第55話 魔石

 アレンが手渡した『対悪魔用』の道具一式を受け取ったジェドとシアは、そのまま旅支度にを行う。


 ジェドとシアは携帯食に加えて簡易テントも購入した。簡易テントは折りたたみ式であり綺麗にたためば1人で持ち運ぶことも容易であるし、その割には2人分のスペースを確保できるというかなり優れたものである。


 この簡易テントは冒険者達のみならず行商を行う商人達も購入しているというヒット商品だ。最近はかなり値段が下がったが、それでも金貨3枚というジェドとシアにとっては少しばかり値の張る価格だった。


 アレン達から剣とローブを贈られた事により金銭的に余裕が生まれたために購入することが出来たのだ。


「さて、準備はこんなものかな?」

「そうね。ボウガンの矢は?」

「俺は大丈夫だな」

「そう」

「あ、そうだ。シア、資金には余裕があるから魔石を少し購入してみないか?」


 ジェドの言葉にシアは悩む。魔石というのは、魔力を宿した石であり、魔術をその魔石に込める事ができる。例えば【爆発(エクスプロージョン)】の魔術を込めた魔石を敵に投げつけることで爆弾のような効果を生み出す事が出来る。

 だが、魔石はかなり高価な消耗品だ。一度込めた魔術が発動してしまえば魔石は粉々に砕け散ってしまう。しかも一つの魔石には一つの魔術しか込める事は出来ない。もし、2つ以上の魔術を込めるような事が出来ればそれはまさに魔術界の革命と四でも差し支えはないだろう。


「でも、魔石は…高いわ」


 シアの言葉にジェドは頷く。しかし、ジェドはさらに魔石の購入を促す。


「それは分かっている。だが、シアが魔力が切れた時に備えておくべきだと思うんだ」


 ジェドの言葉にシアはまたも悩む。確かにジェドの言うとおり、キャサリンの指導のおかげでシアの魔力量も効率も以前とは比べものにならない。だが、無限ではないのだ。魔力が切れた時のために備えておくことは必要な事であった。


 シアは自分達の人生は失敗=死という道を選んだ以上、備え手おく必要があるのだ。その事に思い至ったシアはジェドの提案を受け入れる事にする。


「そうね。魔石をいくつか仕入れましょ」


 シアの言葉にジェドは微笑む。


「ああ、魔石を売っている所は冒険者ギルドぐらいしか知らないんだ。シアはどこか知ってるか?」

「うん、魔導具(マジックアイテム)を買っている所があるからそこに行きましょう」


 シアの案内に従ってジェドはシアの行きつけと思われる店に行く。


 『エルメンク魔導具店』という名前のその店は冒険者ギルドから徒歩10分ほどの場所にあるこぢんまりとした店だった。シアは何度も足を運んだことがあるという話だったが、魔術師でないジェドはここに初めて足を踏み入れる。


 カランカラン…


 扉を開けると付けられた鈴がなり、2人の来店を歓迎する。


「は~い」


 鈴が鳴った事で置くから店員が一人出てくる。年齢12~3歳の少女だ。茶色い髪と目の少女で愛想良く笑う表情が愛くるしい。


「サーシャ、今日わ」


 シアがサーシャと呼んだ少女に挨拶をするとサーシャと呼ばれた少女は嬉しそうに微笑む。どうやらシアはサーシャと仲が良いらしい。


「あ、シアさん、いらっしゃい♪」


 サーシャはジェドの方をチラリと見るとニンマリと微笑む。


「こちらの方はシアさんの恋人ですか?」


 サーシャの落とした爆弾にジェドとシアは慌てる。


「ち、違うのよ、彼はジェド、私と一緒に冒険者チームを組んでいるのよ」

「そ、そうだ…俺とシアは…その……あれだ…」


 二人の慌てようにサーシャはニコニコと笑う。


「あはは、冗談ですよ。ごめんなさい。変なことを言って」

(シアさんもジェドさんもまだ恋人同士じゃないのね。ここで気まずい雰囲気になったりしたら悪いわね)


 そう思うとぺこりと頭を下げ、サーシャは謝罪する。サーシャは幼い頃より客商売をしているために他人の放つ雰囲気に敏感だった。購入を迷っている客に声を掛けるのは意外に気を使う。そこで話しかけて良いかどうかを判断するようにしているうちに自然とサーシャは『空気を読む力』を身につけていたのだ。 


「あ、ああ良いんだ」

「うん、そんなに気にしないでね」


 ジェドとシアはしどろもどろになりながら返答する。


「それで、今日は何がご入り用ですか?」


 サーシャはやや強引に恋人云々から話を逸らし商売の話に入る。本来は結構、世間話をしたりするのだが、今日は初手でからかうような感じになってしまったので止めておこうと思ったのだ。


「ええ、魔石を購入したいと思って見に来たのよ」


 シアの言葉にサーシャは微笑む。


「そうですか。それじゃあシアさん、S~Cまでのランクの魔石がありますけど、どのような魔術を込めるつもりですか?」

「そうですね。込める魔術は【魔矢(マジックアロー)】とか【爆発(エクスプロージョン)】、【煙幕(スモーク)】とかも考えてます」

「なるほど…それでしたら、BかCランクの魔石が良いかもしれませんね」


 サーシャはそう言うと奥に引っ込んでいく。どうやら魔石を取りに行ったらしい。


「なぁシア、ちょっと聞きたいんだが」

「どうしたの?」

「魔石にはランクがあるのか?」

「ええ、最高級品はS、れからA、B、Cと続くの」

「何か違いがあるのか?」

「ええとね。簡単に言えば込めれる魔術が違うのよ。Sランクならそれこそ大魔術師が儀式を行うような魔術も込めれるという話よ」

「なるほどね」

「私の使う術ならCランクが適正ね。でも魔石に魔術を込める事の利点はそれだけじゃないの」

「え?」

「魔石に込められている魔力が多少、込められた魔術に上乗せされるのよ」

「そりゃ凄いじゃないか…ひょっとしてその上乗せされるのが魔石のランクに関係あるのか?」


 ジェドの言葉にシアは頷く。


「その通り、Sだと確か2割ほど加算されるって話よ。Aは1割、Bは2分(ぶ)、Cは加算されないわ」

「なるほどね」

「当然、CとBのランクの差はあんまり無いと思うけど、結構魔術師はその辺りの差は敏感なのよ」

「へぇ~」

「勿論、質の悪い業者は色々騙くらかそうとしてくるけど、サーシャは大丈夫よ」


 シアは自信たっぷりにジェドに伝える。


「まぁ、魔術師を欺すなんてそんな命知らずな事はしないわ」


 苦笑しながらサーシャがいくつかの箱を持って帰ってくる。


「やっぱり危険なのか?」


 ジェドの言葉にサーシャは頷く。


「まぁ危険と言うよりも、より正確に言えばうちの客は魔術師がほとんどなのよ。逆に言えば魔術師以外はこの店にはこないという事よ」


 サーシャの言葉にジェドも言わんとした事を察し頷く。


 要するに、その少ない魔術師からそっぽを向かれてしまえばあっさりと廃業に追い込まれてしまうのだ。そのような危険を伴うような商売をするのは愚か者としか言えない。


「それにしても、サーシャは12歳ぐらいなのにそこまで考えてるなんて偉いな」


 何気なく言った言葉だったが、サーシャの顔が不愉快そのものと言った風に歪んだ。


「ちょ…ちょっとジェド、サーシャは15よ…」


 シアが慌てて、小声で正確な情報を伝える。


「え?だってどう見ても…12かそこら…って…ゴメンナサイ」


 ジェドは途中で失言を悟り、サーシャに謝罪する。理由はただ一つサーシャの顔が「殺すぞ?」という風に怒り、放つ雰囲気に敵意を通り越し、殺意まで放ち始めた事を察したからだ。どうやらサーシャは見た目が年齢に対して幼いことを気にしているらしい。


「え? 何いきなり謝ってるんです? 私は全然、怒ってませんよ?」


 サーシャはそう言って、ニコニコと嗤う。ジェドは背筋に走る悪寒を止めることはどうしても出来ない。


「あ、そうですよね。すみません。なんか勘違いしちゃいました」


 ジェドはサーシャについに敬語をつかい始める。


「ジェド、とりあえず外で待ってて…ね?」


 シアがジェドにそう言うとジェドは頷き、あわてて店の外に出て行く。店の外に出たジェドはため息をつく。


(はぁ…ミスったなぁ…)


 自分のうかつさにジェドは少しばかり落ち込む。しばらくしてシアが魔石を購入して出てきた。その際にサーシャの顔が見えたがそれほど怒っている様子は見られなかったから、シアが上手くフォローをしてくれたのだろう。


「よし、ジェド、それじゃあギルドに行こう」


 シアが微笑みながらジェドに言葉をかける。


 とりあえず、準備が終わったと言う事で二人は冒険者ギルドへ歩き出すのであった。

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