第37話 The study of code


「さ、汚いところだけど座って」



 握手を求めた後、ダリアは颯爽と机の上のものを片付ける。しかし、それは片付けるというよりもただ物を別のところに乱雑に移動させて、無理やりスペースを作っているだけであった。



 それを見かねたアメリアはすぐにその作業を手伝う。



「はぁ……まぁ何時ものことだからいいけど……リリィーも手伝って」


「あぁ、了解した」



 こうして3人で片付けるとあっという間に研究室内は整った場所になる。



「それにしても、本当に連れてくるなんて……アメリアの妄言は本当だったのね」


「ちょ、妄言とかやめてくださいよ。私たちは幼馴染だもんねー。ねぇ……リリィー?」


「あ……あぁ。そうだな……」



 なぜかアメリアの視線が厳しく、つい吃ってしまうがなんとか肯定する。別に本当のことだからそこまでに露骨な肯定を求めなくても、と思うも彼女には何かしら考えがあるのだろうと思いその事は心にしまっておいた。


 一方のダリアはそんなことはどうでも良いようですぐに自分の話を続ける。



「ふーん。あ、そういえば昨日話しかけようと思ってたのよ。でもさー、アリスのやつが先に手出してたからさー、大人の私は遠慮しようと思ってさー」



「ご配慮ありがとうございます。それで、私に何か伺いたいことが?」



 その言葉を聞いた瞬間、ダリアの目がまるでキラッと輝いたように光り、顔をガバッとリリィーの方へと向ける。まるで幼い子どもが好奇心を抱いた時にするような様子を見て、リリィーはダリアの人間性というものをある程度把握する。



「あなた、コードについてはどう思ってる?? あ、アメリアはそこにいる新しい猫ちゃんと遊んでて」


「……まぁ、良いですけど。どうせ私には研究者の話はわからないし」



 そう言って立ち上がると、とぼとぼとケージのある隅へと移動していく。そして、アメリアはケージを開けるとそのまま小さな子猫を抱きかかえる。


「ほーら、猫じゃらしですよ〜」


 彼女は高速錬成クイックで猫じゃらしを錬成すると、少し拗ねたかのように猫の相手をするのだった。



 その様子をちらっと見たリリィーは内心で彼女に謝りつつ、ダリアの質問に答える。


「コードですか……物質マテリアルコードと対物質アンチマテリアルコードとありますが、おそらくダリアさんが聞きたいのはコード理論の中でもプロセス(処理)の過程のお話じゃないですか?」


 ダリアはそれを聞いて眉を大げさに上げると、そのままニヤリと微笑む。


「! 流石ね、リリィー・ホワイト。私の単純な質問からそこに辿り着くなんて。ということは、私の今の研究テーマも把握しているのでしょ?」


「コード理論は、コード化、コード解読、処理、具現化と4つのプロセスに別れていますがその中でも異質なのは処理、つまりはプロセシング。普通に考えれば、人のイメージをそのまま具現化するなんてのは異常だ。でも、それを可能にしているのは錬魔師の脳とこの世界にある第一質料プリママテリア。でも、未だに謎なのが処理の過程。人はどのように処理を加えることで自由自在に心的イメージを具現化しているのか。最近のダリアさんの論文の傾向からいえば……おそらく、クオリアをテーマとしているのではないですか??」


「………恐れ入ったわね。流石、対物質アンチマテリアルコードを発見した天才ね」


「いえ……自分はそんな大層な人物ではないですよ」



 彼が純然たる研究者だったならば、ダリアの賞賛を素直に受け取っていただろう。しかし、今は物質マテリアルコードが使えず何も錬成できない。彼は研究者であるよりも、創造者でありたかったのだ。


 もちろん、そんな個人的な考えは口にはしない。それを察したのか、ダリアは彼の言葉をあえて無視してコードの話に入る。



「ねぇ、思うのだけれど……フリージア・ローゼンクロイツはわざと謎を残していったんじゃない?」


「わざと、ですか」



 突飛な発想に一瞬なんのことか、と思うもそう言えば思い当たる節があるとリリィーは考える。



「確かに、自分が対物質アンチマテリアルコードを発見したのは偶然ですが……フリージア・ローゼンクロイツがそれを見逃しているとは考え難いですね」


「でしょ? あなたの有能さを疑うわけじゃないけれど、コードのことを研究すればするほど、あの異常性が理解できてしまう。コードなんてものを発見し、それを体系化。資質のあるものは例外なくその理論さえ知ってしまえば、錬魔術を最低限は使えてしまう。でも、本当に対物質アンチマテリアルコードもクオリアも気がつかなかったのかしら」


「今まで疑問に思いませんでしたが、確かに不可解だ。彼はコード理論を発表してから20年は生きている。その中で気がつかないなんてことは……もしかしたら、彼は危惧したのかもしれません」


「優生思想のこと?」


「理解が早くて助かります。これ以上、錬魔術を突き詰めると優生思想に傾いてしまう。優秀な錬魔師とそうでない錬魔師だけでなく、錬魔師とそれ以外に格差が生まれ、劣勢を淘汰しようという考えが加速する。それを彼は早い段階で分かったのではないでしょうか」


「そうね……」




 二人で今のことを少し黙って考える。



 リリィーは自分のことを天才だと自覚している。しかし、それはコードに対する適性のことを言っているのであってそれ以外は努力しなければ並みだと思っている。そんな彼だからこそ、気がつかなかった。


 錬魔術を体系化した本物の天才の……その異常性というものを。

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