第46話 Acceleration



 しばらく時間が経つと、舞台上にレベッカが現れる。服装はそこまでの派手さはないが、気品のあるドレス。至る所にバラの小さな装飾がなされており、まるで王族であることを誇示するかのようだった。また、髪の毛もアップにまとめており、まだ15歳ながらもそこには確かな気品があった。



「本日はお集まり頂き、ありがとうございます」



 凛とした声がマイクを通じて室内に響いていく。そして、全員の視線が自分に集まったことを把握すると、レベッカはさらに話を続けていく。



「毎年行われる生誕祭ですが、こうして多くの方が来たくださって本当に嬉しく思います。私事ですが、今年から一年間という短い期間ですが、王立ファルベリカ錬魔術学院に編入させていただくことになりました。この国の繁栄を支えているのは錬魔術なのは言うまでもないでしょう。だからこそ、偶像の王族でもそれを学ぶ必要があると考えたのです。この国を支えるに重要な方々がこの場にいると思われますが、その方達にも理解して欲しいのです。錬魔術を使うとはどういうことなのかを。若輩者の言葉故、至らないところもあるかも知れませんが、私個人としましてはそのことを気に留めていただければ幸いです……」



 その後は、本日の生誕祭への感謝の言葉を述べてレベッカの挨拶は終了した。リリィーはそれを見て、やはり彼女はどこか異質だと感じた。周りの人間に合わせて拍手をしているが、彼は年に似合わないあの雰囲気に何か自分と同じものを感じていた。



 渇望と現状の乖離かいり。リリィーはすでに自身の気持ちにはある程度折り合いをつけている。しかし、それは天才という地位から離れたからこそ為し得たこと。あの戦争が終わってからも、能力を失わずに天才のままいたら自分は……と思う日が偶にあるからこそ分かってしまう。



 きっと、レベッカは王女という身分ではない……何かになりたいのかもしれない。人は常に何かに縛られているものである。それはレッテルという形で本人に重くのしかかることもある。リリィーは力を失うことで、そのレッテルから、自分の束縛から逃れることができた。もちろん、そこには多大な代償が伴ったが。


 しかし、レベッカはいつまで経っても変わることができない。彼女が唯一できたのは、王立ファルベリカ錬魔術学院に入学するということ。それだけは自分で選んだ道だった。その選択だけが彼女の心の支えになっていた。



 リリィーは壇上から降りていくレベッカの横顔を見て、彼女の心を忖度するも、何もできることはないと思い、そのまま今日の任務である護衛に集中するのだった。


 


 § § §




 レベッカの話が終わってからすぐのこと、室内は再び騒がしくなる。それぞれの組織の重役が国の今後について話し合ったり、色付ツヴェートの人間がそれに混ざったりなど様々なことが起きていた。そんな中、一人で隅に立っているリリィーの方に一人の女性が近づいてくる。



 真っ赤なドレスに、大胆に開いた胸元。谷間をこれでもかと強調する様は彼女の女性としての自信を表したものだろうか。15センチを超えるヒールからは床を踏む音が鳴り、長い黒髪を靡かせながら、徐々に近づいてくる。



「リリィー、久しぶりね」


「カミラさん……お久しぶりです」



 恭しく礼をするリリィーを見て、カミラと呼ばれた女性はニコリと微笑む。



 カミラ・ブラック。メリッサの従姉妹にあたる女性。現在のブラック家はメリッサの父が家督を継いでいるが、その弟の娘がカミラであった。年齢は30歳に近くなっており、それなりに歳を重ねている。だが、その美貌はまだ衰えることを知らない。


 そして、彼女は聖薔薇戦争に参加した軍属の色付ツヴェート。彼女は作戦を立案し、それを兵士に伝える役目を担っていた。その際によく通信していたのが、リリィーとカミラだった。二人の功績のおかげで被害はかなり抑えられたという。


 戦争が終わった後は全く連絡を取っていなかったが、ある程度彼女のことは知っている。そのため、彼女がこの場にいることに少しだけ意外だと思った。カミラはこのような場を苦手としているのをよく知っていたからだ。



「珍しいですね、カミラさんがこのような場に来るなんて」


「そうね、今日はどうしても出てくれと頼まれてね。それに家にも長く帰ってなかったから……メリッサのやつはどう?」



 右手に持っているワイングラスを口元に持っていき、真っ赤な液体を流し込むと、カミラはそう尋ねた。



「お世話になってます。それにしても、カミラさんは自分との関係をメリッサさんに話していないのですね」


「まぁね。と言っても、リリィーと私の関係なんて……話してもね……」


「嫌なことを思い出すだけ、ですか?」



 二人とも互いの顔を見ないで、壁を背にして並びあって立っている。騒がしい雰囲気の室内とは異なり、二人の間にはどこか哀愁のようなものが漂っていた。



「別にリリィーのことが嫌いとかそういうことじゃないの。でも、あの子は……クレイグのことが好きだったからね。まだ、話す気にはならないのよ」


「クレイグさんのことは気にしているようでしたよ。正直いうと、そのことについて聞かれましたが、この件はカミラさんが話すべきだと思い自分からは何も言いませんでした」


「相変わらず無駄に気が利くわね。私のことを助けようとは思わないの?」



 そして、カミラはじっとリリィーの顔を覗き込み、その双眸を見つめる。だが、逸らしはしない。逃げはしない。彼には彼の想いがあってそうしたのだから。



「これはあなたが立ち向かうべき事です。それこそ、仮に俺が言ったら怒るでしょう。あなたはそういう人だ」



 物怖じしない態度でそう答えると、カミラはどこか懐かしそうに微笑むのだった。



「そうね、よく分かってるじゃないの。でも、どこか逃げたい気持ちもあるの。あの子は、メリッサはまだクレイグの後を追いかけているような気がするしね」


「分かるんですか?」


「あなたのことを聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツに勧誘したのはあの子でしょ? 容易に想像がつくわ。メリッサは復讐がしたいのよ。そのためにあの組織を磐石のものにしようとしてる。簡単な話よ」


「そこまで分かっていて止めないのですか?」


「止めるねぇ……」



 一気にワインを飲み干すと、ワイングラスをテーブルに投げる。グラスはふわりとテーブルに触れる前に浮くと、そのままゆっくりとテーブルに着地する。


 簡単な錬魔術。それこそ、呼吸に等しいぐらい簡単なものだ。カミラはリリィーではなく、どこか遠くに焦点を当てると自分の胸の内を吐露する。



「結局ね、人間は自分の言うことにしか従えないのよ。あの子を止められるのはあの子だけ。私がとやかく言っても袖にされるだけよ。本当は近くにいて見守りたいんだけど、私は軍属であの子は聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ。なかなか、接する機会がなくてね。だから、リリィーにみてもらおうと思ってね」


「自分は別に彼女に何かする気はないですよ?」


「見るだけでいいのよ。それでたまにはこうして、私と話してちょうだい」



 リリィーは自分よりもひと回り年齢が上の人間と付き合う機会が多いため、こうした会話には慣れているつもりだった。しかし、カミラの少し弱気な面を初めてみて、人はやはり年を重ねただけでは強くなれないのだと感じる。



「カミラさんは……少し優しくなりましたね」


「何? 今までの私が優しくないとでも?」


「作戦は苛烈極まりないものばかりでしたよ」


「それはあなたの能力を考えてのことよ。それにあなたも少し変わったんじゃないの?」


「それは……そうかもしれません」


「……ふふ、そうよ」



 そう言って過去のことを思い出す二人。こうして冗談を言い合えるのも、あの戦争を生き残ったからこそである。



 そして、それから少しだけ雑談をすると、カミラはその場を去っていく。



「またね、リリィー。今度は飲みにでも行きましょ?」


「まだ未成年ですよ」


「あら? そういえばそうだったわね。まぁ、食事でもいいわ。また、会いましょ」


「えぇ。月並みですが、頑張ってください」


「……ありがと」



 手をひらひらとさせながら喧騒の中へと消えていく。リリィーは頑張ってくださいとは言ったが、具体的に何が、とは言及しなかった。それは彼女のことを想ってのことか。それとも、厄介な人間関係に踏み込みたくないと言う想いから出た言葉なのか。



 それは彼自身しか知る由はなかった。



 § § §



 カミラが去った後、リリィーの視線にはエステルの姿が入った。彼女も家の挨拶などで大変なのだろうか、そう思っていると何やら騒がしく声を荒げている女性が目に入った。



「ふん、エステルはまだまだ子どもね。その格好も無理してるんじゃないの??」



「すいません。叔母様……」



 エステルに噛み付いているのは、叔母のジェナ・ホワイトであるという事実を目の当たりにして、リリィーはまたかと内心思った。



 母の姉であるジェナは承認欲求が強く、さらには数年前に離婚したことでさらに気性が荒くなっていた。そして、彼女がよくストレス発散に怒鳴っているのは悲しくもエステルだった。


 年々綺麗になっていくエステルを見ると嫉妬心も湧いてきて、ジェナは自分が惨めになってくるのを感じていた。しかし、その現実を認めるわけにはいかない。だからこそ、よくこうしてエステルの容姿や人格を否定するような事を言ってくる。


 もちろん、止めるようにホワイト家から言われてはいるものの、決して止めることはない。なぜなら、その行動こそがジェナ・ホワイトのアイデンティティーになっていたからだ。



 そして、そんな彼女の苦手なものをリリィーは知っているからこそ強気に出るのだった。



「叔母様、うちの妹が何か粗相を致しましたか?」



 目尻と口角を上げ、にっこりと微笑む顔はとても愛嬌があった。しかし、リリィーの声と顔を見た瞬間、ジェナの顔が引きつる。そう、彼女の苦手なものとはリリィー・ホワイトその人なのである。



「いえ、ちょっとエステルと世間話をしていただけよ? ね、エステル?」


「……はい、叔母様」



 先ほど会った時とは打って変わって元気のないエステル。それを見たリリィーは激情に駆られはしないが、それなりに気分は悪くなる。



「そうでしたか。私からも言いつけておきますので、妹にはご容赦ください。なにぶん、まだ学生ですので……ね」


「そ、そうね。まだ学生なら大目に見て上げてもいいわ。それにしても、リリィーは聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツに入団したのね? 力は戻ったのかしら??」



 ニヤリとした顔でそう言ってくるジェナはどこか満足気だった。自分には届きもしない天才中の天才であった。リリィー・ホワイト。力を失ったのは同情したが、今はそれよりも自分のストレス発散を邪魔した彼に少しでも仕返しをしてやりたかった。その思いから発した言葉だが、彼はそれ対して難なく返答する。



「いえ、力はまだ。しかし、私は対物質アンチマテリアルコードが使えますので、そこまで不自由というわけではありません。足りない部分は仲間と補っていこうと考えています」


「そ、そうなの。まぁ、それなら頑張ったらいいわ。それじゃあ、私はこれで失礼するわね」



 そう言って、その場から颯爽と去っていく。


 彼女は正直、錬魔術が得意ではないし、知識も乏しい。力を失ったとはいえ、かつての天才と渡り合えるほどの知性などもありはしない。



 リリィーは少し不憫な事をしただろうか、と思うも後悔はなかった。それは大切な妹を守ることができたからだ。



「ごめんな、エステル。気づくのが遅れて」


「いや……兄さんは仕事中でしょ? 私なんて放っておいてもいいのに……」



 言葉ではそういうも、彼女の表情は助けてくれた兄への感謝と申し訳なさを如実に物語っていた。



「妹を守るのも兄の仕事だ。それに、何を言われてもエステルは可愛くて魅力的な女性に変わりはないよ。月並みだが、叔母さんの言葉なんて気にするな。きっと、年々可愛くなるお前に嫉妬してるんだ」



「兄さん、それはちょっと言い過ぎじゃないの?」


「はは、そうかもな」



 頭をそっと撫でると、エステルはそれを嬉しそうに受け入れる。



 仲睦まじい兄妹のやりとり。リリィーはこの瞬間を、この国を、そして家族や大切な人を守れるのなら自分はどんな犠牲も払おうと思った。自分は天才だった。その力はまだ確かに自分の中に残っている。ならば、その力を他者のために使おう。決して、自己の欲求を満たすためでなく、利他の精神で生きようとそう思い込んでいた。



 だが、彼は知ることになる。自分を犠牲にした先には虚しい未来にたどり着くことさえ在りうるのだと。そして、利他の精神はいつしか自分の身をも滅ぼし得るのだと。



 そして、状況はこの水面下で確実に加速していくのであった。

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