猫ト、長寿大国日本二オケル、考察
日本人の平均寿命は驚くほど長い。
今年に入って、その年齢はついに男女ともに90歳代を記録した。今までの歴史すら塗り替えてしまったその調査結果に、世界は驚愕する。
日本は名実ともに超長寿大国となったのだ。
「にゃあ」「みぃ」「にゃあ」
ベルトコンベアの駆動音とともに、愛らしい猫の鳴き声がする。その声は、僕の前方から聞こえてきていた。
猫がいた。
テルテル坊主みたく、猫たちが縄で括られてベルトコンベアの上方に、横一列になって吊るされているのだ。
ぐらぐらと体がゆれるたびに、にぃにぃと猫たちは悲しげな鳴き声をあげる。じっと丸い瞳を向けてくる猫の1匹が何とも愛らしく、僕はその猫にそっと手を伸ばしていた。ぐらぐらとゆれる猫の体は、艶やかな茶トラの毛に包まれとても柔らかい。僕はその感触に笑みを浮かべ、猫に思いっきり肉包丁を振り下ろしていた。
――ぎゃあぁああああ!!
毛を逆立て、猫が悲鳴をあげる。切断した猫の太ももからは、大量の鮮血が迸っていた。だが、切断面からは見る間に骨がにょきにょきと生え、触手めいた筋肉繊維と、細く枝分かれした血管が生えた骨を瞬く間に包み込んでいった。最後に茶トラの毛が生えそろい、猫の太ももはあっというまに再生していたのだ。
しゃぁあああああ!!
にゃぁああああああああああ!!
ぎゃぃいあああいいああああああああぁああ!!!!
僕の周囲を猫の悲鳴が包み込む。あたりを見回すと、肉包丁を振るい吊るされた猫たちを切断する従業員たちの姿があった。
衛生管理のためにすっぽりと白装束で身を包み、顔をマスクで覆った彼らは、欲者なく再生してく猫たちの体を切りつけていく。
体を切断されるたびに猫たちは悲鳴をあげ、切断された肉はういーんういーんと唸るベルトコンベアに落ちて、隣の第二加工場へと送られていく。
ここは、政府が極秘で運営している猫たちの食肉工場だ。ここに集められた従業員たちは、訳ありな人間ばかり。だから、1人や2人消えたってどうってことない。僕らには行方をくらましたとしても、心配してくれる身内すらいないからだ。
そんな僕たちに与えられた仕事は、ここに吊るされた猫たちの肉を加工することだ。
再生し続ける茶トラの太ももを切り続けながら、僕は顔をあげていた。
工場の高い天井には、まるで星屑のように無数の照明が光り輝いている。その照明に照らされる魚影があった。
工場の上部には巨大な水槽が設置されており、顔をあげるとその水槽を眺めることができるのだ。
そして、天井に設置された水槽にはたくさんの魚影が映りこみ、ゆらめく水影を工場内に投げかけている。水槽を行き来する魚影は少しばかり変わっていた。いや、かなり変わっているかもしれない。
なにせその魚影は、海藻のようにゆらめく髪と艶めかしい女の上半身を持っているのだから。
猫を切りながら、僕は水槽を優美に泳ぐ人魚を見つめる。そんな人魚の1匹が眼を見開き、口から無数の気泡を吐いて暴れていた。
ダイビングスーツに身を固めた人間たちが、彼女に無数の銛を打ち込んできたのだ。黒い血を霧のように水中にまき散らし、人魚が水底に沈んでいく。ダイバーたちは身動きしなくなった人魚の体を数人がかりで持ち上げ、水槽の上方へと泳ぎ去っていった。
「にゃあ……」
猫の鳴き声が聞こえて、僕は我に返る。正面へと顔を向けると、先ほどまで包丁を振るっていた茶トラが縋るような眼差しを僕に向けていた。
僕は、そんな茶トラに微笑みを送ってみる。
いつの間にか夢中になって人魚が捕獲されている様子を眺めてしまっていた。早く仕事を再開しないと。
茶トラを安心させるように笑顔を浮かべながら、僕は再び肉包丁を振るう。茶トラの悲鳴が僕の耳に心地よく轟く。
無数に再生する茶トラの足をリズムカルに切りながら、僕は片足でステップを踏んでいた。片足で拍子をとりながら、僕は鼻歌を歌ってみせる。
もうすぐお昼だ。
そしたら、ダイバーたちに殺されたあの人魚がここに吊るされている猫たちのご飯になる。そして、こうして今僕が切っている猫の肉が加工され、僕らの食べるお昼になるのだ。
美味しい、猫の肉のハンバーグ!!
酸味の効いた、とろけるような味は一度体感したら病みつきになる。それが目当てで、この工場に長年勤めている人間もいるぐらいだ。
そして、この猫の肉は綺麗に加工されて全国に送られる。
これが日本が長寿大国である理由。
人魚の肉には不老不死の効き目があると古くから伝えられてきた。有名な逸話だと、人魚の肉を食べて800年生きた八尾比丘尼があげられるだろう。
では、人魚の肉を食べた生き物の肉には、どのような効用があるのか。
それを、この工場の猫たちは教えてくれる。
人魚の肉を食らう猫たちの肉体には、健康長寿の効き目があるのだ。
終戦直後の日本の食糧事情は、それはもう酷かったと聞いている。栄養失調で餓死する子供や、ロクな栄養が取れず健康を維持できない大人たちが日本には溢れかえっていた。
その難問をクリアするために日本を占領していたGHQは、日本軍の秘密部隊であった731部隊の元隊員たちに国民の食糧事情と、健康状態を改善する研究をして欲しいと命じる。7 31部隊に所属していた研究者たちは、密かに捕えていた人魚の肉をこの研究に応用することを思いつく。
人魚の肉を食べたら不老不死になってしまう。実際国民を不老不死にしたとして、国益があるとは到底思えない。では、この人魚の肉の効用を何らかの形で薄めることができたらどうだろうか。
そう考えた研究員たちは、人魚の肉を様々な動物たちに食べさせ、その動物たちの肉を徹底的に研究した。
研究のすえ、人魚を食べた猫たちの肉は、人間に健康長寿をもたらすことが分かったのだ。
研究者たちはこの報告結果をマッカーサーに報告。報告を受けたGHQ総司令官は、普及し始めていた学校給食に猫の肉を使用することを命じる。それからしばらくして、国民の健康は少しずつ改善していく。
そして今もなお、人々は猫の肉を食べ続けているのだ。国が学校給食に、スーパーの国産肉に、そして全国の飲食店と提携して密かに猫の肉を自分たちの食事に忍ばせているとは気がつかず。
彼らは、日本の平均寿命があがった理由を、医療の発展と経済が豊かになったお陰だと信じて疑わない。なんとまじめで実直な日本人らしい考えだろうか。
――ジリジリジリ!!
お昼を告げるベルが鳴る。
吊るされていた猫たちが、モーターの駆動音とともに移動してく。運ばれていく茶トラを見送りながら、僕は肉包丁を作業台の上に置き、その場を後にした。
あぁ、お昼が待ち遠しい。
早く、早く、猫の肉が食いたい!!
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