3-31 サリエが暴走しました

 正直ククリ姫のことは家族で話し合うような案件なのだが、ゼヨ伯父様の考えとしては我が子を内政に利用するのが当たり前と思っているようだ。放っておくと、封建貴族と宮廷貴族の派閥調整のために嫁がされることになるだろう。


 封建貴族というのは、所謂領地持ち。家格が低くても領地内から税が入るために裕福な貴族が多く世襲して後継し更なる繁栄を遂げる貴族家が多い。


 宮廷貴族は、領地を持たない宮仕えの貴族で、1代限りの貴族なども多い。だが内政に深く係わっている高位の文官などの家系は高い家格を維持していて、こういう家柄の者も世襲で長年繁栄している。内政に係わっている分、発言力が非常に高いのが特徴だ。


 クラス内でいうなら開拓貴族のローレル姉妹や領主の親を持つ俺などが封建貴族、文官家系の親を持つキリク君や宮廷魔術師の家系のレイリアさんなんかが宮廷貴族にあたる。


 当然のように両者間では派閥が生まれる。宮廷貴族はどちらかというと、国王派。

 王都や主要都市などの内政に食い込み、地方の封建貴族の下位の者を小ばかにするきらいがある。 



 封建貴族は独立派。独立派というのは反国家派ということではなく、国の保護がなくても自領の税だけで暮らせるという意味だが、そのため、中には横柄な者もでてくる。徴税をちょろまかそうとしたり、酷い時には隣国に寝返る辺境伯も過去にいた。


 辺境伯は隣国からの防衛の要。高い給金を国が払っているのに無条件で降伏し、土地を隣国に売って亡命して逃げたのだ。当然こちらは国軍を出して取り戻すのだが、取り戻されるのは敵国も想定済みで、領民や土地を荒らされて大被害をこうむる。


 当然暗部を送り込んで、亡命した辺境伯一家は暗殺されて亡き者になっている。



 国王の姫たちの役割というのが外交なら、相手国の侯爵以上の家格の家に嫁ぎ、隣国との一時的和平の交渉の道具となる。


 敵対国なら、何かあった場合に姫の命が敵国の保険となる。

 仲の良い友好国なら平和の現状維持のために利用されるのだ。


 内政なら力を付けすぎた地方領主を国王派に取り込むための生贄になる。姫をもらうことによって、家格は高くても地方の田舎貴族と宮廷貴族に小馬鹿にされている家名に箔がつくのだ。姫を欲しがる地方貴族はとても多い。



 問題はククリ姉様のことだ。

 王宮に来た時にはよく姫様たちには遊んでもらったのだ。可愛い顔立ちのリューク君はなにかと幼少時はちやほやされている。目があまり見えなく、外出の少ないプリシラより、ククリ姉様に遊んでもらったことの方が多い。



「ゼヨ伯父様、ククリ姉様のことはどうなさるおつもりです?」

「どうしようもないではないか? リュークがアリア様の言うように建国して親衛隊のジルを召抱えてくれるというのなら考えも違ってくるが……どうなのだ?」


「俺としてはそのような面倒なことしたくありません」

「ではどうしようもないな。ジルは男爵家の三男か四男とかだったな。嫡男ですらないので男爵家の家督も継げない。騎士の称号だけで、王家の王女を娶らすわけにはいかぬ。それくらいはお前も分かるだろ?」


「既に婚約者がいるのであれば、家格が云々以前の話として、それ相応の理由が要りますよね」

「ククリには悪いが、諦めてもらうしかないな。ジルがせめて子爵の嫡男であれば何か手柄を取らせて褒美として特別に嫁がせることもできたのにな」


「ククリ姉様は今いらっしゃいますか?」

「ああ、自室にいるはずだ。なんだ? 何か考えがあるのか?」


「いえ、何もないのですが……さっきのナナを見てしまったので、ククリ姉様は同じようにされた時どういう態度をとるのか気になったので」


「なるほどな。ククリはナナと違ってちゃんと躾けられておるからな。無駄な抵抗はしないと思うぞ」

「ナナがちゃんと躾けられていないような言い方ですね。そこまで言うなら少し見てみたいです。婚姻はいつの予定なのですか?」


「相手は今騎士科に通っているククリより2つ年下の伯爵家の嫡男だ。2代で人口3万人の町にした中々のやり手の家系だ。今のうちにこちらに取り込んでおきたいのでな。来年卒業なので結婚式は早くて1年後だな、今期の夏休みに里帰りし、盛大に婚約披露宴をする気らしい」


「あと2カ月ともなれば、披露宴の準備もそろそろ始めていますね。もう手遅れか……婚約披露宴が来月に早まったと言って呼んでもらえませんか?」


「そんなことをしてどうなるのだ? 只いたずらに傷つけるだけだろう」

「ナナにはしたのですから、俺にも見せてくださいよ。王女としての覚悟を見たいです。ジルの反応もみたいな……よし」



 俺はいったい何をしたいのだろう? 自分でもよく分からないが、あの時ナナは即断った。だがゼヨ伯父さんは父様に躾がなってないと強く非難した。


 ナナを馬鹿にされたような気になっているのかとも考えたが、それとは違うような気がする。何故だか知らないがイラッとするのだ。


 日本人的に、好きな相手がいるのに親が一方的に決めた相手と結婚するというのが納得できないのかもしれない。やはりなんか納得がいかず落ち着かない。


 現在この部屋を守っていた親衛隊の10人は俺に【魔糸】と【魔枷】で拘束されて窓の外に吊るされている。

 聞かれたくない会話が多いので外に出しているのだが、窓の外に蓑虫のように10人吊るされているので、異様な光景になっている。


 ジル君1人だとククリ姉さんも違和感を感じるだろうからダミーに5人ぐらい一緒に立たせておくか。


 ジル君と他4人を手繰り寄せ解放する。

 開放した瞬間ゼヨ伯父様に傅いて侘びを始めた。


「国王様! みっともない姿を晒してしまいました! 処罰はいかようにも!」

「まぁよい。あれは俺も驚いたぐらいだ、仕方がないだろ。特に処罰は考えていない」


「はっ! ありがたきお言葉いたみいります!」


 どうやらこの人が親衛隊長さんのようだ。なんかチートスキルを使って拘束とか申し訳ないことしたな。


「そこに5人並んでしばし待機していろ」

「はっ、了解しました! あの、残りの5人は解放していただけないのでしょうか?」


 隊長は俺の方を見て声をかけてきた。


「あ、ごめんなさい。もう少し待ってもらえますか」


 頷いて彼らは玉座の横に横一列に5人並んだ。間もなくしてククリ殿下がやってくる。久しぶりに見たが随分可愛くなっている。


 姫たちは皆器量が良いな。まぁ、両親が美男美女なのだ。遺伝子的に美女が生まれやすいのは、向こうの世界でも同じだったしね。



「国王陛下、急な所要と聞き、急ぎ参りました……」

「ああ、ククリ。身内しか居ないので普通に話してよい」


「分かりました。で、お父様急用とは如何様でしょうか?」

「とりあえず従弟妹が来ているので挨拶いたせ」


「あ、リューク君お久しぶりね! 相変わらず可愛いわ」


 いつもこんな感じでちやほやと姫さまたちは可愛がってくれていたのだ。


「お久しぶりですククリお姉様。お姉様もとても美しくなられましたね」

「あらあら、少し会わない内にお世辞がお上手になったわね」


「お世辞じゃありませんよ。とても綺麗です。紹介します、妹のナナとこっちはフィアンセのフィリアです」


「お久しぶりです、ククリお姉様」

「お初にお目にかかります。フィリアと申します」


「ナナも可愛くなったわね! 本当に久しぶりね。5年振り位かしら? そちらが噂のフィリア嬢ね、本当にお美しいのね……リューク君は果報者ね。好きな相手と結婚できて……」


 おや? やはり自分の婚姻には思うところがあるのだろう。

 俺は伯父様に目で合図を行う。



「ククリ、呼び出したのはお前の婚約披露宴が来月に早まったからだ。早めに伝えてやろうと思ってな」


 一瞬だが、ジル君を見て悲しそうな顔をした。ジル君は、俯き何も言わない。

 彼女は、はぁ~と深く息を吐き、諦めたかのように声を出す。


「そうでしたか。了解しました。では、そのように準備をいたしますわ」


 クソッ! 気に入らない……。


『ナビー! 俺は何でこんなに他人のことでイラッとしているんだ!』

『……マスターが分からないのに、なんでナビーが分かるんですか』


『なんか釈然としない!』

『……なんとなくで良いなら、答えます』


『言ってみてくれ』

『……他人といいますが、幼少の頃に可愛がってくれた従姉のお姉様が、悲恋で悲しんでいるのに何もできない自分がちょっと腹立たしいのでは? それにマスターは処女厨ですから、好きでもない男に可愛がってもらったお姉様が抱かれるのが何より気に入らないのでしょう?』


『処女厨ってお前!』

『……あれ? 違うのですか?』


『いや、そこまでではないと思うぞ? サーシャたちのことも愛せるしな』

『……確かに……不潔です。サーシャたちの弱みに付け入って囲うなど。まぁ当人たちが幸せそうなので目を瞑ります。それより良いのですか?』


 良くない……気持ち悪い!


「ククリお姉様はお相手の方のことが好きなのですか?」

「ん? 政略結婚に好きも嫌いもないわよ? 会ったことはあるのでしょうけど、私は覚えてないので、顔も知らないお相手ってことになるのかしらね」


「そのようなお相手で良いのですか? もし相手がオークみたいな奴だったらどうします?」

「流石にそんな酷いお方をお父様はわたくしに宛がわないでしょう。侍女たちから聞いた評判は悪くないですわ。どういう方なのかは実際に会って話してみるしかないわね。ここで幾ら論議してもどうしようもないわ」


「ククリ姉様には心に思う殿方はいないのですか?」


 また一瞬ジル君を見たが、彼のことは何も言わない。身分が違いすぎて言えないのか……。

 俺はククリお姉様が不憫に思えた。と同時にジルにムカついた!


 やはり俺のベースはリューク君でも、本質は異世界人の龍馬なのだろう。俺なら攫って逃げる……例のごとく国外逃亡だ!


 この根性なしは俯いたままだんまりだ……所詮その程度なら叶わぬ恋だ。ククリお姉様に相応しくない。

 俺はこのまま放置することに決めた。決めたのだが……。



「ん! この根性なし!」


 エエエエッ!!


 サリエちゃんあんた何やってんの!


 サリエはジル君をいきなり罵倒しながら蹴りまくっている!

 皆うちの侍女の暴挙に口をあんぐりあけて呆然としている。


 女神アリアでさえあっけにとられていた。父様も勿論、エッ? てな顔で固まっている。


 ナナとフィリアだけが目をキラキラさせてサリエを見ている。


「サリエ!? 何やってるんだ!」

「ん! この根性なしムカつく!」


 ゲシゲシ蹴りまくっている。俺の時と違ってかなり遠慮がない。

 かなり鍛えているジル君でも、骨折しかねない勢いだ。


「お止めなさい! 何をやっているのですか! ジル殿大丈夫ですか?」

「ん! イヨイヨ情けない! 好きな女に助けられてまだダンマリ! この姫様も気持ち悪い! 見放すなら最後まで見放せ! 下手に庇うな!」


「おお! サリエが長文を話してる! もう放っておけ、どうせその程度の男なんだよ。ククリ姉様に相応しくない。放っておいた方がいい。下手にそんな男をくっつけたら返って不幸になる。建国したとしてもそんな奴、俺は要らんわ!」


「ん? それもそうか……流石リューク様!」

「ゼノ……お前本当にちゃんと躾とかしているのか? リュークといいナナといい、侍女までも……まともなのがいないではないか? 大丈夫なのか? 俺は色々心配だぞ?」


「うっ……兄さん、なんか恥ずかしくなってきた。でも皆良い子たちなのは確かなんだ」


 俺もかなりサリエのことが心配だ……国王の御前で近衛騎士を蹴りまくるとかないわ~。


 サリエの暴走で場が騒然となった。

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