第28話 Amelia perspective 1


 いつの頃だっただろうか、この淡い恋心が芽生えたのは。


 リリィーと出会ったのは幼い頃。記憶にあるのは4、5歳の時だろうか。私は今でもその時のことをよく覚えている。その日はホワイト家でパーティーをしていたのだが、私は何だか退屈だなと思い誰もいなさそうな裏庭へと足を運んだ。


 するとそこには、真っ白な髪の小さな少年が何やらぶつぶつと呟いていた。その直後、彼の目の前に突然、氷や水や炎が生まれる。


 リリィーはすでに錬魔術の基礎というものを完全にマスターしていたのだ。私はすぐに彼に話しかけ、自己紹介を簡潔に済ませ話を続ける。



「すごい!すごい! ねぇ、リリィー。私もできるようになるかな??」



 目の前で氷の城を錬成し、それを一瞬で炎で溶かした彼の技量に感嘆を覚えた私は興奮気味にそう尋ねる。



「アメリア、君の中に神様はいるかい?」


「? 神様??」



 神様とは何だろうか。それも人の中にいるとはどういうことだろうか。この時はよく分からなかった。だからこそ、その言葉はとても印象的に残っている。



「僕の中にはいるよ。もちろん、比喩的な話だけど。でもね、僕は自分の中に神様がいると思っている。だからこそ、この世界にこんなにも美しいものを具現化できるんだ。僕にはみんなに見えないものが見えるみたいだ」



 そう言いながら錬成陣を描いて、今度は水を錬成してそれを下から急速に凍らせていく。その行為に意味はないのだろう。彼はその一連の無駄な行為を準備体操と称していた。



 リリィーの言うことは年齢の割に大人びていると言うか、そこらへんの大人よりも賢いと言うか、よく分からない哲学的なことを言っていた。神様がいるとはどのような感覚なのだろうか。ファルベリカ王国は科学技術の台頭により、宗教色が薄くなっていった国だ。過去には宗教戦争も行われていたが、今はそんなものは見る影もない。だからこそ、彼の言うところの神様にについて私はいまいちピンとこなかった。



 彼に見えている世界はどんなものなのだろうか。私も同じ世界を見てみたい。初めは確かそんな動機だった気がする。そして、彼に錬魔術を教えてもらうにつれて淡い恋心は徐々に大きくなっていった。



 § § §



 私は気がついたらリリィーに次ぐ天才と謳われていた。もともと、錬魔術に対する適性が高かったみたいで、リリィーに教えてもらってから一年も経たずに私も錬魔術の基礎であるコード理論を習得することができた。



「ねぇ、リリィー。何を読んでるの??」



 あれから私たちは互いの部屋を行き来するようになっていた。だが、今はリリィーの部屋というか研究室に入り浸っている。しかし、10歳になったばかりというのにこうして専用の研究室が与えられているのは当時はあまり気にしなかったが、この時から彼は異常だったのだろう。



「ん? フリージア・ローゼンクロイツが残したコード理論についての書籍だよ。どうにも、この物質マテリアルコードには何か隠されたものがある気がするんだ……」


「隠されたもの……?」



 常に進歩とは疑問から始まるものだとリリィーは常々言っていた。疑問を抱いてこそ、人はさらなる高みへと進める。過去にそんなことを言っていたなとふと思い出しながら、彼の言葉に耳を傾ける。



「うん。アメリアは錬魔術を使っていて、何か違和感を感じたことはない?」


「違和感は……特にないけど」


「そうか……でも、俺に直接錬魔術を行使しようとして失敗したことがあるだろ?」


「あ、あれはリリィーが変なことするからついカッとなって……」



 リリィーは生み出した物質が人体に干渉する現象ではなく、人体そのものに錬魔術を行使したらどうなるのだろうという疑問を私の体を使って実験しようとしたのだ。その際に裸にされそうになったので、つい無意識のうちに彼の身体に錬魔術を直接使おうとした。使用したのは彼の身体がそこから後方に飛ぶように彼の存在地点を体を起点にしてコードを書き換えようとしたのだ。



 しかし、それは失敗に終わった。人体への干渉は錬魔術がうまく作動しないのだ。これは基本的な知識。だが、リリィーはそこに活路を見出したようで……



「今、確かに別のコードが。というより、生まれた……? 体が自然に反応して生み出したのか……? しかし、確実にコードを打ち消すような作用が……」



 ブツブツと何やら独り言を言い始める。リリィーはこの時に対物質アンチマテリアルコードの根幹となる部分を発見したようである。と言っても、それが分かっても私には実際に使えることができないのだから知っていてもあまり意味はないのだけれど。それでも、私はリリィーの手助けが少しでもできただけで心が満たされていた。


 幸せだった。当たり前の日々を、当たり前の日常を、当たり前の生活を享受できることは何よりも幸せで重要なことであると今ならはっきりとそう思うのだった。


 そして、そのことを自覚しているということは絶望的な非日常を知ってしまったからである。



 § § §



「リリィー、本当に行っちゃうの? まだ、私たち13歳だよ?」




 エイウェル共和国との戦争が勃発した。錬魔師が誕生してから初めての大規模な戦。軍は錬魔師の強大な力を振るうことに躊躇いはなかった。近代兵器よりも簡単に、かつ強大な力を発揮する錬魔術は戦争には不可欠なものとなっていたのだ。



 そして、この時すでにリリィーは二重コード理論の体系化だけでなく、実践的な面でもまた非凡な才能を発揮していた。軍の上層部が彼を利用しない手はない。だが、リリィーはむしろ自分の意志で戦争に行かなければならないという様子だった。



「アメリア、俺は行かなければならないんだ。才能にはそれ相応の責任があるからな」



 強い意志のある眼。彼の目は私を見ているようでどこか別の場所を見据えているようだった。



 才能? 責任? そんなものがどうしたのか?



 私はただリリィーが危ない場所に行くということが嫌だった。彼が死んでしまうという可能性が恐ろしかったのだ。


 でも、何も言えない。言わせてくれない。彼の眼が、彼の風貌が、彼の雰囲気が、それ以上何もいうなと雄弁に語ってくるような気がした。それに呑まれてしまった私は結局何も言えないまま……彼を見送ることになった。



 「アメリア、俺の実力はお前も知っているだろ? 俺は死なない。そして、お前を含むこの王国の民たちを守るよ。俺は王族ではないが、力のあるものが力のないものを守らないでどうするんだ。だから、俺は行ってくるよ。帰ってきたらまた一緒に遊ぼうな」



 にこりと微笑む彼の顔はいつも二人で遊んでいる時のものと同じだった。


 しかし、彼の服装や装飾は全く異なっていた。軍服に軍帽。さらには、胸にある真っ赤な薔薇の紋章。彼の背丈に合わせて作られたであろう、特注の品々。彼はそれを完全に着こなしていた。まるで、昔からそれを着ているかのように……リリィーの軍服姿は立派だった。いや、立派過ぎた。そのこともあり、私は何も言えなかった。



「うん、また……また一緒に遊ぼうね?」



 なんとか声を紡ぎ出して言えた言葉がそれだけ。またあの日々がやってくると信じて疑わなかった。だって、リリィーのすることはいつだって正しいものだったから。二重コード理論の時には周りの大人たちはそれを、子どもの戯言だと一蹴した。でも、結局は彼が正しかった。リリィー・ホワイトこそ正義であり真理だとこの時は本気でそう思っていた。




 それが始まり。その時にきっと私は間違えたのだ。



 そして、私の錬魔師としての過酷な人生が幕をあけるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます