第25話 リリィー VS アルバート 3



 依然としてリリィーはなんとか接近戦に持ち込もうと果敢に攻める。だが、凍結領域フロストスフィアを発動したアルバートに死角はなかった。何度となく彼が錬成する氷を打ち消し続ける。だが、根本的にはなんの進歩もない。いくら消されようが、その場に第一質料プリママテリアが存在するならばほぼ無限に錬成することができる。もちろん、疲労などはある。だが、物質マテリアルコードと対物質アンチマテリアルコード、どちらの方が消耗するのかそれはリリィーを見れば明らかだった。




(くそッ!! 完全にジリ貧だッ!!!)



 リリィーは焦っていた。端から見れば優勢なのはリリィーである。アルバートは相変わらず氷による防御に意識を集中せざるを得ない。しかし、リリィーは幾度となく使用した対物質アンチマテリアルコードの疲労が確実に溜まっていた。


 物質マテリアルコードと異なり、対物質アンチマテリアルコードは相手の錬成した物質を逆転させる。つまりは相手のコードを読み取る作業を踏まえた上で錬魔術の行使が必要となる。単純に見てもその過程は普通の錬成の2倍。いくら彼でもその疲労感からは逃れることはできなかった。




「はあッ!!!」



 アルバートはリリィーが僅かに鈍った隙を逃しはしない。すぐさま凍結領域フロストスフィア内の氷を全て操作し、リリィーにその全てを射出する。空中に飛翔した氷がまるで弧を描くようにピンポイントで彼を襲う。



「ぐッ!!!」



 リリィーは呻き声をあげつつも、全てを打ち消していく。たがその威力まで殺しきることはできずに徐々にダメージが溜まっていく。天に掲げた右手はとうとう出血し始め、彼の頰に自身の血が付着する。痛みには慣れている。出血すること自体で戦闘への影響はない。しかし、問題は失い過ぎれば脳が正常に機能しなことだ。そうなれば対物質アンチマテリアルコードもまともに使えなくなる



 リリィーは全ての攻撃を防いだ後、すぐさま距離を取り衣服の一部を力任せに引きちぎるとそれを腕に巻きつけてなんとか出血を緩和させる。




「はぁ……はぁ……はぁ……」



 息を上げ、右腕を抑えながらも相手から目を離しはしない。まだ、まだ負けてはいない。戦うことはできる。自分にはまだやることがあるのだから。そう思うとリリィーはさらに意識を高める。両目に意識を集中させ、数年ぶりにある能力を解放する。



(使うのは久しぶりだが、仕方ない。俺ができる最善の術……特異能力エクストラを使うしかない。今の状態ではキツイかもしれないが、やらないわけにはいかないッ!!!)



 意を決した彼はそのまま両目の力を解放するのだった。





 § § §



(何をやっているんだッ!! 俺はッ!!!)



 アルバートは先ほどのまでの攻防を振り返っていた。確実に勝敗を決めることができたはずだった。凍結領域フロストスフィア内にある氷は全て彼の支配下にある。だからこそ、リリィーの攻撃を防御しながら彼の背中に致命傷を与えることができたはずだった。


 しかし、目の前にいる男がそれを許してはくれなかった。少しでも、ほんの少しでも気を抜けばやられてしまう。そんな気迫が確かにあった。殺意などではない何か。アルバートはそれに恐怖し、防御に集中せざるを得なかった。だが、彼は後悔すると同時に喜んでいた。かつての天才であり英雄。枯れた錬魔師ウィザードなどと不名誉な名がついているが、戦闘においては彼は間違いなく脅威だった。



 積み重ねてきた自分に匹敵しうるその戦闘技能。天才は錬魔術を失っても、全てを失ったわけではなかった。だからこそ、倒しがいがあるとアルバートは思っていた。



(しかし……俺が憎みつつも、憧れた男は……やはり変わらないものだな)



 そう思いながらニヤリと微笑む彼もまた、リリィーを倒すべく錬魔術を練り始める。二人の戦いはとうとう最終局面に入る。



 § § §




「……元素眼ディコーデイングサイト



 リリィーはそう呟くと、両目が金色に発光し始める。そして、彼の視界には第一質料プリママテリアが金色の粒子として知覚される。アルバートの周囲には莫大な数の粒子が渦巻いているのを視界に捉える。



 彼が発動させたのは特異能力エクストラである、元素眼ディコーデイングサイト特異技能エクストラとは錬魔術を使用する中で発現する特殊な能力のことを指す。


 その中でも視覚系のものをリリィーは昔から獲得していた。


 元素眼ディコーデイングサイトを発動した瞬間に彼の目には見えるはずのない第一質料プリママテリアが粒子として知覚される。つまりは相手がどの規模の錬魔術を発動させているのかを理解することができる。



 本当は無理をしてまでこの異能を使う気は無かった。だが、彼は戦っていく中で最善に最善を尽くすべきだと思ったのだ。それこそが自分のためでもあるし、相手に払える最大の敬意。



 金色の眼は確実にアルバートの周囲に存在する第一質料プリママテリアを捉える。



 おそらく、相手は固有錬魔術オリジンにさらにコードを重ねることで別の錬魔術を発動させるつもりだと予測。それに対処するために先ほどの倍以上の対物質アンチマテリアルコードを錬成。おそらく、次の攻防で決着がつく。そう思いながら、リリィーも微かに笑いながら戦闘への準備をするのだった。




凍結領域フロストスフィア千手観音サハスラブジャ



 アルバートはとうとう錬魔術を行使する。彼が自らの固有錬魔術オリジンに加えるイメージは千にも及ぶ手掌。リリィーに完全なる敗北を味合わせるための奥の手。凍結領域フロストスフィアには新たに千手観音サハスラブジャというコードが追加される。正真正銘のオリジナル技。彼が努力の末にたどり着いた一つの極地。アルバートにほんの少しの才能があれば、ここにたどり着くことはなかった。



 そして、氷からは文字どおりに千の手が錬成される。手の形を模した氷たちはまるで独立した意志を持っているのかのようにリリィーを襲う。




(素晴らしい錬成だ……きっと、彼は死に物狂いで努力したのだろう。しかし、負けるわけにはいかないッ!!!)



 相手を賞賛しつつも、決して譲らない。互いに負けることはできない戦い。ぶつかり合う想い。二人は完全にこの戦闘に没頭していた。見えるのは相手のみ。打ち負かすは目の前の錬魔師。



 そして、リリィーもまた全身全霊を持って相手に立ち向かう。



対物質アンチマテリアルコード:拡散ディフージョン




 リリィーは迫り来る氷の手に対物質アンチマテリアルコードを放つ。しかし、それは先ほどとは異なり拡散していくように広がっていく。眼に映るのは繊細な第一質料の動き。物質には必ず第一質料プリママテリアの偏りが存在する。彼はそれを元素眼ディコーデングサイトで知覚すると、そこに向けて拡散するコードを射出。すると、氷の手は次々と風穴を開けていきその形を失っていく。


 全体ではなく、第一質料プリママテリアの偏っている部分のみを逆転させることで今までよりも戦闘の効率は倍になる。



 だが、その数は千。到底一気に打ち消しきれるものではない。無限とも思える攻撃が容赦なくリリィーを襲う。



「うおおおおおおおおおッ!!!!!」



 雄叫びをあげながら全てを打ち消していく。すでに満身創痍。対物質アンチマテリアルコードの過度の使用により、全身の皮膚、特に両腕の皮膚はヒビが入っているかのように裂けていく。


 血液が宙を舞う。


 そして、彼の真っ白な髪を赤色で染め上げていく。さらに、両目からも出血。数年ぶりに使用する元素眼ディコーデングサイトの負担も尋常ではなく、眼球内の血管が次々と裂けていく。視界は赤く染まるも、見えないことはない。



 観客も固唾を飲みながらそれを見守る。




 枯れた錬魔師ウィザード


 

 その蔑称が今の彼に当てはまると思う者はこの場に一人もいなかった。かの天才は、かの英雄は、力を失ったと思い込んでいた。なんの力もないただの無力な少年だと思い込んでいた。



 だが、目の前に映るのは死力を尽くして戦うリリィー・ホワイト。アルバートの技量を見れば分かってしまう。すでに彼は学院でも屈指の錬魔師だと。並大抵の技量では敵うわけではないと。しかし、リリィーはそれに立ち向かっている。今ある力でそれに対峙している。もちろん、対物質アンチマテリアルコードを使えるという利点はある。しかし、それだけでは説明がつかない。あの血塗れになりながら戦う少年をただの天才だと形容できるわけがない。皆が、そう思い始めていた。圧倒される。そして、ただただ賞賛する。



 彼が何を思って戦っているのかは分からない。でも、何かのために懸命に戦う彼の姿はすでに観客たちを魅了していたのだった。


 



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