第37話 次の段階へ
ジェドとシアがロムとキャサリンの指導を受けて早1ヶ月が過ぎていた。
その間にジェドとシアは簡単な依頼を受けて日銭を稼ぎながらアインベルク邸でロムとキャサリンの指導を受けていた。
ジェドもシアもお互いの指導内容には触れない。理由は言葉で説明する事が難しく、自分のやっていることをうまく相手に伝える自信がなかったからだ。
この1ヶ月でジェドが受けた訓練は、呼吸法、立ち方(姿勢)、座り方、歩き方、脱力という感じだった。呼吸法といっても大きく息を吐き、吸うといったものであった。最初はこんな簡単な事と思っていたのだが、これが意外と難しかった。というよりもまったく出来なかった。
ロムの要求する立つ、座る、歩くにはすべて『合理的に』という言葉がついた。自分が出来ない事を思い知らされたのは実際にロムに方を押されたときだった。何しろ、きちんと立っているつもりであってもロムに軽く押されただけでバランスを崩してしまうのだ。
だがロムはジェドがどんなに力をいれて押してもびくともしないのだ。
「ジェドさん、正しく立つ、座る、歩くというのはものすごく難しい事なんですよ」
ロムの言葉にジェドは納得せざるを得ない。自分がいかに正しく、合理的に自分の体を使えていないかが思い知らされたのだ。
また、シアはシアでキャサリンの指導の下、必死になって魔力操作を身につけようとした。なんとか魔力を留めることは出来るようになったが、少しの集中を乱すともう霧散してしまう。
それでも必死になって魔力を留めれるように頑張った。
相変わらず出来ない自分達にジェドもシアも落ち込むのだが、ゴブリン討伐やオーク討伐などを行う際に少しずつ成果が現れ始めていたのだ。
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王都の近くにある森でジェドとシアはいつものようにゴブリンとオークの討伐に参加していた。
「さてシア、今日もがんばろう」
「うん」
「急いでやらないと指導を受ける時間が短くなるからな」
「そうね。急ぎましょう」
ジェドとシアはロムとキャサリンの指導をまったく疑っていなかった。何しろ目の前に手本となる人物がいるのだ。
「さて…ん?」
ジェドが森の中を歩いていると立ち止まり周囲を見渡す。すると森の中になにやら気配を感じた。シアもそれに気付き街道の反対側から茂みの中に隠れ対面側を見る。
「出た…」
ジェドの言葉の通り、約10体のゴブリン達が現れる。
ジェドとシアはいつものようにボウガンの矢をセットし、ゴブリン達のリーダーを狙う。リーダーのゴブリンはホブゴブリンだ。かつて苦戦したホブゴブリンであったが、最近は斃す事がそれほど苦ではなくなってきていた。
「いくぞ…」
「うん…」
ジェドとシアはセットしたボウガンを放った。どんなに強くなろうとジェドとシアは先制攻撃を基本としていたのだ。
バシュン!!バシュン!!
ジェドとシアの手からボウガンの矢が続けて放たれる。
『ギャ!!』
ところが運悪く一体のゴブリンがたまたま射線上に入った事でジェドとシアの狙ったホブゴブリンをかばった形となってしまったのだ。矢を受けたゴブリンは倒れ込む僅かの時間の間に絶命していた。
「く…」
「あ…」
ジェドとシアの口から失望の声が漏れる。
ゴブリン達は当然ながら矢が放たれた方向を見やる。すでに場所が割れている以上、戦うしかなかった。戦うしかないと考えた理由は、杖を持った魔術師がいたからだ。この段階で背を向けて逃げれば間違いなく背後から魔術で撃たれるだろう。
「シア、魔術師を頼むぞ!!」
「うん」
ジェドはシアに一声かけると街道におどりでる。
ジェドはロムの指導の通りに一度深呼吸をし、力を抜いてゴブリン達に歩を進める。
そして…
シュン…
力みのない斬撃を繰り出す。
(…え?)
ジェドの斬撃は何の引っかかりも生じることなくゴブリンの首を斬り落とした。あまりの衝撃の無さにジェド自身が戸惑ったぐらいだ。
ゴブリン達もジェドの斬撃に目を丸くしている。
そこにシアの魔矢マジックアローがゴブリンの喉を貫き絶命させる。
(あれ…? 今…すっごく早く魔術を放てたわ…)
一方、シアも自分の放った魔術の精度に戸惑っている。そして戸惑うが、また先程と同じように手に魔力を集中させ魔矢マジックアローを再び放つとゴブリンの魔術師の胸を射貫いた。
胸を射貫かれたゴブリンの魔術師は血を吐き出し倒れ込む。
(え?今の魔矢マジックアロー…魔槍マジックランスクラスの威力がなかった?)
シアは思っていた以上の威力に戸惑っているようだった。
そして、ジェドも魔術師がやられた事で動揺しているゴブリン達を容赦なく斬り伏せていく。あくまでも力むことなく脱力してからの斬撃だ。
ヒュン…
シュン…
もはやゴブリンはジェドとシアに狩られるだけの哀れな獲物だった。リーダーのホブゴブリンでさえジェドはまったく寄せ付けることなく斬り伏せてしまった。
わずか3分程でゴブリン達をジェドとシアはすべて斬り伏せたのだった。そしてその事に呆然としていた。
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「ロム、キャサリン、二人の修行の進み具合はどんな感じだ?」
アインベルク邸のサロンでアレンが婚約者のアディラ、フィアーネ、レミア、シアの四人と茶会を開いていた中で二人に聞いてみた。
アディラはローエンシア国王ジュラスの愛娘でありアレンの婚約者である。国王の娘と言う事は当然ながらこのローエンシア王国の王女と言う事になる。
アディラは、今年15歳、金色の髪は背中までかかり緩くウェーブがかかっている。太陽の光を反射してキラキラと輝いているかのようだ。瞳の色は碧で、サファイアのような輝きを放つ。正統派の美少女だ。だが、アディラの最大の魅力は、その愛くるしい表情だろう。そのためだろうか、アディラの容姿を表するのに多いのは、『美しい』よりも『愛らしい』だった。
そのアディラが男爵であるアレンとの婚約に対しては色々と反対意見が出たらしいのだが、国王ジュラスが鶴の一声で押し通したのだ。父親とすれば娘が惚れた男と添い遂げるという幸せの面で、国とすればアレンをローエンシア王国につなぎ止めるためには王女との婚約は万々歳であったのだ。
アディラは普段はローエンシア王国のテルノヴィス学園に通っているが休みになるたびにアインベルク邸にやって来るのだ。
アディラ、フィアーネ、レミア、フィリシアはかつてアレンを巡って争うのではなく共謀して全員でアレンの婚約者となったのだ。もちろん自分『だけ』を見てくれることはなくなったのだが、全員が婚約者となる事で自分『も』見てくれる事を選んだのだ。
そのためだろうか、四人の婚約者はお互いを認め合っているため仲が良かったのだ。
「はいジェド様は、そろそろ次の段階に進む頃かと思われます」
「そろそろ開眼すると言う事か?」
「その通りです。元々の下地がございましたので成長著しいかと」
「そうか。それじゃあ、そろそろウォルターさん達に引き合わせてみようか?」
アレンの言葉にロムは首を横に振る。
「まだ早いかと、ウォルター様方と実力が違いすぎますので…」
「そうか」
「はい」
ロムの報告が終わった所でキャサリンが答える。
「シア様も中々、成長著しいです」
「シアもか」
「はい、僅か1ヶ月で魔力を留めるようになっておりますし、形成の方も大分進んでおります」
「もう、そこまで進んでいるのか?」
「はい、シア様もジェド様同様に下地があったからかと」
キャサリンの言葉にアレンは頷く。
「アレン様、そのジェド様とシア様ってこの間の話に出てきた冒険者の方々ですよね?」
アディラがアレンに尋ねる。
「ああ、レミアが魔将討伐に出たときに友達になった冒険者の二人だ」
「私も会いたいですね…」
アディラが小さく言う。アディラはこれから昼食前に学園に戻らないといけないために今日は会うことは出来ないのだ。
「ふふ…そのうちにアディラもあの二人に会うことになるさ。そしたらすぐに友達になりそうだな」
アレンの言葉にフィアーネ達は微笑みながら頷く。
「早く会いたいです」
アディラの言葉に全員が微笑む。
その日の午後、ジェドとシアが興奮した様子でロムとキャサリンに今日の仕事での事を伝えるとロムとキャサリンはニコリと微笑みながら、次の段階に進むことを伝えたのであった。
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