【番外編6・前】市場の平和を守れ!(王子視点)
商工協会の古めかしい建物を出ると、思いもかけない男の姿を見つけた。
既に通り過ぎたところだったがギリギリ俺を認識したらしく、わざとらしく足を速める。腹は立つがこの索敵能力は評価しても良いなと思いながら、声をかけた。
「おい」
「……」
「おい、貴様だ」
二度も呼ばせるとはどういう了見だ。とはいえこのままだと逃げ切られる可能性が高い。
「アルフォンソ・スタンバーグ!」
フルネームなら逃れられまい。
案の定数歩前を歩く男は足を止めてこちらを向いた。しぶしぶに違いないが、奴は完璧な演技で最小限の礼をとる。今日は忍びで来ていると察してか、目立つ真似はしない。
「これはこれは、珍しいところでお会いしますね」
「貴様ひとりか?」
「アリア様は本日、ご友人の茶会に招待されておりますので」
ということは、今から屋敷に押しかけても無駄ということか。牽制をしつつ最低限の言葉で必要な情報を伝えてくるあたり、腹立たしいがやはり有能だ。
「なるほど。で、貴様は?」
「主の使いです。では、急ぎますので」
そう言い置いて奴が立ち去ろうとしたとき、通りの向こう側、市場の方向で小さく悲鳴が上がった。見ると、端に見える屋台の前で騒ぎが起きている。
「なんだ?」
「流れ者でしょう。このところ郊外から大勢、王都に入ってきていますからね」
「ほう」
そういえば、さっき内々で会合した商工協会の長老もそんなことを言っていた。最近王都で働き口が増えたので、郊外から人が流れてきている。それ自体は悪くないが、荒くれものも多いので治安が悪化しているらしい。
まったく、ひとつ問題をつぶすとすぐに新しい問題が湧いて来るとは、面倒なことだ。いつの時代もどの地域でもこれはそう変わらない。
そう考えていると、店主らしき男の大声が聞こえてきた。
「どうぞお引き取りを。それじゃ店がつぶれちまいます!」
「なんだとぉ!? 中が腐ってたんだぞ、腹でも壊したらどうしてくれるんだ!!」
どうやら男どもが何かを買って、それが腐っていたという話らしい。目を凝らしてみると、手に持っているのは褐色の果実だ。ここまで聞いただけではどちらに非があるのかわからんな、と眺めながらゆっくり屋台へと向かう。
そこそこ近づいたところで、遠巻きに眺めている野次馬の合間からようやく店主が確認できた。かなりの高齢だが、荒くれども相手に一歩も引いていない。
「そんなはずはありませんね」
「おい、俺たちを疑うのか!?」
「言っていいことと悪いことがあるだろ、あぁ?」
なるほど、これはどう見ても言いがかりだろうなとひとりごちていると、くだんの店主がひるみもせずにすいと目を細める。
「疑うもなにも、うちじゃそいつを扱ったことはありませんや」
ああ、決まりだろう。
難癖をつけている男たちはおそらく3人、いや、喋らないが後ろの大男も仲間なら4人か?持っている果実は隣国バルディアの特産で我がアシュトリアの王都近辺ではほとんど作られていない。野次馬たちの間からもそうだそうだと店主を擁護する声があがる。
「さ、お引き取りを」
よせばいいのに店主が挑発的にそう言ったところで、荒くれ者どもが本性を現した。
「うるせぇ! ここで買ったと言ってるだろ!」
怒鳴りながら蹴り上げた樽が転がって、上に置いてあった籠のオレンジが路上に転がった。わあっと驚いた声があがる。絵に描いたようなならず者どもだな、と呆れたが放っておくわけにはいくまい。
俺は一歩前へ出た。
「おい、待て」
「ああ? なんだおま……うぐっ」
面倒なので一気に詰めて、手前の男のみぞおちを突く。ほぼ無警戒でまともに入り、男は声も無く膝から崩れた。
「往来で騒ぎを起こすのは感心せんな」
できるだけ穏やかに言ってきかせたつもりだったが、何故か野次馬たちから歓声があがった。腹お押さえた男を両脇から引き起こす二人の、その後ろに立った大柄な男がぬっと前に出てくる。
「なんだぁ、おめぇは」
なるほど、俺よりも頭一つ背が高く、横幅は3倍ほどもある巨漢だ。やはりこいつが連中の用心棒ということだろう。体格が良いというだけではなく、野生動物のような殺気がある。
「ここで騒ぎを起こすな、と言っている。買い物に来た者たちの邪魔になるだろう」
「あ、兄貴たちに腐った果物を売ったんだ、文句を言われてもしかたねぇんだ」
「それはこのごろつきどもの言い分だ。お前も騙されているんじゃないか?」
「なにおう!」
ぶん、と空気を切って右手が振り下ろされる。武器すら持っていないが、直撃すればただではすまないだろう。距離を取るのは得策ではないと思いつつ、一旦後ろに跳んで避ける。
男は屋台のを支える柱の一本を掴むと、それを無造作にへし折った。
身の丈近くあるそれを手に、ぶんと振り回す。
「屋台を壊したな?」
「うるせえ、」
バカめ、これで罪人がどちらか確定したぞ。
おそらく他の3人はさほどの戦力ではないので、とりあえず目の前の大男に集中する。右、左、右とステップを踏んで距離を詰めると、バカ正直に棒を俺に向けて振り下ろしてきた。パワーもスピードもあるが惜しいな、戦い方が短絡的に過ぎる。
「ああっ?」
ちょうどいい間合いに入って振り下ろした棒に目一杯体重をかけて踏んでやると、パキッと音をたてて折れた。軽い衝撃で大男がわずかにバランスを崩す。
「ふっ、」
良い位置に顎が出てきたので躊躇無く蹴り上げた。こういう大男にはダメージが入りにくい。つまり、急所を狙わなければ効率が悪い。思った通り、男の巨体はのけぞったところで一瞬動きを止めたが、それでもわずかに首をこちらに巡らせて俺を見た。とどめの一撃が必要かと身構えた瞬間、力を失ってどうっと後ろに倒れていく。
「う、うわあっ、」
「おいっ、まずい」
勝負ありだと悟ったのか、残った二人はまだ気を失っているらしい真ん中の男を放り出すと、一目散に通りのほうへ走り出した。
「待て」
思わず舌打ちが出る。慌てて道を空ける野次馬たちの合間を追いかけるが、例によってこの手の連中は逃げ足だけは早いのだ。おそらく場慣れもしているのだろう。比較的開けた市場方向よりも、入り組んだ町中のほうが逃れやすいと知っているのだ。その読みは正しい。
正しいが――、そこには伏兵がいた。
(続)
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