第41話 A murder case 1


 第1区、王宮区。そこは、完全な警備が敷かれている最も安全と言われている区画。在中の警備隊に軍の宿舎や演習場もある。ここで何か事件が起きることはほとんどない。一年のうちに一件、二件あれば多い方とされている。


 しかし、今日は妙に静けさのある不気味な夜だった。もちろん、王宮区が他の区画と比較して静かなのは間違いない。ここにはこの国に必要な必要最低限なものしかないからだ。娯楽施設はあるにはあるが、それも深夜まで営業しているものはない。


 夜風が吹くと、木々がざわめき始める。月の光に照らし出された木々はどこか艶やかにも見える。一方で、その優艶な雰囲気は何か嫌な予感を感じさせる……そんな夜だった。




 § § §



「はぁ……やっと終わりか」


  

 警備隊に所属している男性は一息つく。左手にしている腕時計を見ると、時刻は23時を回っていた。そして、彼の警備隊の制服の右胸には銀の薔薇の刺繍とともに、ダリル・カークという名前が刻まれていた。


 ダリルは警備隊の本部に戻り、本日の仕事が終了したことを報告に向かおうとしていた。



 だが、今日はなぜか妙に月が綺麗に見えた。深夜で街灯も少ない場所だというのに、昼間ほどとはいかないがとても明るかった。心地よい夜風が彼に当たる。



「妙に……月が綺麗だな。一服していくか……」



 こんな夜も悪くないと思い、彼は懐から葉巻を一本出すと高速錬成クイックで炎を生み出し、火を付ける。


 警備隊の人間は3級錬魔師以上の実力が必要とされている。軍とは異なり、この国の治安を維持するための組織。軍属のものに匹敵する、またはそれ以上の錬魔師としての実力が必要なのは自明だった。この王国は、国内ならば犯罪率は決して高くはない。しかし、錬魔術を使用した犯罪はなくなることはない。ファルベリカ王国民はすべての人が錬魔術を使えるとは限らないからだ。だからこそ、何の力を持たない一般の人に危害を加えるものは少なからずいるのだ。


 座って葉巻を吸いながら月を眺めているダリルがなぜ警備隊に所属しているのか。それは過去に彼の母と父が錬魔師によって殺害されたからだ。彼とその妹はちょうどその日の夜は家にいなかった。その時に彼の家に錬魔師が金銭目的で強盗を行い、一般人である彼の両親を殺害。


 その出来事を経て、彼は軍属ではなく警備隊への所属を希望した。当時の悲惨な出来事を乗り越え、妹を養っていくために彼は努力を重ねた。聖薔薇戦争にも軍属ではないが、その実力から特殊部隊に選抜され、そしてあの戦場を生き残った。彼は数少ない、天才であったリリィーを知る錬魔師である。あの戦場をリリィーとともに駆け巡った日々は未だに覚えている。


 リリィーがいなければ、彼はここにはいないだろう。そう思っているほどに彼はリリィーに恩義を感じている。最近はリリィーが飛び級して学院に入学したことも聞いた。もちろん、それは彼ではなく妹であるマリーに聞いて知った情報だ。



「ねぇ、お兄ちゃん。リリィー・ホワイトって知ってるでしょ?」


「あぁ……あいつは俺の恩人だ」


「それがさ、うちの学年に飛び級してきたんだよ。もうびっくりしちゃったよ」


「リリィーが? ということはお前と同じ3年か」


「そ。どうして今更きたんだろうね〜」



 そう言って、マリーが食事をしながら話題にしてきたのは最近の出来事である。ダリルは聖薔薇戦争が終わってからリリィーとは懇意にはしていない。忙しいというのもあったが、力を失った彼に何を言えばいいのか分からなかったのだ。しかし、リリィーは進み始めた。それを聞いて、ダリルは少し微笑む。



「あいつらしいな……マリー、リリィーとは仲良くしてやってくれ」


「えー、だって周りには色付ツヴェートにレッベカ王女だよ? 私には荷が重いよ」



 左右の高い位置に結っている髪をいじりながらそんなことを言うも、嫌そうにはしていなかった。マリーは兄であるダリルにリリィーの話を多少なりとも聞いていた。だからこそ、少しは好感があったのだ。しかし、急に話しかけるのも気が引ける。彼女は何かきっかけがあれば、と思っていたのだが……ダリルのいうことならば仕方ないと思い嫌々ながらもそれを引き受けるのだった。



「まぁ、今度ちょっと話して見るよ。お兄ちゃんの話ばかりになりそうだけど」


「頼む。俺もそのうちあいつと話してみたいからな」




 そして、その話から数日経過。彼は妹からある情報を聞き入れる。



「ねぇ、リリィー・ホワイトが決闘するんだって」


「は? 誰と? というか、今のあいつは対物質アンチマテリアルコードしか使えないはずだが……」


「アルバート・アリウムだって。あの色付ツヴェートのアリウム家だよ。なんか学園では大騒ぎになってるよ」


「……決闘の日はいつなんだ?」


「今週の日曜日だよ? なに、もしかしてくるの?」



 マリーはもともと決闘は観戦するつもりだった。だが、兄も来るかもしれないと思って少しだけ声が明るくなる。



「あぁ、行ってみようかな。学院も久しく行ってないからな。日曜日は休みでちょうどいい」



「やった! じゃあ、一緒に行こうね!」


「あぁ、わかったよ」




 二人暮らしのワンルームはそれから少しばかり賑やかになるのだった。

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