1-23 暗殺者を捕えましたが、殺すのは惜しいです

 これからサリエと暗殺者と対峙するわけだが、サリエの状況判断がどれくらいのものか知っておきたい。


「サリエ、今から家に帰るが、サリエは今からどう行動する?」

「ん、自分の武装の確認と、対戦前に各種パッシブ魔法をしっかり張る?」


「大体いいけど、折角相手のことまで分かるスキルがあるのだから、【詳細鑑定】を使って相手のレベルとか、武装から敵がどういう攻撃をしてくるとか、色々予想ができるでしょ? 事前に知っていることで暗器などの不意打ち気味な攻撃はほぼ予想して対処できるから、勝率を少しでも上げるためにできることは対戦前にやっておかないとね」


「ん、分かった。後、何かある?」

「殺さず、必ず生け捕りにするんだよ?」


「ん、今なら余裕。【身体強化】レベル10はもう人間辞めちゃった域」


 サリエの『人間辞めちゃった』と言うとおり【身体強化】は努力したからといってそう簡単に上がるものではないのだ。レベル5まではなんとか頑張れば上がるが、それ以上は努力だけでは上がらない。


 【身体強化】というものは全てが上がるからレベルが1つ上がるだけでもかなり美味しいパッシブ効果が得られる。普通は腕立てをすれば【腕力強化】や【筋力強化】が上がる。同じように足を鍛えれば【脚力強化】や【俊足】【瞬歩】などのスキルを得られたりする。だが【身体強化】は視力や聴力などの五感まで強化されるのだ。五感はそうそう努力で上がるものではない。訓練して努力で上がるのがレベル5までというのも納得できる。触った感じは同じなのに皮膚や骨も強化されるため、脚力が上がってその衝撃で骨折することもない。


「確かに【身体強化】と【マジックシールド】があればそう簡単にやられることはないけどね。油断大敵とも言うし、負けるとしたら油断からくるものだと思うよ」


「ん、自分だけならともかく、リューク様が居るのに油断は絶対しない」 


 サリエは護衛としても侍女としても優秀だよな。

 大人しいのも好感が持てるし、なによりちっこ可愛いのが良い。


「準備はいいようだね? じゃあ抜けがないか最終確認するね。一番気を付けることは?」

「ん、殺さないこと?」 


「いやいや、もう捕まえるのは前提みたいに言っているけど、僕が言っているのは自分たちが殺されないように注意しないといけないのは何かってことだからね?」

「ん、初撃にくるだろう吹き矢の毒。針と投げナイフの毒も可能性が有るので注意」


「うん、そういうこと。その毒って危険なの?」

「ん、即死級の毒を塗っている。お昼食べた蛙の毒」


「え? お昼に食べたあの蛙?」

「ん、デスケロッグって蛙の雄の舌には即死級の毒があるの。超危険!」


「即死級って……僕が持っている中級解毒魔法で回復できるの?」

「ん、できない。私が上級解毒剤を3本持っている」


「そういうことはちゃんと事前に言ってよ。僕、持ってないから。もしサリエが毒にやられたらヤバかったでしょ」

「ん、持っていると思ってた……」


「以前は勿論持っていたけど、僕は一度死んだ時に【亜空間倉庫】の中の物はぶちまけているから、今、たいして良いものは入ってないんだよ。毒を使う暗殺者に狙われているのだから、さっき買い物した時に買っておくべきだったね。大事なことなのにうっかりしていた……」


「ん、そうだった。これ渡しておくね」


 サリエは上級解毒剤2本と上級回復剤2本、上級魔力回復剤1本を渡してきた。


「良いのを持っているね」

「ん、魔力回復剤は1本しか持ってない。リューク様にスキルをコピーしてもらうまで私には必要なかったから」


 本来サリエはハーフエルフなので魔力の扱いは得意なはずだが、養父が剣バカだったため剣の方に偏ってしまって、生活魔法しか習得できていなかった。当然魔力回復剤は自分の為というより、俺の手持ちがなくなった時の保険のために携帯していたのだろう。優秀な侍女だ。




 敵がこっちを目視できない距離で各種パッシブスキルを張っておく。


 林の中にある、馬車が1台通れるほどの整備された小道を通り、敵の前を横切る……まだ攻撃してこない。

 敵も上手く隠れている……直視しないように気を付けてはいるが、MAPで居る場所は分かっているのに目視で確認できない。


 姿を確認できないまま直ぐ横を通り過ぎ、10mほど過ぎたあたりで斜め後方から吹き矢が放たれた。


 俺ではなくサリエにだ!


 サリエは素早く剣を抜き、その毒矢を叩き落としてから一気に暗殺者との間合いを詰めた。暗殺者は防がれると思っていなかったのか、ぎょっとした素振りを見せたが、すぐさま第二矢を今度は俺に放ってきた。最悪俺だけでも仕留めようとしたのだろうが、難なく俺もそれを躱す。その頃にはサリエが間合いを詰めていたが、敵も直ぐ剣を抜きサリエに切りかかった。二撃三撃激しく剣を交え火花が弾ける。


 暗殺者はかなりの手練れだが【身体強化】と【腕力強化】で差が出ている。

 仮に逃走を図っても、【俊足】もレベル10なのでサリエが捕り逃がすこともない。しかも既にサリエはこっそり【魔糸】を放っている。魔力察知の低い暗殺者は、サリエの剣をあしらうので必死で、細い魔力の糸に全く気づいていないようだ。


 全部サリエに任せるつもりだったが、予定変更だ。【無詠唱】で中級魔法の【サンダラスピア】レベル3を死角から当たるように放った。威力は死なないように抑えてある。


 光速の雷系魔法を無詠唱で放たれたのだ。躱せるはずもなく、食らった直後は一時的な電気による【麻痺】が発生する。その一瞬でサリエが【魔糸】で腕を縛り上げ【魔枷】を両手両足に嵌めて完全に身動きを封じた。


「サリエ、すぐに武装解除だ!」


 鑑定魔法で敵の所持品は確認できるため、武装は完全に剥いだ。【亜空間倉庫】にまだ色々入っているが、【魔枷】で魔力そのものを散らして封じているために敵は何もできない状態だ。


 成程、林の景色に溶け込むために、深緑色の衣装を全身に纏っていた。まるで忍び装束だ。


 覆面を取ったそいつの顔を見て驚いた……か、可愛い!


 暗殺者は17歳ぐらいの猫のような印象を持つ可愛い小柄な女の子だった。身長150cm、体重40kgほどかな。髪型は明るめの栗毛を後ろに1つにまとめてある。肩より少し長い程度だ。


 近接向きではない小柄な体型だから、吹き矢などの毒を使うのかもしれない。


 サリエにあれほどステータス確認をしろと言っておきながら、確認不足だった。サリエはちゃんと女だと知っていたようで驚きもしなかった……俺も反省しなきゃだね。


 俺も【魔糸】を伸ばし、ドレインでMPを気絶寸前まで吸い取る。

 気絶させたら尋問できないのでギリギリで止めておく。


「ん! 私が全部やりたかった!」

「ごめんごめん。ちょっと状況が変わったのでね」


「ん、どういうこと?」

「こいつ、先に僕を攻撃しないで、サリエをまず仕留めにきただろう? 中々頭も良いようだね」


「ん?……あ、そうか……どうしよう?」


 サリエも皆まで言わずとも自分で気付いたようだ。


 どういうことか……俺ではなくサリエを襲ったのだという逃げ道ができたのだ。


 俺の情報はおそらくかなり詳細に依頼者から伝わっているはずだ。なにせ公爵家の御子息様だからね、貴族では知らない方が変な目で見られるくらい有名だ。


 俺はいつでも殺せるが、サリエが予想以上に手練れだと、俺を殺した後の逃走時に厄介な敵になる。吹き矢での不意打ちならサリエ相手でも仕損じないと思っていたのだろう。実際吹き矢を放った時も、殆ど殺気を漏らさずこいつは攻撃してのけた。MAPで事前に分かっていなかったら、サリエでも殺されていたかもしれないレベルだ。


 警戒の甘い初撃で手練れのサリエを先に仕留め、その後俺はどうにでも料理できる。万が一失敗してもサリエを狙ったものだととぼけて、依頼者を第三者に擦り付けて庇う事ができる。依頼者の名をサリエのライバルであろう執事の家にでも擦られたら厄介だ。自分は死んでも依頼主に影響が及ばないように計算されている行動だ……大した奴だ。



 うーん、殺すには惜しい人材だよな。


 鑑識魔法で調べると、犯罪履歴に殺人、誘拐と2つある。年齢も見た目どおり17歳だった……俺と大差ない。



『ナビー、こいつは子供も殺すか?』

『……15歳のマスターやサリエを子供とするなら殺しますね』


『そうか……』

『……マスターの意図していることを考えての情報でしたら、基本子供は殺しません。窃盗、詐欺のようなこともしませんし、弱い立場の者を虐げるようなことはしないようです。単に貴族が嫌いなようで、マスターは貴族でも上位に値しますから子供ですが、今回初めて対象になったようですね』


『善か悪かでいえば、悪だよな?』

『……当り前じゃないですか。暗殺者ですよ。ですが14歳のジェシルという妹の治療費を稼ぐのが目的のようですね。両親は子供の頃に彼女を庇って、目の前で貴族に切り殺されたようです。人の多い表通りで軽くぶつかっただけなのに……その後にも貴族と一悶着あって、貴族専門の暗殺を行っているようです』


 当然やり過ぎの貴族にも罪状は付いたが、罰金を払って直ぐに釈放されたらしい。

 当時10歳と7歳の幼い姉妹に残ったのは、その貴族家から謝罪金として支払われた200万ジェニーのみ。数年で使い果たすが、その間に彼女は冒険者として活動を始めたようだ。その後も色々あって今は暗殺者だ。


「サリエ、父様に引き渡す前にちょっとそいつと話がしてみたい」

「ん、分かった。でも気を付けて」


「君はこれから父様に引き渡し拷問されるわけだけど、もう生を諦めているでしょ?」


 まぁ、当然のように無言だ。おそらく死ぬまで一切口を開くことはないだろう。


「領主だけあって、うちには嘘を見抜くスキルや自白を強要するスキル持ちもいるんだよ。苦しむ前に話す気にならない?」


「ん、リューク様、何言っても時間の無駄。さっさとゼノ様に引き渡した方がいい」

「それでも良いんだけどね。このジュエルちゃん、思っていたより優秀だから、このまま引き渡して暗殺犯として殺されるのは惜しいので、俺が身を預かろうかなと思って……」


 本名を言われてギョッとした顔をしている。

 当然だ……暗殺者は偽名を使って普段活動しているのだ。裏稼業の彼女の本名を知っている人なんていないといってもいいくらいなのだ。なぜ自分の本名を俺が知っているのか不思議で仕方がないようだ。


「バナム村のジュエルちゃん。本当は君の雇い主を教えろとかは別にいいんだよ。ラエルが犯人なのは理由も含めてもう知っているからね。悪いようにしないから、僕に協力してくれないかな?」

「な、何で私の出身地や本名を知っている?」


「やっと口を開いてくれたね。君のことは何でも知っているよ。君がどこでいつ生まれて、君の両親が君を庇って貴族のバカ息子に殺された件も、妹の病気を治すために沢山お金が必要で、貴族専門のアサシンをやっていることもね」


「い、妹は関係ない! クッ、早く私を殺せ!」


 エッ!? この娘、クッコロ系なの?


「公爵家の者を暗殺しようとしたのだよ。当然犯人の直系親族も、王家にあだなす大罪人の家族として見せしめに連帯責任で処刑になるよね? まだ幼い14歳の何も悪くないジェシルちゃんが殺されるのは見たくないな……」


「クッ! ジェシルの名まで! 妹は関係ない! 全部話すから、妹だけは見逃して!」


「君が死ねば妹さんは生きていけないのでは? 病弱な妹さんじゃ、まともな仕事はできないしね。手持ち金がなくなった時点で生活できなくなるよ?」


「妹だけは助けて! お願い! 妹だけは!」


「ジュエルは僕の母様が有名な回復師だって知っているよね? 実は僕も内緒だけど母様以上のヒーラーだよ。君の妹の病気が治せるぐらいのね」

「えっ!? 治せるの? 王都の枢機卿クラスでもないと治せないと言われたのよ?」


 苦労してそうな娘だけど、妹の為だとしても人殺しは良くない。


「僕は王都の教皇様以上のスキル持ちだよ。オリジナル魔法だけど、治せない病気は多分ないね」

「何でもしゃべる! 何でもする! 妹を助けてくれるなら、悪魔と契約してもいい! 私の拠り所はたった一人の肉親の妹しかいないんだ! お願い! 妹を助けて!」


「いいよ……でも君が僕のために働くのと、今後一切犯罪行為をしないことが条件だ」


「専属であなたに付けということ?」

「うん。何か有った時には護衛を頼もうかと思っている」


「護衛? 妹を救ってやるから、あなたの敵対者を殺せとかいうのではないの?」

「君は僕を何だと思っているんだよ。それじゃ、僕の方が悪人みたいじゃないか」


「ん、結局リューク様はこいつをどうしたいの?」


 黙って聞いていたサリエが焦れて俺に訪ねてきた。


「僕の下で働いてもらいたい。勿論妹は救ってあげるよ……ジュエル、どうかな?」


 こんな有能な可愛い娘を殺すのは俺的に容認できない。俺の強化された嗅覚では、この娘から良い匂いがしているのだ……つまり心根は妹思いの優しい娘なのだと思う。17歳という年齢を考えれば、暗殺業はそれほど長くないはずだ。


 今ならまだ改心できると思うんだよね……手元においておくことにしよう!


『……自分を一度殺した相手を……マスターは豪胆な人ですね……』


「妹を助けてもらえるのなら何でもする! 元々今回の捕縛で私の命はもうないのだ。一生仕えろと言うなら、一生掛けて恩を返す。だから妹を助けて!」


「了解だ。妹のことは僕に任せろ。まぁ一生とか鬼畜なことは言わないから安心しろ」

「ええ……本当に妹が助かるなら何でも言うことを聞くわ!」


「ん、私はこんな女反対! いつ裏切って暗殺してくるか……凄く危険!」


 サリエ……まさか、使えそうな可愛い彼女に嫉妬とかしていないよね?


「サリエの言い分も分かるけどね……」


 ジュエルはきっと役に立つと思う。今回のこともある。どんな理由で暗殺者を差し向けられて狙われるか分からないのだ……今のうちに優秀な手駒を増やしておきたい。


 黄門様には『お銀』や『風車の弥七』のような存在がいたので悪党退治も実にスムーズに行えていたのだ。


 『テレビの話だろ!』とか突っ込む奴はバカだ! お銀さんの凄さを知らないとは……お銀さんはお色気担当も兼ねているのだぞ!


 冗談はさておき、ジュエルには、お銀さん的な存在になってもらう。

 あの優秀なお銀さんも、最初は黄門様を襲った暗殺者だったんだよ!


 ジュエルに早速働いてもらいますかね。


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 お読みくださりありがとうございます。


 2019年1月1日 この話を大幅改稿いたしました。

 まだ、以降の話の調整が終わっていませんので話に齟齬があるかもしれませんが、随時調整していくつもりですので、以降で内容が違っていても暫くご容赦ください。



 書籍化に伴い、暗殺者ジェイル(男)→ジュエル(女)と変更しました。

 以降の話で時々出てくるジェイル君は修正されるまでジュエルちゃんと脳内変換してお読みくださると有り難いです。

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