第17話 劣等感

 

 暴発があった翌日、さらにリリィーを見る目が冷たくなる。今まではウィザードの名はあまり聞かなかったのだが、錬魔術がはっきりと使えないことが分かるとその名はあっという間に学院に広がってしまうのだった。



「おい、見ろよ」


「ウィザードか。やっぱ噂は本当だったんだな」



 学院に着くやいなや、彼はすぐにその声を耳にする。しかし、相手に何か言うこのできる立場ではないことを彼はよく理解していた。かつては天才の名を欲しいままにしていた。だが、今やその名は蔑称となり重く深く突き刺さる。あの時の栄光を知っていなければ、あの錬魔術を自由自在に扱える感覚を知らなければ、今のような惨めな気持ちにはなっていないだろう。



 だが、そんな仮定は無意味だと悟る。事実として自分は強大な力を失い、ただの平均以下どころか最底辺の錬魔師に成り下がってしまった。これからどうすればいいのか、何をなしていけばいいのか。むしろ、錬魔師をやめて普通の市井しせいの人間として生きていくべきなのか。入学数日にして彼は人生の岐路に立たされていた。




 § § §



「ホワイトくん、ちょっとお時間ある?」



 放課後になると、生徒会長であるメリッサ・ブラックが突然やってくる。彼女もまた、飛び級の生徒なのだがリリィーたちとは違い一学年だけの飛び級。


 本当は大学への入学も可能なほどに彼女は優秀なのだが、本人の強い希望もあって今年は飛び級せず高等部の3年生へそのまま進学したのだった。



 また、彼女はその容姿からもこの学院では有名人である。噂ではファンクラブまで存在すると言われているほどだ。そんな彼女がリリィーの元を訪れる。それだけで、この教室は少しざわついていた。だが、そんなことで今更動じる二人ではない。リリィーだけでなく、メリッサもまた視線には慣れているのだ。



「……メリッサさん。いえ、会長。時間はありますが、急用ですか?」


 リリィーはあまり親しくしている様子を見せるのは良くないと考え、会長と公的な立場の名を呼ぶ。そして、少し訝しげな目でそう言うも、メリッサは全く動じずに話を続ける。



「急用ってほどじゃないけど、話したいことがあるの。生徒会室に来てくれない??」



「生徒会ですか? 分かりました」



 リリィーはこんな自分に何のようだと彼女に問い詰めたかった。しかし、このように他の人間が多い場所でそんなことを言うのは気が引けるため生徒会室はちょうどいいと思い、彼女の後をついていくのだった。




「それにしても、ホワイトくんは私よりも人気者みたいね」



 二人で並んで歩いてると、すれ違う生徒全てが振り返ってくるのを感じる。間違いなくスキャンダルとはいかなくても、大きな噂になっている。リリィーはそう思うも、メリッサは本当に何の気にも止めていにようで普通にそのことを話題にしてくる。



「……それは、まぁ昨日の今日ですしね」


「まぁ、野次馬たちなんて放っておけばいいわ。色付ツヴェートの苦労は、あなたほどではないけれど少しはわかるから」


「……そうですね」



 歯切れの悪い返事をして、彼は歩きながら窓の外を見る。夕方特有の黄昏の光が室内に入り込み、それが彼を照らす。その光景を見ながら彼はまた過去のことを思い出しているのだった。



 § § §



 生徒会室に入ると、そこは思ったよりも小さな場所だった。室内には大きな長机ひとつと椅子が4つ。会長の席のようなものが奥に一つと至ってシンプルだった。また、机にはいくつかの書類が乱雑に広がっていた。



「あまり掃除をしていないものだから、散らかっていてごめんなさいね」


「いえ、気にしないでください」



 リリィーがそう言うと、メリッサはにっこりと微笑み奥の方へと移動していく。


「じゃあ、そこにかけてもらえるかしら?」


「分かりました」



 彼女は奥にある戸棚からカップを取り出すと、コーヒーを作り始める。もちろん、豆から挽くなどと言うことはせずにインスタントのもである。


「お砂糖とミルクは必要?」


「いえ、そのままで大丈夫です」


「そう。なら良かった」



 レベッカは二つのカップをテーブルに置くと、リリィーの向かい側に座り早速本題に入る。



「単刀直入に言うけれど、生徒会に入ってみる気はない??」


「自分が……ですか??」


「そう。リリィーホワイトくん、あなたに言ってるの」



 普段は感情を顔に出さないように努めているのだが、今回の突拍子のない提案には流石の彼も動揺が表に出てしまう。


 一方の、レベッカはそんなことは全く気にせずに先ほどのようににっこりと微笑む。



「確かに言いたいことはあると思うわ。あなたは飛び級で入学して高校3年。任期は残り半年しかないわ。そんな短い期間で何の意味があるのかって思ってるでしょ?」



「それは……というか、そこまで分かっているなら……!!」



 少し感情的に発言してしまうも、メリッサはそれを無視して会話を続ける。



「そして、何より……使でしょ?」



 自覚していた。錬魔術が使用できないことなど、2年前から経験していることだ。しかし、彼女の声には何か重みがあった。まるで自分を責めるように。それを言い訳にするなと言っているかのように。メリッサの優しい声色が彼の心に突き刺さっていく。



 しかし、そう思うもどうしようもないのだ。この2年間、死ぬ気で努力した。あの戦争を経験し、戦友を失い、そして錬魔術さえも失った。だが、だからこそやるべきことがあると思った。ここでのんびり生活を送るのは確かに良いことだろう。でも、それでも仲間たちの想いを引き継いでいる自分にはこの国を守る義務があるのだと思い続け、何とか心を精神を保っていた。あの戦争はまだ終わっていないのだから。



 この学院に入ったのは最期の手段、藁にもすがる想いだった。しかし、現実はそう上手くいかない。彼は度重なる誹謗中傷、そして失敗を経験。もう諦めるべきなのかと思い始めていた。そんな矢先にメリッサの提案。彼はそれは決して受け入れることはできない、役に立てることなど何もないのだと内心では考えていた。



「そう……です。俺はあの戦争を経て錬魔術が使えなくなりました。そして、昨日は暴発させました。俺には、俺にはもう……!! 何も残っていないッ!!!」



 初めて出す感情。これが家族やアメリアの前だったら決してこの様々な感情が混ざり合った葛藤を表に出すことはなかっただろう。しかし、最近知り合ったばかりの人間にそんなことを言われる筋合いはない。俺を分かった気になるな、という思いから彼はこの2年間で初めて人の前で感情的になる。



 メリッサはそんな彼を黙って見定めるように見つめていた。

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