったのだ。そのために殺気に対して耐性が付いてしまったのだ。もちろんこれは殺気に鈍くなったのではなく、動じなくなったのだ。


「おいおい、図星を指されたからといって取り乱すなよ。そりゃ秘密にしときたいわな。自分が臆病だと知られぬように生きてきたのに、初対面であっさりと看破されちゃったから恥ずかしいよな。でもな…その自分の臆病さを受け入れなければ成長はないぞ。頑張れよ。お前達は悪魔だ!!俺達よりも寿命は長いんだ!!時間はたっぷりあるんだ!!」


 ジェドの言葉は悪魔達にとって屈辱の極みだったことだろう。年端も行かぬ少年に哀れみどころか励まされているのだ。


 ジェドの言葉は完全に嫌がらせであった。蔑んでいる人間にこんな言葉を投げかけられれば屈辱で目も眩む思いだろう。


「許さんぞ!!」

「人間如きが!!」


 悪魔達はいきり立ちジェドに飛びかかろうとする。


「さて…時間稼ぎは終わりだ」


 だが、飛びかかろうとする悪魔達を制したのはジェドの言葉である。この言葉に悪魔達のみならず、隣にいるヴェインも訝しがる。


「さて…賢い悪魔さんは俺がなぜ時間稼ぎをしたのか分かってることだと思う…が、どうする?」


 ジェドの言葉に悪魔達は答えない。だが、その視線をジェドから一切離さない。どうやらジェドの時間稼ぎの意図を見抜いていないのだ。


「今だアレン!!」


 ジェドは悪魔達の斜め後ろの空間に向かって叫ぶ。悪魔達はジェドの視線の先に眼を移す。ジェドの言葉に伏兵の襲撃を察したのだ。


 悪魔達が視線を動かすがその先には『誰もいない』…。


「ギャァァァァッァァァァァァアァァァ!!!!!!」


 その一瞬後に巨大な悪魔の口から絶叫が放たれる。その絶叫に小柄な悪魔が声の主を見れば、背中からジェドが剣を突き立て、その鋒きっさきが胸先から出ていた。

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