第31話 What's the matter?

 


「……では、失礼します」


 そう言ってリリィーは恐る恐る彼女の対面の席に腰掛ける。座ると同時にギギギという木が軋む音が室内に響く。



「あぁ、それは気にしなくていいわ。ここの部屋のものはちょっと古いの」



 アリスがそう言うのでリリィーは気にせずにそのまま深く腰掛ける。そして、そうこうしていると先ほどのマスターと思われる人物が室内にトレイに載せたコーヒーを運んでくる。



「お待たせ。それじゃあ二人ともごゆっくり」



 マスターはそれだけ言って室内から出ていく。そして、机に置かれたコーヒーからは芳しい香りがする。おそらく、インスタントではなく豆から挽いて作ったのだろう。リリィーはそう考えると、軽く口をつける。



「……美味しいですね……驚きました」


「でしょ? 彼が入れるコーヒーは絶品なの」



 自分がほめられたかのように嬉しがる彼女の様子はとても微笑ましいものだった。しかし、それも束の間。アリスも軽く口をつけるとさっそく本題に入る。



「では、さっそく本題に入りましょうか。あ、その前に……」



 右手の人差し指で錬成陣を描くと、そのまま錬魔術を発動。すると室内には何かが膜のように覆っていくのが感じられた。



「……防音ですか?」


「そうね。だって私たちの話は聞かれたらまずいでしょ?」


「それもそうですね。お手数おかけします」


 アリスはその言葉ににこりと微笑むと、なぜかどこか遠くを見据えるような目をしながら話し始める。



「あなたにとって、錬魔術って何……?」


「私にとって……ですか……」



 悩む。生まれてきてそんな問いは考えたこともなかった。彼は生まれた瞬間から錬魔術がすぐそばにあった。第一質料プリママテリアを知覚するようになり、それを元に物質を錬成することはもはや日常だった。生きがいといっても過言ではないほどにのめり込んできた。しかし、自分にとって何なのか、と問われると答えが出ない。そもそもその問いに答えはいるのだろうか。だが、問われている以上は何かしらの回答が必要だと思い何とか思考するも、何も出てこない。


 リリィーにとってこの質問は、


「あなたにとって、呼吸って何……?」と問われているのと同様の質問であった。だからこそ、何も言えなくなる。


 敢えて言うなら、国を守るための道具……といったところだろうか。しかしそれは婉曲的に殺人に最も適している手段だと言っているのと同義。そのことには流石の彼も葛藤してしまう。



 そして、アリスは何の返答もないのを察するとさらに会話を続けていく。



「そう。なら私の話をしようかしらね。私にとって錬魔術とは創造の手段よ」



 ハッキリと自分の意志を示す彼女の姿はいくら幼い容姿をしてるとは言え、精神はやはり成熟している大人そのものであった。



「私が生み出すものは作品。そこらへんの唯の有象無象共の錬成とは一線を画すのよ? 私にとって錬魔術とは芸術作品を生み出す一つの手段なの。芸術とは自分で生み出すもの。その媒体の中にたまたま錬魔術が含まれているってとこかしらね。錬魔術はいいわ。だって、型紙パターンを引かなくても裁縫をしなくても作品を生み出せるのだから。と言っても、デザイン的に言えば錬魔術は永続できないからイメージの確認程度なのだけどね」




 それを聞いて唖然とする。聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツに所属しているものは例外なく、この国のために錬魔術を使用しているのだと思っていた。だが、アリスは自分の目的が先行していた。国のためというよりも、自分のデザインのために錬魔術を使用している。



 リリィーはあの戦争を経験して、生き残ったからこそやるべきことがあると思い此処まで来た。聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツに来たのも、やるべきことがあるからだと思っていたからだ。この国のために、自分は責任ある立場であると思っていた。



 そして、それは聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ全員の共通認識だと思い込んでいたのだ。




「その顔は……意外だって顔してるわね?」



 内心を指摘され、さらにそれが当たっているのでリリィーはそのまま素直に答える。



「そう……ですね。聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツの皆さんは国のために尽くすと言う想いが第一にあるのだと思っていました」



「まぁ、そう思っている奴もいるけど……純粋に力があるから入っている奴もいるわね。それと……別の目的がある奴も……ね」


「含みがありますね。それは裏切り者の件と関係しているのですか?」


「その件は後ですぐに話すわ。今はあなたの意見を聞きたいの。リリィー・ホワイト……あなたにとって錬魔術とは何……?」



 迷い。葛藤。ハッキリいって彼にとって錬魔術とは国防の手段だ。今はその力を失ってしまったが、出来ることはある。さらに、戦争の悲惨さも知っている。だからこそ、逃げてはいけない。守るために今持てる力を振るわなくてはいけない。それが今の彼にとっての全てだった。



「私にとって錬魔術とは……この王国を守るためのものです。力があるものにはそれ相応の責任があると思っています。そして、その責任を果たすために私は……錬魔術をこれからも使い続けます」



 その言葉を聞いて何かを見定めるように、舐め回すようにじっくりと見つめるアリス。そして、彼女は1分後くらいだろうか、やっとその口を開く。



「そう……そう思ってるのならいいわ。私は実はあなたにとって錬魔術がどうあるべきかなんて、道徳的なことを言いたいのではないの。答えを、自分の意志を持っているかが重要なの。それじゃあ、これからお待ちかねの聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツの話をしましょうかね」



 そう言われてホッとするも、リリィーの心には確かな違和感が残っていた。先程言ったことは事実だ。間違いなく自分の本心からそう思っている。しかし、何か……何かが引っかかる……そう思いながらアリスとの会話は続いていくのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!