第56話 Seeing is believing

 

 リリィーは全身全霊を持って、その場を駆けていく。その移動速度は錬魔術を使用していないにもかかわらず、かなりのものだった。もちろん、他の団員が錬魔術を使う暇などないほどに。

 

 だが、彼のその所作を見抜いていたものがその中に一人だけいた。



「待ちなさいッ!!!!」



 瞬間、リリィーの目の前に大きな壁が錬成される。



 そう、それはアメリアだった。彼女はリリィーのことを誰よりも知っている。この場で彼が逃げ出そうと機会を伺っていたのを、完璧に理解していたのだ。そのため、即座に対応するも……その思考はリリィーも同様だった。


 彼もまた、邪魔をしてくるのならアメリアが真っ先にそうするだろうと読んでいた。


 そうして、目の前に錬成された壁を対物質アンチマテリアルコードで搔き消すと、そのままレベッカの後を追うように扉の先にある階段を登っていく。



「まずい、レベッカ! アメリアが追ってきているッ!!! 急げッ!!!」



 必死に気絶した警備隊と軍の兵士を避けながら、階段を駆け上がるも後方からアメリアが続々と足止めをするために錬魔術を放ってくる。


 一方の、リリィーはそれを対物質アンチマテリアルコードで掻き消しながら進んでいく。だが、目視ではなく感覚のみで打ち消しているので、わずかにだが洩れが生じる。


「くそッ!!! 流石、アメリアと言うべきかッ!!」


「リリィー、レベッカ止まりなさいッ!!! このまま逃げると大変なことになるわよッ!!!」



 そう言葉にするも、リリィーもレベッカも止まる様子はなく、ますますスピードを加速させていく。アメリアは何を言っても無駄なのか、と諦めると自身に自己強化の錬魔術を発動する。


 それを見たリリィーはまずいと思った。と言うのも、リリィーは錬魔術による自己強化ができないからだ。しかし、その考えは杞憂に終わることになる。



「リリィー、しっかり掴まってて」


「レベッカ……?」



 そして、次の瞬間にはリリィーはレベッカの背中に担ぎ上げられていたのだ。疾走するその体はどこまでも軽い。人、一人を背負っているにもかかわらずそのスピードはアメリアと同等のものだった。



「なッ……!??」



 驚愕に表情が染まるも、決して距離は離されていない。少し焦りはしたが、大丈夫だ。アメリアはそう思うと、必死に二人の後を追いかけるのだった。



 § § §



「……まさか、こうなるとはな……」


 サイロンが荒れきった室内を見てそう呟く。円卓には扉が突き刺さり、またアメリアの錬成によって他の場所もボロボロになっていた。



「……追いますか?」


「いや、アメリアに任せよう。我々が全員出ても事になるだけだ」


 

 団長にそう言われた、メリッサは少しだけ悔しそうにしていた。



 見抜くことができなかった。油断していたつもりはない。だが、出し抜かれた現実は変わらない。そして、アメリアだけが気がついた。



 その事実に対して、メリッサは自身に憤りを感じるも出来ることはもう何もないと思い、そのままアメリアの報告を待つのだった。



 § § §



「はぁッ……はぁッ……!!!」



 駆ける。駆ける。駆ける。



 レベッカはリリィーを抱えているも、そのスピードは落ちることはない。一方のリリィーは担がれながらも、自分たちの痕跡を残さないために対物質コードを使用して、第一質料プリママテリアの痕跡を掻き消してゆく。


 だが、それは後の捜査に有効な手段。目視によって追いかけている場合は、その手段に意味はない。



 だからこそ、どこかでアメリアをどうにかしなければならない。



「レベッカ、そこの森でアメリアと戦闘をする。アメリアさえどうにかできれば、逃げ切れるはずだ」


「……分かったわ」




 そうやり取りをすると、レベッカは急停止してリリィーをその場に下ろす。


 アメリアはその様子を見て、やっと諦めてくれたかと思うも二人の目は屈する者の目ではないことを悟る。



「……リリィー、レベッカ……投降しなさい。悪いようにはしないから」



 切なる願い。アメリアはここで二人に諦めて欲しかった。しかし、それに応じることがないのは火を見るよりも明らかだった。



「アメリア、ここまできたらもうダメだ。俺とレベッカは捕まったら殺されるか……何かに利用されることは免れない。ここでの俺たちの最善は逃げだ。そして、真犯人を見つける」



「……レベッカ王女、あなたはいいのですか? 仮にもこの王国の王族でしょう」



 靡く黄金の髪と緋色に輝く彼女の双眸。


 レベッカの異常な様子にはアメリアは気がついていた。いつもは金髪に金色の瞳をしている。だが、今はその瞳はどこまでも灼けるような緋色に輝いていた。




「……アメリア、私はリリィーと共に行くわ。それが私の意志よ」



「そう……ですか……」




 観念したようにがっくりと肩を下げるアメリア。そして、それと同時に彼女は何やらボソボソとつぶやき始める。




「祖は汝。汝は祖。我がことわりにて顕現せよ、理想の世界……」



 彼女の周囲を尋常では無い量の第一質料プリママテリアが囲んでいく。渦巻く中心にいるアメリアはそのまま詠唱を続ける。



「世界を照らし出す万状の粒子よ、今我が世界を照らし出せ……全属性領域エレメンツスフィア



 瞬間、この世界は4つの属性によって支配される。



 火、水、氷、電気。全属性をこの世に定着させ続けるなど不可能に近い所業。だが、アメリアはそれを可能にする。彼女の第一質料プリママテリアへの適性は心的イメージをどこまでも精巧にこの世界へと映し出すのだ。


 水と氷は物質錬成。火と電気は現象錬成。それらを全て一つのメンタルモデルとして体系化し、コード理論に適応すれば彼女の世界はこの世界に定着する。



 燃え盛る炎の中に電撃が混ぜっていき、さらにその周囲を囲むように水が氷に錬成されていき、逃げられなくなってしまう。



「さぁ……覚悟しないさい。二人とも……」



 天才と天才。


 かたや、堕ちた天才。かたや、現役の天才。



 こうして、3人による戦いの火蓋が切って落とされる。

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