3-73 貴族や国政の事をもっと学ぶ必要があるようです

 廊下の衛兵が止める間もなく末っ子のチロルちゃんが入ってきて、父親のゼノ伯父様に泣いて訴えている。


「お父様! わたしのお花が!」


 彼女の後を追ってきたのか、更に数名が駆けつけてきた。


 俺の従兄のゼクス君やゼノ伯父様の奥様たち、つまり伯母様だね……どうやらすぐ隣の部屋で、王族の何名かが俺たちと同じように夕食を食べていたようだ。

 流石王妃様って感じで、二人とも中々の美人さんだ。


 王族は全員が集まって一緒に食事することはあまりないらしい。


 国王は貴族との会食や接待が多くてほぼ別行動だし、王妃たちも派閥があるようで、何箇所かに分かれているようだ。


 今回隣で食事をしていたのは、ゼヨ伯父様の第二夫人と第四夫人、第二夫人の子である第二王子ゼクス君と第四夫人の子のチロルちゃんの4人だ。


「お父様! あれは何事ですか!」

「おとうしゃま~エグッ! あたくしのおはなばたけ~! ヒック……」


「皆様……会食中にとんだ御無礼を致しまして申し訳ございません」


 チロルちゃんがもはや言葉も怪しいぐらいの泣きっぷりだ。

 チロルちゃんのお母さんは、娘の乱入を止められなかったことを詫びてるのかな?


 ゼヨ伯父様は俺を見て『どうするんだ!』みたいな視線をしてくる……。



『……マスター、今日の6:00時点のチロルの花壇の映像です……可哀想に』


 イヤイヤ、お前反対しなかっただろ! ナビーの追い討ちが地味に酷い。


 その映像には、今朝の早朝に庭師と侍女とで花壇に水やりをする満面のチロルの笑顔が映っていた。しかも中々に立派な花壇だ……チロルの苦労が伺える。


 チロルの満面の笑顔が俺の良心をチクチク刺激する。


「チロル……ごめん! あれやったの僕なんだ……」


 チロルの下に行き、跪いて視線の高さを合わせ真摯に謝罪をする。


「リュークおにいしゃま……? エグッ……」

「うん。久しぶりだね……あそこに花壇が在るって知らずに魔法を放っちゃったんだ」


 俺は指差しして言い訳してみたのだが、未だ真っ赤に溶けてグツグツ灼熱している地獄絵図を見たチロルが再度泣きだした。


 【ライト】を4個現場の上空に放ち、【アイスラボール】を沸騰中の地面に5つ放つ。激しくスチームが上がり、煙で覆われて見えなくなる。


『……マスター、中級魔法ではダメなようです。表面だけ冷やしても中はまだ液化状態です』


 上級魔法の【アイスガボール】を液体窒素のイメージで10個放つ……上級魔法を【多重詠唱】で、しかも【無詠唱】で放ったのを、ゼノ伯父様と御爺様は放心気味に見つめていた。


『ナビー、これでどうだ? ダメなら【寒冷地獄】を放つしかないけど……』

『……ハイ、地中30cmほどまで凍っちゃったようですね。【寒冷地獄】と【灼熱地獄】は絶対撃たせませんからね!』


 さて、鎮火したは良いがチロルちゃんどうしよう……。


 チロルは凄い魔法を目のあたりにして、ヒックヒックと言ってるが現在泣いてはいない。



 考えた末に、俺は画用紙とクレヨンを取り出す。

 このクレヨンは、後で商品化しようとナビーに開発させているモノだ……現在まだ5色しかないが12色まで増やす予定だ。


 この間にゼヨ伯父様が衛兵に、先ほどの魔法は試射で問題はない事を各方面に知らせに走らせたようだ……ちょっと申し訳ない。


「チロル、燃えちゃったお花は可哀想だけど、新しくまたあそこに花壇を造ってあげるから許してね。こんな感じの花時計の花壇なんてどうかな? お日様で大体の時間が分かる日時計の花壇だよ」


 画用紙に扇状に半円を掻き、花壇のイメージ図を描いて行く。10歳のチロルが興味を引きそうに可愛い感じで色を乗せていく。


「花時計? リュークお兄様……花時計って何ですか?」


「この円の中央に柱を立てて、その柱の影が差す位置に色々な花を植えて時間が分かるようにするんだよ。訓練中に【クリスタルプレート】を出して時間確認とかしてたら教官に怒られちゃうでしょ? 訓練所の見えるところにある花壇である程度の時間が分かると訓練生は喜ぶんじゃないかな?」


 どうやら花時計という言葉に興味を持ってくれたようだ。


 5分ほどで完成図を5色のクレヨンで色鮮やかに描き上げた。


「可愛いです! リュークお兄様が作ってくれるのですか?」

「うん。でも造るのはチロルも一緒にだよ。チロルの花壇なんだからね」


 『チロルの花壇』だということを強調する……汚い大人の手だが、以降の手入れはこれまで通りチロルにお願いする気なのだ。


 【ライト】で照らされ、何もなくなって更地状態の場所をチロルは悲しそうに眺めている。


「チロル本当にごめんよ。大事にしていた花壇だろうけど、新しく造る花時計の花壇で許してね」


「燃えちゃったお花は可哀想ですが……あそこの花の種や球根は別の花壇で生きています」


 あそこの花壇の花たちは、チロルの手によって種を採取されたり、株分けされたりして、他の花壇で新たに芽吹いているようだ。10歳にしてはしっかりした娘だ。



 御爺様なのだが……どうも俺の魔法を見た後から眉間に皺を寄せてなにやら思案中のようだ。腹黒く思案しても、俺の不利になるようなことならすぐナビーがチクッてくれるから今は問題ないな。


 泣く幼女の方が怖いので、まずはチロルの対処が先だ。


「チロルにこの画用紙とクレヨンをあげるから、自分でもどの位置にどんな花を植えるか、絵にしておいてくれるかな? 材料が揃ったら一緒に植えようね」


「はい! 楽しみにして待っています!」


 どうやらお許しが出たようだ……全面的に俺が悪いから許してくれなかったらどうしようかと思った。色鮮やかなクレヨンが功を奏したかな……プレゼントしたのだが気に入ってくれたようだ。忙しいのにまた一仕事できてしまったが、仕方がないな。



 チロルとのやり取りを傍観してたゼクス君がやってきて、俺に話しかけてくる。


「あの凄まじい火の魔法は、本当にリュークがやったのか?」

「ええ、威力はかなり抑えたのですが、放出時間が長すぎたようで地面が溶けちゃいました」


「凄いな……これなら本当に銀竜も倒せるかもしれないな」

「ゼクス兄様、この魔法で倒す気はないですよ。なんでも竜の肉は美味しいそうですからね。素材も色々取れるので、首を落としてできるだけ綺麗に仕留めるつもりです」


「なっ!? お前まさか剣で物理的に倒す気でいるのか!?」

「ええ、ミスリルの鱗とか一枚でも高値で売れるそうじゃないですか。溶けちゃうような魔法で倒すのは愚かなことです」


 ゼクス兄様と話している最中に新たに人がやってきた。


 情報が流れ込んでくる……第一王子のゼブラ兄様だ。


 ゼクス君同様なかなかのイケメンだな……リューク君の記憶の中では、王城に来た際には可愛がってもらっていて、なかなか好印象のようだ。


「お父様! いったい何があったのですか!?」

「う~ん、短気なリュークがまた切れちゃって、俺の可愛いチロルちゃんの花壇に魔法を撃ち込んじゃったんだよ……」


「ウッ……」


 短気だとか、また切れたとか言いやがった! 事実なので言い返せないところが腹立たしい!


「リュークが?」


 俺を見つけたゼブラ君が???状態だ……。

 建国のことは知ってるはずなのに、この反応は何だ?


「リューク、久しぶりだね……でも何でこんな真似したんだ? 切れて魔法をぶっ放すとか温厚で優しいお前らしくもない……」


 さっきの???の間は、俺らしくないからか……。


「ゼブラお兄様お久しぶりです。ですが別に切れて魔法を放ったのではないのですよ?」

「そうなのか? 何か理由があるんだよな? 俺にその理由とやらを聞かせてくれるか?」


 御爺様のように上から目線で話を進めないで、ちゃんとこちらの事情を聞いてくれる。この人となら隣国として良い関係でいられそうだ。


「はい。その前にゼヨ伯父様……早く引退してゼブラお兄様にこの国を任せた方が良いと思います」


 余計な事を言った伯父様に仕返しだ。


「グッ……確かにゼブラは優秀だが、人が良すぎてまだ国政を任せるほどの器ではない。貴族連中を相手にするには綺麗ごとだけではやっていけぬのだぞ? 奴らを相手取るには、それなりの知識と何より人脈が大事なんだ! リュークにはまだどちらもないから、俺やゼノもお父様も心配しているのだ……それなのにお前ときたら、切れてすぐ怒る……貴族連中相手に感情を見せるのは愚の骨頂なんだぞ」


 一見正しいようだが、援助の押し付けは迷惑なだけで、俺からすれば必要のないモノだ。知識はナビーから補うし、厄介な貴族連中など俺の代は力でねじ伏せ、後継するまでに選別すれば良いと思っている。


 貴族の悪巧みや不正など、ナビー監視網にかかれば全てお見通しだ。


「ゼブラお兄様、伯父様はああ言ってますが、今回僕の戦力を疑われたので少しだけお見せしただけです。チロルの花壇があの場にあったとは知らずに放っちゃったので、チロルには可哀想なことをしちゃいましたけどね……」


「リュークお兄様……許してあげますので、ちゃんと花時計の花壇を一緒に造り直してくださいね」

「うん。約束するよ」


 お父様がツカツカと来たかと思ったらいきなり頭を拳骨で殴ってきた。


「イテッ! お父様、いきなり何するのですか!?」

「さっきからお前は暴言が多すぎる! 第一王子のゼブラを次期国王にという意見が有力だが、内定もしてないうちから軽率なことを王家の者が軽はずみに口にするものじゃない! 貴族には派閥があって、そこのゼクスを国王にというヤツもいるのだぞ! 幸いにもゼブラが優秀だし、ここの兄弟はとても仲が良いから問題ないが、後継で国が亡ぶことがあると配慮しろ! 王になるならそういうことももっと勉強して自覚しないと、軽率な発言一つで戦争が起こり、民が不幸になるんだぞ!」


 どうやら、俺はまた無自覚のうちに失言をしたようだ……確かにもっと貴族や国政に関する知識が必要なようだな。


 お父様の言う通りだ……肉親同士で争う内戦ほど愚かな事はない。


「ゼブラお兄様、ゼクスお兄様……どうやら失言だったようです。ごめんなさい。只、伯父様をからかうつもりだっただけなのですが、王族の人間が軽はずみに言ってはいけないことだったようです」


「「分かっている、気にするな」」


 それから再度話し合いを開始したのだが、二人の王子も参加したいと申し出たので了承する。



 俺が出した条件はこんな感じだ


 ・金銭的なことはトルネオ商会が全面負担してくれるので必要ないこと

 ・内政に関わる重要な役職は、お父様とトルネオ商会から選任すること

 ・城の護衛騎士や街の衛兵や警護兵などは各方面から採用すること

 ・塩の利権は一切譲らないが、初期の頃は食糧と塩の物々交換を希望すること

 ・犯罪履歴のない者は、領民として全面的に受け入れること



「リューク、俺が国王に成ってもやっぱり適正価格で買わないとダメなのか?」

「勿論です! そうしなければ自国の民が潤いませんからね……ですが、適正価格といっても格安でお売りしますよ。ぼったくっている沿岸国より格段に安くできるはずです」


「格安というのはどのくらいの値になるんだ?」


 次期国王に成ったあとを想定して、ゼブラお兄様が色々攻めてくる。


「初期の頃はそれほど大量に製塩出来ないでしょうから、あまり期待しないでください。人件費などの必要経費と輸送費に少し色を付けた程度でお売りしますよ。但し、そこのトルネオ御爺様の商会は直販させて頂きます」


「国税を免除しろってことか?」

「そうです。現在国が仕入れて各商会に卸していますが、元々高値の塩に税が掛かっているので末端では砂糖並みに高くなっています」


「だけど、トルネオ商会はこの国では3番目に大きな商会だろ? そこが自由にお前の所で仕入れを行えば、この国の需要を賄えるほどの規模になるんじゃないか?」


 確かにそれもそうだな……塩が格安で手に入るようにはなるが、フォレル王国の利がなくなる。


「ゼブラ、我が国はそれで良いのじゃ。塩で利を得ようと思うな。沿岸国から高く売りつけられている現状を打開できれば良い。国同士の取引より、むしろ身内のトルネオ老が間に入ってこの国とのパイプになってくれるなら願ったりではないか」


 ゼスト御爺様の考えが読めない。


『……マスターが亡くなった後、後継者たちの親睦が薄くなっていても、身内の商人が間に入っていればそう簡単に国交が断絶することはないと踏んでいるようですね』


 成程……両国に関わっている商会が保険になるってことか。利益がある限り商人を排除することは絶対にない。

 まぁ、血族なんだし、仲違いしないようにするのが一番なんだと思うけどね。



 一癖あるゼスト御爺様だが、ゼブラ君やゼクス君と俺が仲が良さそうなのを見て安堵しているみたいで、プリシラやルルの件を謝罪してきた……戦力の方ももう疑っていないようだな。どちらかというと、俺の経験のなさが心配のようだ……他国に良いように利用されないか不安なようだ。


 俺も暴言を再度詫びて、この国には塩を格安で販売することを約束する。



「後、ゼヨ伯父様……急な呼び出しはご勘弁ください。事前に確認を取ってもらえますか? 僕、今日より中間試験期間中なのですよ……」


「え!? そうなのか! それは悪い事をした」

「リューク、そういう大事な事はもっと早く言わないか。勉強不足で来年クラス落ちしたらどうするのだ」


 伯父様はマジ謝りしてきて、お父様はかなりお怒りだ。

 クラス落ちは王家の恥とでも思っているのだろうな……。




 すぐに帰って勉強しろと怒られた……呼び出しておいて理不尽な。

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