最終話 本当の気持ち

 別に男友達がいるのくらい構わない、なんて思っていた。由香里が楽しそうに笑えるなら、友達は女でも男でも多いほうがいい。

 初めの時、由香里にはそんな風に言った。けど、言ったあとで死ぬほど後悔した。つまらない男のプライドだったなって、後悔したんだ。


 由香里は、とても自由奔放だった。いつも白い歯を見せてニコニコ笑っていて、泣いている顔なんて想像もできないくらい元気な子だった。はっきりとした性格は竹を割ったようにすっきりとしていて、すっきりしているが故に男子からは人気があった。女子特有の、ねちねちとした感じがないから付き合いやすいんだと思う。

 その上、見た目だっていい。本人は全く気づいていないだろうけれど、由香里は入学当初から男子の人気を陰で集めていた。陰でというのは、あまりにサバサバしているので、そういう感情で近づくことが由香里という人間には似合わないような雰囲気だったからだ。それでも、影だけではおさまらずに告白しようと意気込んでいた男子もたくさんいた。そん中の一人が俺なわけだけど。


 チャンスは、雨と共にやってきた。

「これ。よかったら使って」

 別にクールな自分を演出したかったわけじゃないけど、由香里への想いがパンクしそうでつい言葉数が少なくなってしまった。クラスが別で接点もないから、話しかけることに勇気がいったってのもある。

 突然のことに、由香里は酷く驚いた顔をしていたけれど、俺はその手に無理やり傘を握らせた。本当は渡したその傘へ一緒に入って帰りたかったけれど、いつもそばにいる清水が傘を持っていたから警戒したんだ。

 だったら清水の傘に入って帰る。そんな風に言われたら終わりだからね。


 由香里の事を好きなやつらから、清水はとても羨ましがられていた。当の本人はいつもどこかぼんやりとしていて、何を考えているのか解らないようなやつだったから、周りからそんな風に思われているなんて気づきもしていなかっただろう。そして、そんな風にぼんやりとしているわりに、ちゃっかり由香里の一番そばをキープしていた。そんなあいつの気持ちは俺と一緒なんだって、見ていればすぐにわかった。だから、はやいとこ清水のそばから由香里を離さないといけないって、俺は焦っていたんだ。

 そんな焦りは、うまくチャンスに乗って効を奏した。

 ……ように見えた。

 由香里は、確かに俺の彼女になった。一緒に下校をし、手を繋いで歩き、寄り道したりもした。時々キスをして、時々抱きしめて。由香里が俺の一番近くにいることが幸せすぎて、眩暈がするくらいだった。どんなに由香里が我儘を言ったって、その全部に付き合ってやりたいって、本気で思っていたんだ。

 だけど、一番になったと思っていた自分は、実はいつまでたっても二番目のままだったことを思い知る。

「ごめーん、旬」

 笑顔一杯で玄関へ遅れてくる時には、決まって清水が一緒にいた。電話で話している時に入るキャッチも、大抵清水からのものだった。一緒のデートの時だって、会話には必ず清水の名前が出てきた。

 芳成。

 よしなり。

 そう由香里が清水の事を呼び捨てにするたびに、俺の心は少しずつ削れていくみたいに弱っていった。

 あんなこと言わなきゃよかった。男友達なんて、全部切り捨てさせればよかった。

 傲慢だって言われたって恨まれたってそうしていれば、今頃由香里は俺だけを見ていてくれたかもしれないのに。

 今更そんな風に思ったって、遅いのは解っている。それでも由香里が好きで離れられなくて、なんだかいじらしいくらいに俺は由香里の事をいつだって待ち続けてしまうんだ。

 まるで飼い主を待つ、鎖に繋がれた犬みたいに。

 周りのやつらからは、心の広いやつだなんてよくからかわれたけど。実際には、心が広いんじゃなくて、ただ勇気がないだけの男。

 清水から離れろ。

 清水と話なんかすんな。

 清水といる時間を、俺と一緒にいて欲しい。

 そうやって心の中で叫ぶだけで、言葉にできなやしない。おかげで少しずつ削られて弱った心は、ほんのちょっとの衝撃であっけなく折れてしまった。

 亜美ちゃんの優しさに、甘えてしまったんだ。

 亜美ちゃんは、本当に優しかった。由香里とは違う笑顔で、いつだって俺を一番に迎えてくれた。その優しさや笑顔が心地よくて、俺はそんな亜美ちゃんに甘え続けていた。

 亜美ちゃんの目を盗んで、由香里の事を見ながら……。

 俺ってやつは情けなさ全開で、本当にどうしようもないやつなんだ。亜美ちゃんに隠れて由香里を見て、そして一緒にいる清水にいまだ嫉妬心を抱いている。

 やっぱり由香里が忘れられない。

 そんな風に思っているのに、俺は亜美ちゃんのそばで笑っている。

 最低な人間。

 こんな俺のところに由香里が戻ってくるはずないよな、って笑ってしまうくらいだ。

 大崎君なんて呼ばれてしまえば、力づくでも又この手の中に由香里をなんて、思ってしまうというのに。

「旬君……。旬君?」

 放課後の校庭。忘れ去られたサッカーボールと戯れて、頭の中にいる由香里を追い出していたら、亜美ちゃんの呼ぶ声に気がつかなかった。

「旬君っ」

 少し大きめの声で呼ばれて、はっとする。

 リフティングし損ねたサッカーボールが、ゴロゴロと俺から離れていった。転がる先を見てみれば、清水と並んで帰って行く由香里の背中が小さく見えて目が離せなくなる。

「そろそろ。帰ろう……」

 かけられた声に振り返ると、亜美ちゃんの表情は悲しげで、自分が犯している現実に眩暈がしてきた。

「俺……、なにやってんだろ……」

 ボソリと零した俺を、亜美ちゃんが不安そうに見ている。大事そうに俺の鞄を胸に抱えてみている。

「亜美ちゃん……おれ――――」

「――――いっちゃヤダ!」

 本当の想いは亜美ちゃんの想いにかき消され、夕暮れが切なさを誘う。

「由香里ちゃんには清水君がいるんだから……。清水君がいるんだから……」

 震える声は必死で涙を我慢していて、それ以上何も言えなくなってしまった。

 それでも俺は、ずっと由香里の事を忘れられないままなんだろう。

 ずっと、由香里のことを好きなままなんだろう――――。

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未熟色の君たち 花岡 柊 @hiiragi9

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