第53話 It’s no use crying over spilt milk 

 

「はぁ……」



 流れていく雲。澄み切った青空。もうすぐ夏がやってくる。ファルベリカ王国は明確な四季というものが存在しており、それが一種の文化としても根付いている。最近では少し体を動かすだけでも、汗が出てくるほどだ。



 だが、リリィーの内心はこの空とは対照的に翳っていた。



 ダリアの葬式に出席した数日後に、ディルクも死亡した。殺害方法、死体に残ったメッセージ、全てが同一犯であるのは間違いなかった。


 ディルクの死は目撃はしていないが、それはもうひどいものであったと聞いた。身体中が引き裂かれ、指が全て、口に詰め込まれていたそうだ。


 

 もちろん、葬式にも出席した。アメリアはその葬式には来なかった。しかし、それでいい。これを機にアメリアは聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツを辞めるかもしれない。いつまでも彼女を危険な場所に居させるわけにはいかない。でも、彼女の意志は……それにこの事件が続く限り、彼女は容疑者にも被害者にもなり得る可能性があるのだ。



 現在は、学院で昼休みの真っ最中。リリィーは誰も居ない裏庭にやってくると空を見上げながら大の字になって寝転ぶ。



「あぁ……綺麗だな……」



 こんな広大な空に比べたら、自分の悩みなど、自分の置かれている状況などほんのちっぽけな悩みなのかもしれない。だが、自然の広大さに感動して思考を停止してる場合ではない。



 すでに聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツは8名から二人が殺され、6人しか残って居ない。今後も、誰かが被害者になるのは自明だろう。ならば、どうするべきか……



 そう考えていると、彼の顔に影が差す。



「こんなとこで何やってんだ?」


「アルバートか……」



 そう、彼の顔を覗き込むように見つめているのはアルバートだった。彼は昼休みは決まってぶらぶらすることが稀にある。そして、偶然にも人気ひとけのいないところでリリィーが大の字になっているのをみて思わず話しかけてしまう。



「よっと……」


 そう言いながら、リリィーの隣に腰掛けるとアルバートは日常会話と同じ軽さで、あの事件について言及する。



「大変みたいだな。マスコミにはギリギリ抑えているみたいだが、色付ツヴェートにはもう広がっているみたいだ。それに聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツが、二人も殺されるなんてな……」



「……」



 リリィーは何も答えない。いや、答えることができないのだ。このまま自身の想いを感情のままに吐露しても、無駄にアルバートを巻き込むだけだ。



 一方のアルバートはそんなことは分かっているのか、まるで独り言のように話を続ける。



「俺は今となっては、秀才だの天才だの呼ばれてるが……腐ってた時期もあった。だからこそ、分かる。お前は今行き詰まってる……ってな。ほら立てよ」


「うッ……なんだよ」



 立つように促すと、アルバートは寝そべっているリリィーに自身の制服のブレザーを投げ捨てる。さらに、ネクタイも外し、シャツのボタンを軽く開け、袖をまくると、まるで何かを確認するかのように地面をトントンと軽く蹴る。



「ほら、そんな時こそ身体動かせよ」



 くいくいと手を向けてくるアルバート。その目は遊んでいるというよりも、何か期待してるような目だった。



「……そうするか」



 そして、リリィーも上着とネクタイをその場に無造作に投げ捨てると、アルバートと組手を開始するのだった。




 § § §




「ハッ!!!」



 アルバートは肺にある空気を一気に吐き出すと、いきなり上段蹴りを繰り出してくる。しかし、それに対処できないリリィーではない。二歩下がるだけでその攻撃を躱すと、そのまま彼の右肩に手刀を繰り出す。



「おっと、流石だな……」



 ニヤリと微笑むと、彼はリリィーの右手を掴み、そのまま背負い投げの体勢に入る。



「おらああああああ!!!!」



 地面に叩きつけられる寸前、リリィーは関節を器用に曲げることでその拘束を解いて、そのままふわりと地面に着地する。一方のアルバートはそれを見てさらにニヤニヤと笑うのだった。



「さすが天才だな。格闘術も人並み以上とは、恐れ入るぜ」


「そっちもな、秀才。それに、お前……本気出してないだろ?」


「そら、本気出したら前みたいに死闘になるしな。今回のは体の体操みたいなもんだ……よッ!!!」



 アルバートは話しながら高速錬成クイックで、リリィーに向かって氷柱を投げつける。一瞬で氷柱を錬成する手際はさすがとしか言いようがない。


 だが、リリィーの両目はすでに黄金に光り輝いていた。


 

「……錬魔術も使うなら、先に言っておけよ」


「そんなの言わなくても大丈夫だろ!」



 そうして、二人は錬魔術も織り交ぜながらしばらくの間、体を動かすのだった。



 § § §



「ハァ……ハァ……流石に疲れたな」



 アルバートが寝転びながらそういうと、リリィーもそれに応じる。



「次の授業は間に合いそうにないな……でも、助かった。少しだけ気が晴れた」


「そっか。なら良かったがな」



 呼吸を整え、青い髪をかきあげると、そのまま上着を持って歩き出すアルバート。


「じゃあな〜。ま、なんとか頑張れや」


 手をプラプラと振りながら、その場を後にする彼を見てリリィーは少しだけ微笑む。



「全く……人の縁とは不思議なもんだな……」



 先ほどと同じ、澄み切った青空が目に入る。先ほどまでもこの美しさを実感することはできなかった。しかし、今はほんの少しでもこの光景を楽しむことができた。


 今までは人との関係は煩わしいことが多く、面倒だと切り捨てる傾向にあった。でも、それでもやはり誰かとコミュニケーションを取るのも悪くないと思うと、リリィーはその場で少しの間だけ睡魔に身を任せるのであった。

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