第50話 Mutilation

 


 ダリアの元へ向かう前に二人はレベッカと偶然出会ってしまう。もちろん、レベッカは例の件についてすでに知っている。そして、彼女には負い目があった。自分を祝う場に来ていた人が無残な怪死を遂げた。さらに、それがリリィーの叔母であるということもさらに彼女の心の負担に拍車を掛ける。



 何を言っていいのか分からなかった。何をいうべきなのか分からなかった。



 いつかは会って話すべきだと思ってはいたものの、こんな唐突に機会がやってくるなんて考えもしなかった。



 しかし、そこはリリィーが気を利かせたのか、フランクにレベッカに話しかける。



「レベッカ王女……お散歩ですか?」



 極めていつもの調子で話しかけるリリィー。彼もまたある程度レベッカの心情は把握していた。きっと、彼女は自分のせいだと思い込んでいる節があるだろうと。


 彼女は全くの無関係だ。そもそも、あれは偶然レベッカのパーティで起きたこと。一番の責任を問われるのはあの事件を引き起こした犯人だけだ。



 そのことはアメリアも察しているのか、黙って二人の会話を見守る。いつもならすかさずフォローに入るのだが、今回は事が事だ。自分の出ていい領分ではないと弁え、そのままじっと無感情に状況が動くのを待っていた。



「その……気晴らしに少し歩いていたの。リリィーたちは? お仕事?」


「例の件について、少し団員と話をしようと思いまして。ダリア・ファーノの元を訪れるつもりです」


「あ、だからここに……」



 ちょうど、彼らがいるのはさらに地下へと続く階段の前だった。しかし、なぜそんなところにレベッカがいるのか疑問は募るばかりだ。



 そうしていると、レベッカが思わぬ提案をしてくる。



「その、不躾なのは知っていますけど……もし良ければ私の部屋に来てくれませんか?」


「「え?」」



 リリィーとアメリアの声が重なる。それもそのはず、彼女の提案は突飛なものだったからだ。



「少しだけ、話したい事があって……」



 そう言って目を伏せるレベッカ。彼女は何もわがままでそのようなことを言ったわけではない。この機会を逃してしまえば、自分はあの事件について何も話せなくなってしまうと直感したからだ。思えば、レベッカは昔から自分の直感を信じて生きた来た。それは後悔したくないからだ。過去の経験から彼女は行動しなかった後悔の辛さをよく知っている。それを無くすためにも、彼女は行動してから後悔しようと決めているのだ。




「……分かりました。30分程度ならば、時間は大丈夫です」


「ありがとう。それじゃあ、案内するわね」



 そして、3人はレベッカの部屋へと移動するのだった。



 § § §




 レベッカの私室に入ると、そこは個人が所有するにはあまりにも広すぎる場所だった。しかし、学院の教室以上に広いその部屋は、どうにも持て余しているように見えた。



 そこに在ったのは天蓋付きのベッド、本棚、机だけ。正直、この部屋の半分以下でも十分に収まる量だ。昔からそうだった。レベッカはなぜかあまり物を欲しがらなかった。王族ということもあって、欲しいものがあれば大抵の物は手に入れる事ができた。だが、彼女は自分に必要なものだけ揃えると、それ以上は何も欲しなかったのだ。




「ごめんなさい……来客用の机はないの……だからその、ベッドにでも腰掛けてくれる?」


「いえ、自分は立ったままでも」


「……お願い」


 縋るような目で見られてはどうしようもないと思い、そのまま彼はベッドに腰掛ける。そして、そのすぐ隣にレベッカもやってくる。女性特有の甘い香りが彼の鼻腔をくすぐる。それはこのベッドからのものか、それともレベッカ自身の特有なものかは分からなかったが、非常に魅力的なものであった。



 ちなみに、今ここにアメリアはいない。


 彼女は


「私は外で待ってるから。頑張りなさいよ、リリィー」


 と言って、中には部屋には入ってこなかった。アメリアなりに何かを察したのだろう。特に彼はそのことを指摘せずにレベッカと二人きりになっているのが現状である。



 そして、少しだけ時間を置いた後にレベッカは意を決して自身の口を開く。



「あの、ごめんなさい……叔母様の件は……」


 先ほどよりも暗く、さらに目を伏せる。やはり彼女は負い目を感じていたのか、そう思うとリリィーはすぐにそれを擁護する。



「いえ、あれはレベッカ王女に責任はありません」


「でも! 私の誕生日を祝うためのパーティーがあったから!」


「それでも、です。あなたには関係ない。一番の責任はあの事件を起こした犯人が負うべき事です。レベッカ王女が気にやむことではありません……」


「そう、リリィーはいつもそう言うわね……」



 彼はこの会話、そして、この空間にどこか既視感デジャブを覚えた。過去のいつだっただろうか。自分はここにいて、このような会話をした事がある気がする。しかし、あくまでそれは気がする程度。彼は気のせいだと思い、そのまま会話を続ける。



「レベッカ王女……先に謝っておきます。これから少し不躾な発言をしますので、ご容赦ください」


「……え?」



 すでに涙目になっているレベッカは、きょとんとした顔でリリィーを見つめると、彼もまた意を決して言葉を紡ぐ。



「レベッカ、これは友人としての意見だ。君は背負いすぎている。見ていてわかる、その気丈に振る舞っている姿が。王女として在らねばならない、だがどこかで王女以外の身分に、自由になりたいと渇望している。俺には王女の苦労なんて決して分からない。結局、人の気持ちなんてのはその人自身にしか分からないからな。でも、レベッカはもう少し楽に生きていいと思う。困ったときはまた俺に言ってくれればいい。それだけでも、気が晴れると思う……からな」



「……リリィー」



 すでに両目からは大量の涙が溢れていた。彼に自身の想いを見抜かれていたと言うより、自分の気持ちをなんとなくでも考えてくれた事が何より嬉しかったのだ。そして、昔のように、彼は変わらずこうして話してくれる。彼女は嬉しさと、そして自身の不甲斐なさに対してさらに涙が溢れてくる。



 リリィーに抱きつき、その顔を彼の胸に埋める。そして、彼はそれを受け入れる。



「……うわあああああああああああああああ」



 こうして、レベッカは人生で初めて誰かの目の前で泣いた。きっと、アメリアはこうなる事を予測していたのかもしれない。自分もまだまだだな、そう思いながらレベッカが泣き止むまでそっと彼女を抱きしめるのだった。



 


 § § §




「で、どうだったの?」


「聞いてただろ、レベッカ王女は色々と抱え込んでいたみたいだ」


「ふーん。ま、いいけどね」



 そう言いながら二人は地下にあるダリアの研究室へと向かう。



 リリィーがレベッカの部屋から出てくると、彼女は少しだけムッとした表情をしていた。だが、それに対してどうすればいいのか分からず、リリィーは淡々とダリアの部屋に行くという趣旨のことを言ってそのまま歩き始めた。



 もちろん、アメリアもレベッカには優しくしたいと思うも、女性としてのプライドもあるのか少しだけ葛藤していたのだ。




「………」


「あれ、どうしたの? いきなり立ち止まって」



 おかしい。肌が散りつくような感覚。まただ。第一質料プリママテリアが大量に漏れ出している。すぐさま、元素眼ディコーディングサイトを発動すると、彼はあの日の夜と同じような現象を目にする。



「アメリア、ダリアさんはさっきの会議にいたよな?」


「いたけど、もしかして……」


「何かおかしい、それにこれは……」



 その先の言葉は言わなかった。だが、仮に言っていたならばリリィーはこう発言していただろう



 これは、死の臭い……だと。




 ダリアの研究室に近づけば、近づくほど、臭いがきつくなっていく。アメリアもさすがに気がついたのか、黙ってリリィーの後ろについていく。


 大量の第一質料プリママテリアと、そして鉄の臭い。だがこれはただの鉄の臭いではない。これは……血の臭いだと二人は感じ取っていた。



 そして、恐る恐る扉を開けると……そこには先日と同様に見るに堪えない世界が広がっていた。



 すでに室内は至る所が血液で染められていた。真っ赤な鮮血。血液は時間が経つと赤黒く凝固することから、これはまだ時間があまり経過していないことが伺える。



「リリィー……あれは……」


「……ダリアさんで間違いない……な」



 その部屋の奥には、四肢を切断されたダリアがまるで何かの絵画のように壁に釘打ちされていた。そして、やはりその双眸は何かによって抉り取られた形跡があった。腹は綺麗に割かれており、そこから未だにズルズルと臓器が流れ出てきている。そして、臓器が地面に落ちるたびに……べちゃ、べちゃ、という音が室内に響き渡る。



「うッ……」



 その様子を見てアメリアが口を押さえる。


 一方のリリィーはどこかやり切れないように、そして虚空を見上げるように天を仰ぐのだった。





 ―――聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ 残り7名。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!