第26話 リリィー VS アルバート 4


 いつのことだっただろうか。自分自身の才能に気がついたのは。初めは何気ないことだと思っていた。至る所に存在する第一質料プリママテリアを知覚するようになったのはもう覚えていない。彼にとってすでに錬魔術は隣にいた。生まれた時からの宿命。彼が天才、そして英雄となるのはもしかしたらその時から決まってしたのかもしれない。



「ねぇ、リリィーは大きくなったら何になるの?」



 幼馴染であるアメリアがそう尋ねてくる。リリィーと彼女はまだ6歳。しかし、二人ともすでにその才能を発揮していた。互いに色付ツヴェートの象徴となるのは間違いないだろうと囁かれていた。二人はまだそのことを知らない。でもリリィーは漠然と自分がどうあるべきなのかを悟っていた。



「僕はね……この王国のために生きたい。なんでかは分からないけど、そうしないといけない気がするんだ」


「ふーん、そうなんだ」



 それから先のことはよく覚えていない。しかし、彼は漠然とアメリアにそんなことを言ったのは覚えている。自分は何者で、そして何処へ行くのか。この国は何処にたどり着くのか。リリィーはすでにそんなことを漠然と考え始めていた。


 才能にはそれ相応の責務が伴う。そんな言葉を言ったのは誰だっただろうか。もう覚えてはいない。しかし、その言葉は今でも彼の心に突き刺さっている。皆が自分を羨む。なんの努力もせずに、生まれつきの能力で何でも出来る。それはある意味事実だ。確かに自分はこと、錬魔術を使うことに関して苦労したことはない。


 だが、周囲の人間の期待に応じることはすでに重荷となっていた。自分には他人にできないことができる。だからこそ、自分には責任があるのだと。この国を守る責任、この国を発展させる責任、そしてその責任を果たす義務があるのだと思っている。それは力を失った今でも変わらない。共和国との戦争は終わっていない。かの国の脅威が完全になくなることはない。自分はあの戦場から生き延びた。だが、そのまま仮初めの平和を享受してもよい立場ではない。自分は平和を作り上げる立場なのだと、力を失ってもその責務に変わりはないと彼は思っていた。そのための過程が今である。だからこそ、彼は全身全霊を持ってアルバートに対峙する。



 § § §



 才能がないのは知っていた。周りの人間ができることがすぐにはできなかった。それは錬魔術だけに限らなかった。運動、勉強、錬魔術、全てにおいて並み。著しく劣っているわけではない、逆にずば抜けて優秀なわけでもない。平凡。彼を形容するならばその言葉が適している。普通の家系ならば、そのまま平穏に、平和を享受して生きることができただろう。


 しかし、彼は色付ツヴェートだった。この国を支えるべき家系の一員だった。そのことが彼をさらに追い詰めていく上に、同世代には天才がいた。


 リリィー・ホワイト。幼い頃に錬魔術の基礎を完全にマスターし、さらに最近ではコードについて独自に研究をしているのだという。比較するのも馬鹿らしいほどの差。決して埋めることのできない差。諦めて、周りから失望されて、何もしない方がいいのかもしれない。だが、彼は決して出来ないからと言って勉強、運動、そして錬魔術が嫌いなわけでは無かった。むしろ、学ぶことは好きだったし、できないことが出来るようになるのは嬉しかった。その微かな想いが彼を支え続けた。誰かに認められなくてもいい、自分のことは自分で認めればいいのだと、そう思っていた。



 だが、劣等感は確かに存在した。自分にも彼ほどの、リリィー・ホワイトほどの才能があればと思わない日はなかった。でも、現実は無力な自分を嫌という程突きつけてくる。だからこそ、努力した。劣等感に潰され、天才という言葉に負けたくなかった。自分は、アルバート・アリウムはここに確かに在るのだと証明したかった。だからこそ、続けた。小さな努力を毎日続けた。そして、それは10年後に花開くことになるのだった。




 § § §




 どれほどの時間が経っただろうか。互いに死力を尽くして錬魔術を行使してきた。一方は、無限の創造を。一方は、その創造を打ち砕いてきた。



 だが、互いにすでに限界に来ていた。アルバートは凍結領域フロストスフィア千手観音サハスラブジャの使用により、その身体は悲鳴をあげていた。リリィーは彼以上に満身創痍。全身にはまるで赤いペンキを被ったかのように、自身の赤い血で彩られている。対物質アンチマテリアルコードは自己の崩壊すら招いてしまうのだ。



 そして、互いに満身創痍な二人はすでに錬魔術の行使が満足にできないほどになっていた。



「いい加減……しつこいんだよ……早いとこくたばれ、この天才が……はぁ……はぁ……」



「はぁ……そっちこそ……早く諦めろよ……もう固有錬魔術オリジンは維持できないだろう??」




 すでに凍結領域フロストスフィアはほとんど残っておらず、あるのは微かな氷のみ。アルバートはすでに新しく錬成できるだけの力がない。また、凍結領域フロストスフィアを操作する力もない。物質マテリアルコードの過度の使用により、脳がすでに錬魔術を使用することを拒んでいる。リリィーもまた、すでに対物質アンチマテリアルコードはほとんど使えない。互いに残るはその拳のみ。リリィーとアルバートは互いに焦点の合わない目をしながらも、おぼつかない足取りのまま駆けていく。



「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」



 雄叫び。


 すでに錬魔術は底を尽きた。ならば、あとは自分の身体のみで勝敗を決するまでだ。そう思うと、二人はその拳を交え始める。



「フッ!!!!」



 リリィーの右手の拳がアルバートの顔面を掠めていく。軍属だった彼はすでに徒手格闘術はかなりの練度だったが、アルバートもそれに劣らずの技術を持っていた。一人で孤独に打ち込んで来たアルバート。そして、錬魔術が劣っているからこそ昔から体術の訓練も怠ることは決してなかったのだ。だからこそ、対等に渡り合う二人。



「ぐッ!!!」


 そして、とうとう互いの攻撃が当たり始める。鳩尾に拳を受けるアルバートは呻き声をあげる。


「くそおおおおッ!!!!」



 負けるわけにはいかない。ここまで来て負けることなど許されない。アルバートはすでに限界を超えていたが、その不屈の意志で何とか体を動かしていた。


  

 リリィーにも相手の拳が直撃し始める。顔面を殴られ、その怯んでいる間に横っ腹に回り蹴りをくらってしまう。だが、リリィーも諦めることなどは決してない。自らの価値を証明するため、力を失っても自分にもやるべきことがあり、それを成すだけの力があると示すために力を振り絞る。



 鮮血。



 殴り合う拳はすでに血塗れ。リリィーの方が圧倒的に出血の量が多いも、アルバートも徐々に自らの血を失い始め意識が朦朧としてくる。



(くそ……血を失いすぎた……意識が……)



 フラフラとし始めるも、それはリリィーも同様。足元はすでにおぼつかない。互いに伸ばすその腕に力はない。それでも、互いに成すべきことがある。



 自己の証明。たったそれだけのために二人は命がけの戦いをしていた。すでにこの決闘を中断してもおかしくはない。だが、審判であるヘレナはじっと二人を見つめ続ける。



 試合ではなく決闘。それこそが彼女が中断しない理由。決闘には互いに抱いている想いがある。それを力という形で示すために決闘を行うのだ。




「ああああああああああああああッ!!!!!!」



 もはやただの慟哭。言語としての成り立ちなどない。ただの音を発するだけのアルバート。そして、彼は最後の力を振り絞って己の拳を握る。



 リリィーに殴りかかる刹那、なぜか彼は過去から現在までを想起してしまう。



(俺は……俺は成し遂げたのだろうか……過去の自分を、自分自身に打ち勝つことができたのだろうか。目の前に映るのはリリィー・ホワイト。天才であり、英雄。俺などが届き得ない領域の人間。力の大半を失ってもなお、届き得ない錬魔師。そうか……俺はやはり……勝つことはできないのだな……だが、悔いはない……)



 己の敗北を悟りながらも、最期の攻撃を繰り出す。全身全霊の一撃。握りしめる拳からは血が飛翔していく。


 世界がスローモーションになっていく。おそらく、この攻撃は避けられる。そして、自分はこのまま意識を失うだろう。漠然と、他人事のようにそう思うアルバート。



 だが、彼の予想は外れることになる。



「完敗だ……」



 アルバートではなく、リリィーがそう呟く。そして、アルバートの拳をまともに受けてリリィーはそのまま宙を舞い……地面へと叩きつけられる。大量の血液が流れ、彼の周囲に血だまりを作っていく。



 また、アルバートも攻撃を終えた段階で意識を失っていた。



 

「この勝負、引き分けとするッ!!!」



 ヘレナがそういうと、観客たちはまばらに拍手をする。スタンディングオベーションなどできないほどにこの決闘は壮絶であった。ここ数年で行われたものの中で、もっとも過酷で熾烈な戦い。引き分けということも珍しいのだが、何よりも印象的なのは……最後は血塗れになりながらの殴り合いであった事だ。この二人はどうしてここまで、何が彼らを駆り立てるのか。この決闘を見ているものたちは感動よりも、恐怖を抱いていたのだ。




 錬魔師の頂点に立つ者の宿命というものをこの場にいる全員が漠然と悟る。



 こうして、二人の決闘は引き分けという形で幕を閉じる。




 § § §



「ここは……」



 リリィーが目をさますとそこは病室だった。どこか懐かしいなと思いつつ、体を起こそうとするも全身に激痛が走る。



「ぐッ……」


 

 そう呻き声をあげると、彼のベッドの隣に座っていたアメリアが声をかける。


「ちょっと、リリィー。安静にしてなさい。あんた、出血多量で死ぬとこだったのよ??」


「俺は……負けたのか……」



 アメリアの言葉を無視し、リリィーは己の敗北を尋ねる。あの瞬間、確かに自分は負けた。その確信が彼にはあった。しかし、アメリアの言葉を聞いて彼は驚愕するのだった。


「引き分けよ……」


「は?」


「だから、引き分けだって。あんたを殴り飛ばすと同時に彼は意識を失っていたの」


「そう……だったのか……」


 

 そのことを聞いても、自分の中に植え付けられた敗北の二文字は消えることはない。確かにあの瞬間、自分は敗北を認めたのだから。



「なぁ、アメリア……」


「なに?」


「俺はさ……まだこの王国のために戦えるのだろうか」


「戦えるわ。あんたは今日、それを示したじゃない」


「お前はずっと、俺が再び戦うことに反対だと思っていたが……」


「反対よ。でも、私がそう思ってもあんたは戦うでしょ?」


「あぁ……俺にはまだやるべきことがある。あの戦争が終わらない限り、この王国に平和が訪れない限り、俺はやらなければならない。それが俺の使命だ……」


「そう……なら頑張りなさい」


「そう……だな……」



 自分の決意を話すとリリィーは再び眠りにつく。彼の寝顔を見ながら、真っ白な髪を撫でアメリアは心の中で様々なことを考え始める。



(もう……もう、いいのかしら。私の役目は終わったのだろうのかしら……でも、リリィーが進むと決めたのなら……私にもやるべきことがある……)



 病室に差し込む夕日が二人を照らし出す。



 リリィー・ホワイトは対錬魔師戦での力を示した。それは彼の希望に沿う未来に繋がることは間違いない。だが、その先には茨の道が待ち受けている。


 もちろん、そのことはあの戦争を経験したからこそよく知っている。だが、彼はまだ知らなかった。錬魔術という技術がこの王国に今後、何をもたらしていくのかということを。この世界はどのように変化していくのかということを。



 世界は痛みなしには進歩しない。



 § § §


 枯れた錬魔師:A withered wizard 終


 

 次章 聖薔薇騎士団:The game of detecting traitors

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