第32話 Curse

 

聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツの成り立ちは知っているわよね?」


「100年前にフリージア・ローゼンクロイツが設立した組織。そして、そこには国内最高峰の錬魔師が採用される。この程度ですね、私が持っている情報は」


「なるほどねぇ……」



 アリスは何やら意味ありげにそう呟く。


「……やっぱりこの呪縛カースはかなりのものみたいね」


呪縛カース……?」


 呪縛カース。それは過去に呪いと言われていた現象である。昔の呪いというものは解呪方法が不明だった。というのも、魔法や魔術というものは奇跡の技であり人が介入する余地がないと思われていたからだ。しかし、錬魔術の体系化によりその理論は暴かれた。呪縛カースには特殊なコード使用されている。分類上は物質マテリアルコードだが、生み出されるのは呪いという現象。人間の脳(主に前頭葉)に介入し、相手の行動、言動などを制限することが可能になる。


 アリスが言った呪縛カースとはそれで間違いないだろうとリリィーは考える。だが、腑に落ちない。なぜ今ここでその話題が出るのだろうか。そして、彼はたどり着く。彼女が言ったこと、そしてその裏に何があるのかを。



「まさか……」


「そのまさかよ。聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツは例外なく全員が呪縛カースにかかっているのよ。それと王族もね……」


「情報統制が出来過ぎとは思っていましたが、まさか……そんなことが」


「鏡よ。これを使って右胸……見てみなさい」


 アリスは小さなポーチから手鏡を取り出してそれを手渡す。リリィーは黙ってそれを受け取り、自分の胸元をはだけさせる。


 そして、そこには真っ赤な薔薇の紋章が刻まれていた。さらにその薔薇を囲むように荊が絡みついているようなデザイン。


「これが、呪縛カースですか……これの効果は?」


「効果は聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ、及びに王族の情報を漏らせないこと。さらにはこの国の国益を損ねることはできないこと。ちなみに、この薔薇が刻まれている者同士での情報のやり取りは可能よ。まぁ、抜け道がないことはないけど、オススメはしないわね」


「そんな効果が……この呪縛カースを創った人はわかっているのですか?」


 アリスはすっかり冷めきったコーヒーを相変わらず美味しそうに口につける。そして、少しの間があった後にその問いに答える。



「フリージア・ローゼンクロイツよ。だからこそ、未だに誰も解呪できないし、しようとも思わないわね」


「なるほど。待てよ……これが発動したのはまさか……」


「そう、あの部屋。聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツが集まるあの場所こそが、呪縛の根源。入った瞬間に呪われるの。だからこそ、厳重に守られているのよ」



 リリィーは先ほどの部屋を思い出す。確かにあそこに至るまでには、確か……7つの扉をくぐってきた。王宮の地下にあるあの部屋。聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツだからこそ、厳重にしていると思ったのだが、まさかそれが呪縛カースのためだとは夢にも思わなかった。



「それでだけど……これのことを踏まえると……おかしいのよ」


 トントンと自分の右胸を叩きながらそう話すアリス。もちろん、何がおかしいのかリリィーには察しがついていた。


「裏切り者が現れるわけがないと」


「そう。この呪縛カースのことを考えれば、裏切りなんて出来ない。つまりは私たちの中にこれを解呪したやつがいるってことね」


「現在の団員で研究者の方はいるのですか?」


「二人いるわ。でも、専攻は二人とも呪縛カース関連ではないの。だからこそ、私たちは窮地に追いやられている……」


「なるほど……」



 フリージア・ローゼンクロイツが作った呪縛カースを解呪するほどの技量。それは確かに聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツの者しかなし得ないだろう。その相手の技量を考えると、その中でも頭一つ抜けているのは事実。だからこそ、あのような挑発まがいの行為もしてきたと考えると合点がいく。



「ま、呪縛カースの件はついでよ。私が一番気になっているのは……あなたの中身よ」


 唐突に話題が切り替わる。そして、それと同時にアリスの雰囲気も変化する。何かを呑み込むような暗黒が襲ってくるような感覚。実戦でしか味わえない独特の空気。だが、彼がそれに臆することはない。真正面から彼女に向き合うのだった。



「アリスさん、あなたも持っているんですね」


「どうやら私たちの特異能力エクストラは似ているみたいね」



 特異能力エクストラ。リリィーが所持しているのは、元素眼ディコーデングサイト。それは目に見えない第一質料プリママテリアを視界に映す能力。そして、アリスも同様のものを持っている。だからこそ、彼の違和感に気がついたのだ。


 

 錬魔師は例外なく体内に幾らかの第一質料プリママテリアを保有している。そのため、外気に存在するものを利用することなく錬魔術を使用することも可能。その保有量が大きいほど戦闘では戦いやすくなる。だが、元素眼ディコーデングサイトは保有量まで視ることはできない。それは大気に存在するものを視覚に映す能力しかない。つまり、アリスは知覚という点では同じ能力だが、その本質は違うのだとリリィーは理解する。



 第一質料プリママテリアを知覚する特異能力エクストラを持っている者は本当に稀である。そして、彼女はその一人。国内でも有数の聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツにはどんな人物がいるのかと思っていたが、自分以外に知覚系の特異能力エクストラを持っている人がいるとはあまり考えていなかった。



 しかし、焦りは出さない。戸惑いもしない。それがどうしたのですか、と言わんばかりの態度でリリィーは会話を続ける。



「単刀直入に言うわ……あなた力を失っていると言うのは……嘘でしょう??」

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