第70話 死霊術士①

 ジェドとシアはオリヴィア一行と共にエリメアに出発する。


 オリヴィアの乗った馬車は『破魔』とアグルス、テティスが同乗し護衛している。周囲の護衛の騎士か兵士か分からないが馬車の周囲を取り囲んでいるので余程の事がない限りオリヴィアの命が脅かされる恐れはないだろう。


 一行は街道を進むがこれと言った問題が起こるわけでもないので比較的穏やかな旅となっている。


「シア…ちょっと腹が減ってきたな」

「そうね…干し肉があるけど…」

「いいな、それちょっとくれるか?」

「はい」


 ジェドとシアも歩きながら携帯食である干し肉をかじりながら歩く。元々、そろそろ昼食をとろうかという所にオリヴィア達一行と出会ったために昼食を取り損ねていたのだ。


 干し肉をかじりながら周囲を見渡すとジェドが気づく。


「シア…あれは瘴気だ…」


 ジェドは干し肉を呑み込むとシアに向かって言う。ジェドの視線の先をシアは見つめるとジェドが言うとおり瘴気が集まって行くのが分かった。


「確かに…誰かが瘴気を集めている…ということは…」

「敵に死霊術師がいる!!」


 ジェドの言葉にシアが頷く。


「敵襲だ!!!! 全員アンデッドが来るぞ!! 」


 ジェドは大声で叫ぶ。周囲にいた騎士、兵士達は周囲を見渡すが敵影が無いためにジェドとシアに「困った奴等だ」という視線を向けてくる。


「お前達、そんな…デマを飛ばすのは止めろよ」

「そうだぞ。ビクビクしてるからそんな…」


 何人かの兵士がジェドとシアに言葉を掛けてくる。


『グォォォォォォォォォォ!!!!!』


 その時、悪意というものを具現化したような叫び声がレンドール一行の耳に入る。


「な…なんだ……今の声は…」


 一人の兵士が歯をカチカチと鳴らしながら声をあげる。すさまじい圧迫感を感じているのだろう。周囲の兵士達も歯をカチカチと鳴らし始めている。戦いの中に身を置くものとして危険に対する察知能力がやはり優れているのだろう。


「あ、あれ…」


 一人の兵士の呟きが周囲の兵士達の耳に入る。呟いた兵士の視線の先を見ると巨大な剣と盾を持った異形の騎士がこちらを睨みつけているのが目に入った。


「デスナイト…」


 ジェドの呟きが周囲に与えた影響は大きかった。レンドール家の兵士達は『デスナイト』という存在を知っていたのだ。いや、その名を知らなくても自分達では決して抗えない死を具現化した様な姿を目にしてしまえば死を意識せざるを得ない。


『グォォォォォォォォォォ!!!!!』


 デスナイトはもう一度声を上げると突っ込んできた。その突進の前に立てば間違いなく踏みつぶされる事が予想される。本来であれば動かなくてはならないのだが本能がそれを押しとどめてしまう。


「シア!!行くぞ!!」

「うん」


 ジェドがシアに一言声をかけるとジェドとシアは駆け出す。駆け出した先はデスナイトの突進の進行上だ。ジェドとシアがデスナイトを食い止めようと立ちはだかろうとしている事は明白だった。


 デスナイトは獰猛な笑みを浮かべると自分の進行上に現れたちっぽけな人間を踏みつぶすつもりだったのだろう。小石を蹴飛ばすつもりなのかもしれない。まったくジェドとシアを生涯とみなさずに剣を振るった。


 だが…


 デスナイトは知らなかった。


 この二人こそが与えられた命令を完遂するための最大の障害である事を…


 デスナイトの振るう剣をジェドはしゃがんで躱すと、同時に剣を横薙ぎに振るいデスナイトの右足を両断する。足を両断されたデスナイトは当然の如くバランスを崩すと地面に激しく転倒する。


 両断された足は塵となって消え去った。だが、デスナイトはすぐに足を再生させ立ち上がるとジェドを睨みつける。


 すかさずジェドはデスナイトの間合いに飛び込み剣を振るう。ジェドの放った斬撃をデスナイトは右手に持つ大剣で受けるとジェドをその凄まじい膂力で吹き飛ばそうとする。


 だが、ジェドはデスナイトに力で対抗するような愚かな真似はしない。スルリと受け流すとそのままデスナイトの盾の内側に入り込むと左腕を両断する。両断されたデスナイトの腕と盾は地面に落ちると先程の足と同じように塵となって消え失せる。


 ジェドはそのまま回転するとデスナイトの腹に斬撃を放った。だが、ジェドの放った斬撃は一瞬後には塞がりダメージとしては大した事は無いように思われる。


「す、すげぇ…」


 周囲の兵士達の間からジェドの戦いに賞賛が贈られる。だが、デスナイトが左腕と巨大な盾を再生させたことで、兵士達の口から絶望の叫びが発せられる。


 ジェドとシアは、アンデッドの特徴をアレン達から聞いており、デスナイトが見かけは変わらないが瘴気を消費しており確実に弱っていることを知っているために、なんら絶望感を持っていなかったがその事を知らない者から見れば、まさしく不死身の化け物としか思えないのだろう。


 ジェドとデスナイトは再び対峙し、周囲の緊張感が嫌が応にも高まる。周囲の兵士達は息を呑んで両者の戦いを見守っている。


 だが、ジェドはデスナイトから発せられる雰囲気に内心首を傾げていた。アレン達とおもに国営墓地に行った時に出会ったデスナイトほど圧迫感を感じないのだ。チラリとシアを見るとシアの方も首を傾げている。どうやらシアもこのデスナイトに強者の雰囲気を感じていないらしい。


 デスナイトが盾を構えジェドに突撃体勢をとる。


(なんか…分かり易すぎるな…)


 ジェドは内心、このデスナイトの拙さに呆れている。どうやらこのデスナイトはこの場にジェドしかいないつもりで戦っているとしか思えない。


 デスナイトが一歩踏み出そうとした時、デスナイトの体を鎖が一瞬で巻き付く。


 シアの魔術である【呪鎖縛スペルチェーンバインド】が、隙だらけのデスナイトの背中から雁字搦めにしたのだ。デスナイトの膂力ならばシアの【呪鎖縛スペルチェーンバインド】を引きちぎることは可能だろう。


 だが、それでも引きちぎるのに隙が生じるのは間違いない。


 鎖を引きちぎったデスナイトが背後のシアを睨みつける。今度はシアを敵と定めたらしい。


 そのあからさまな隙をジェドは容赦なく衝くことにする。


 ジェドの突きが背後からデスナイトの心臓の位置にある核を貫く。デスナイトは苦悶の表情を浮かべると塵となって消え失せる。


 ジェドがデスナイトを斃した事に兵士達は活気付く。


「まだ終わってません。次が来ます!!」


 ジェドはそう叫びデスナイトが現れた方向を見ると新たなアンデッドがこちらに向かってくるのが見えた。

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