第16話 枯れた錬魔師


「……ィー! ……リィー! リリィー!!! 聞こえてる!?」



 ふと、脳内にアメリアの声が響く。どうやら過去に浸りすぎたようだと思い、彼は意識を現実に戻す。



「……あぁ。で、何か用か??」


「何か用か? じゃないわよ! 今日は実践授業でしょ! 任意参加だけど、リリィーも行くなら早く行くわよ!」


「……もうそんな時間か」


「レベッカは先に行ったから、私たちも行きましょ」



 そう行ってスタスタと歩いて行く彼女の背中を見て、リリィーは少しだけ再びレイラのことを思い出すのだった。




 錬魔術の実践授業は少人数制で行われている。というのも、錬魔術の使用はそれなりの危険が伴うからだ。コード理論の使用を誤れば暴発する恐れもある上に、周囲に危害が及ぶ可能性もある。だからこそ、教員一人が5〜10人を担当するというシステムが採用されている。



 そして、やってきたのは第一演習場。以前、3人でやってきてレベッカの錬魔術を練習した場所であった。



 現在この場にいるのは、リリィー、アメリアー、レベッカ、もう一人の飛び級してきた生徒のアルバート・アリウムである。



 昨日まではリリィーは実践の授業に参加する気は全くなかった。しかし、アメリアの説得と今朝の夢を見てもう一度だけ向き合ってみようと思ったのだ。自分には、生き残った自分には、まだやることがある気がする。彼はその想いを胸に授業に臨む。




「よーし、来たな飛び級諸君。今日は私、ヘレナ・グラントが担当する。今日は液体と固体の錬成をしてもらう。その中でも一番基礎的な水と氷だな。この二つは日常生活ひいては実戦でもかなり有効な武器になる。それでは、水を錬成した後に氷に物資変化マテリアルシフトさせろ」



「「「「はい」」」」



 4人は口を揃えて返事をし、それぞれ錬魔術の行使に入る。



「まずは液体……それから固体に変換する……大丈夫、大丈夫……」



 レベッカが一人でブツブツといっている間に、アメリアとアルバートはすでにその工程を終えていた。二人の目の前には水が現れたと思ったら、次に瞬間にはすでに氷になっていた。アルバートに至っては渦を巻くように氷が錬成されていた。



 アリウム家は色付ツヴェートの中でも水と氷といった液体と固体の錬成を得意としている。そのため、その実力はすでに学内でも屈指だった。




「やあああ!!!」



 レベッカもすでに液体を錬成していた。そして錬成陣から出現した水をすぐにコード理論を使用して固体の情報を加えて具現化し直す。この一度錬成した物質を別の物質に変化させることを物資変化マテリアルシフトというのだが、これはそれなりの技術がなければ容易に失敗してしまう。


 だが、レベッカはそれをなんとか成功させる。



「やった!! できた!!」



 形はアメリアやアルバートとは異なり、いびつでそこまで技量が高いものには見えない。しかし、飛び級という前提を踏まえなければ彼女の技量は十分であった。



「よし、3人はやはり一定ラインは超えているな。特にローズとアリウムはすでに学生の域を超えているな……それで、ホワイトはどうだ?」



「……っくッ!!!!」



 錬成陣は構築されている。コード理論も適応されている。コードは具現化の過程まで至っている。しかし、相変わらず錬成陣はくるくると回転するばかりだった。



 アルバートはそんな彼を見て複雑そうな表情をしていた。他の、野次馬根性で見下している輩とは異なる視線。憎悪はもちろんだが、何か物足りないような、失望するような視線を向けていた。




(俺は……いつまで足掻けばいいんだッ!!! 休戦協定が結ばれて2年も経ったというのにッ!!! いつまでも休んでいるわけにはいかないッ!!! 俺はッ……あいつらのためにもッ!!! 今ここで超えてみせるッ!!!)



 想いを込めてさらにコードの出力を上げて行く。回転数は徐々に上がっていき、白い光がそれに伴い大きくなる。突き出した右腕もまた発光していく。



(あの時の感覚だッ!!! このまま身を任せれば俺は……俺はあの日に戻れるのかもしれないッ!!!)



 コードは確かに彼のイメージを描き出し、現実世界に物質マテリアルを生み出そうとしていた。



 しかし、現実は無情だ。どれだけ想っても錬魔術にはなんの影響も及ぼさない。根性論、精神論、そんなものは通用しない。必要なのは論理。たとえ、どれだけやる気がなくとも、想いがなくとも、コード理論を使用すれば錬魔術は発動するのだ。


 もちろん、そんなことはリリィーは知っている。それでも、理屈では割り切れない感情がある。だからこそ、自分を奮い立たせるために過去を想起し、想いを込めながら錬魔術を使用するが……それはただの暴走でしかなかった。





「ホワイトッ!!! 発動を止めろ!!!」


「リリィー! それ以上はやめなさいッ!!!」



 教師であるレイラとアメリアがすぐに異変に気がつきそういうも、時はすでに遅かった。



 瞬間、右腕が弾ける。



 表面の皮膚という皮膚が剥がれ、そのまま大量の血液が周囲に飛び散る。彼の右半身にもべっとりと自分の血が付着する。また真っ白なセミロングの髪も、まるでペンキをかぶったように灼けるような赤色で染まっていた。



「……うぐッ!!」



 リリィーは痛みで声を漏らし、そのまま後方へと飛ばされる。暴走したことにより砕け散った錬成陣がそのまま虚空に消えていく。それはまるで彼の想いを嘲笑うかのような光景。あれだけの想いがどこかにバラバラに砕け散っていくような感覚。


 死んでいった戦友に顔向けできない。自分はどうすればいいのだ。どうしたら……


 微かにそのようなことを考えながら、彼はなんとか意識を保っていた。



「リリィー!!!!」



 すぐさま駆け寄るのはアメリアだった。旧知の仲だからこそ、彼女はすぐにその異変に気がついたのだ。しかし、止めることはできなかった。もしかしたら、という期待が彼女にもあった。あの日憧れた、自分の英雄が戻ってくるかもしれないという予感が脳裏によぎってしまったのだ。



「すまない……アメリア……」


「……どうして、あんたが謝るのよ……」



 彼女はそのままリリィーの治療を始める。


 教師であるレイラはすぐに救護班を呼び、レベッカも心配そうにリリィーに寄り添って行く。そんな中、リリィーは朦朧とした意識の中でアルバート・アリウムがこちらをじっと見つめているのに気がつく。


 顔を歪めて何かを吐き捨てるようにいって彼はそのまま去って行く。結局、彼が何をいったのかリリィーには分からなかった。



 そして、今日のリリィーの錬魔術の暴発は一気に学院内に広まっていった。そして、不名誉な枯れた錬魔師ウィザードという蔑称は完全に定着してしまうのだった。


 天才は無様な姿を晒しながら、どこまでも堕ちてゆく。

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