第22話 アルバート・アリウム


 アルバート・アリウムは凡人だった。幼い頃から、色付ツヴェートの長男という理由で錬魔術の英才教育を受けていたが、彼には才能と呼ぶべきものがなかった。錬魔師には生まれつき、コードに対する適性が存在する。それが高い者は、第一質料プリママテリアを容易に感じ取ることができる上に、コード変換もすぐできる。色付ツヴェートの家はこの適性が高い者が多いのだが、何事にも例外は存在する。その例外こそが、アルバート・アリウムだった。



 アリウム家は液体と固体の錬成に高い適性を持っているはずだが、彼には上手く扱えなかった。どうしても錬成速度は遅くなるし、錬成強度も平均以下。彼の両親は痛く失望した。色付ツヴェートでも序列というものは存在し、それは錬魔術によって決まる。彼が幼い頃には、すでにリリィー・ホワイトはその才能を発揮しており、二重コード理論の発見にまで至っていた。




「アルバート……ホワイト家のリリィーは、とうとう二重コード理論の体系化に成功したようだ……」



 書斎で父親と話すアルバート。彼はリリィー・ホワイトの実績を耳に入れるたびに心が摩耗していく気がした。



「申し訳ありません……」



 謝るしかない。彼には、力のない彼には謝ることしかできない。錬魔術の実戦的な技術も乏しければ、理論的な知識も乏しい。努力はしている、間違いなく彼は最大限の努力はしている。それでも彼はリリィーの足元に及ばないのが現実だった。



「お前にはもう期待していないが、せめて色付ツヴェートとして最低限の力は身につけてくれ。それが私の最期の願いだ……」


「はい……分かりました」



 そう言って部屋を去っていくアルバートの心は何かよく分からないものに支配されていた。


 そして、その日から彼はさらに自分を追い込むようになっていった。




 § § §



「あああああああああああああッ!!!!!」



 身体中の至る所が弾け飛び、出血が激しくなる。それでもやめない、止まらない。錬魔術の過度の使用による身体の損傷など、もはや日常茶飯事なのだ。



 あれから3年。屈辱の日々を重ねながらもアルバートは一人で訓練に打ち込んでいた。すでに家族には見放されている。どれだけ努力しようが、どれだけ結果を出そうとも全てはリリィー・ホワイトに劣る。それでも、錬魔術を手放すことはできなかった。誰かに劣っていることよりも、誰かにバカにされることよりも、彼は自分自身という存在を妥協したくはなかった。


 彼にもう少しの才能があればこのようなことはなかっただろう。死に物狂いで努力するのは誰よりも劣っていると理解しているからだ。



「くそッ!!! まだまだッ!!!!」



 そう言いながら再び錬魔術の行使を始める。



 ちょうどこの時は聖薔薇戦争の最中。リリィー・ホワイトの活躍は相変わらず耳に入ってくる。一方のアルバートは誰にも必要とされない。戦争中だというのに変わらず平凡な生活を送っている。そんな自分に嫌気がさしていた。だからこそ、いつか国のために戦うという使命を胸に彼は今日も鍛錬に励むのだった。




「そ、それは……本当ですか?」


「本当だ……リリィー・ホワイトは戦争後のPTSDで錬魔術の力をほぼ全て失った」



 書斎で父と話すアルバートはすでに父親の身長を越しており、かなり精悍な青年へと成長していた。短髪の青い髪に、鋭い目つき。また、身長は180センチをわずかに上回っており、肉体的には以前とは比べものにならなかった。



「そ、そんな……」


「お前はもう、昔のお前ではない。天才ではなかったが、アルバート……お前は秀才だった。今更私たちはどうこう言える立場ではないが、色付ツヴェートであるアリウム家を任せたぞ……」



 父がゆっくりと椅子から立ち上がると、そのまま書斎を出ていく。一方のアルバートはその場に一人佇んでいた。



(俺は一体何のために……リリィー・ホワイトが力を失った?? あの天才が?? 錬魔師史上最高峰の天才と謳われていた奴が……そんな、そんなバカなッ!!!!)



 その場にテーブルに思い切り拳を叩きつけると、木製で作られたテーブルは真っ二つになる。力任せの怒り。彼は今までリリィー・ホワイトを追って、鍛錬をしてきた。見たことはあるが、話したこともない彼を追って毎日を過ごしてきた。



 それなのに、突然目標が失われた喪失感は大き過ぎた。アルバートは彼に憎しみにも近い感情を持っている一方で、尊敬している面もある。



 皆は天才と持て囃すが、彼の功績は才能だけに頼ったモノではないと知っていたからだ。彼を時々見かけるたびに、その姿はどこか寂しげで……そして身体は傷だらけだった。努力しているのだと知った時、アルバートはさらに自分を追い込むようになっていた。



 いつか、いつかあの天才に追いつきたい。そして、追い越してみたい。そんなちっぽけな感情だが、アルバートはその想いで自分を支え続けた。頼れる家族や友達はいない。存在するのは自分とリリィー・ホワイトだけ。そして、彼の願いは奇しくもリリィーの後退により不本意にも叶ってしまうのだった。




 § § §



 王立ファルベリカ錬魔術学院に入学したアルバートは驚愕した。それはあのリリィー・ホワイトが自分と同様に飛び級で同じクラスに所属していたからだ。ただの噂だと思っていた。しかし、彼は目の前に確かにいる。長い真っ白な髪に、真っ白な肌。体は細身であの戦争で戦果をあげたとは思えない。



「先生、質問があります」


「本来なら一蹴するが初日だしな、許可する。発言していいぞ、ホワイト」


「必修科目は教養系だけですか? 端的にいうと、錬魔術系のものは履修しなくても卒業は可能なのでしょうか……」



 リリィーが質問をして、教師がそれに応える。アルバートはその一連のやり取りは全く耳に入っていなかった。彼が見つめるのはリリィー・ホワイトのみ。敵意のある視線で彼を睨みつける。



 力を失ったのならば足掻くのは止めたほうがいい、錬魔術が使えないのに一体何をしにきたんだ、とアルバートは心の中で葛藤していた。



 尊敬すべき相手でもあり、憎しみの対象でもある彼。しかし、それはリリィーが天才だった時の話。今はただの一般人と相違ない。アルバートは憤怒していた。それはリリィーに対する失望と自分に対する怒りだった。



(リリィー・ホワイト……一体お前は何をしにこの学院に来たんだッ!!!!!!!)




 そうして数日が経過し、アルバートはさらに失望することになった。目の前で彼が錬魔術を暴走させたのだ。あまりにも痛々しい姿。それに無様な姿。だが、アルバートの心は晴れることはなかった。本来ならば、心に憎しみだけがあったならば彼の失敗を嘲笑うだけで済んでいただろう。  



 しかし、彼はどうしてもそうは思えなかった。何か、何か言い表せない違和感があったのだ。アルバートは負傷したリリィーを睨みつけるとその場を去っていく。

 



 そして、今度はリリィーの生徒会入りが耳に入った。それを聞いて彼はさらに混乱した。さらにこれ以上醜態を晒すリリィーに怒りが湧いてきた。そう思っていると、生徒会長であるメリッサ・ブラックがある話を持ちかけてくる。



 放課後の誰もいない教室に呼ばれて渋々きたのだが、メリッサは一応昔からの知り合いなので無視するわけにもいかなかったのだ。



「ねぇ、アルバート」


「何ですか、生徒会長……」



 メリッサは机に腰掛けると、その場で脚を組み始める。艶かしい真っ白で長い脚がその場で露わになるが、アルバートは全く意に介せず話を続ける。



「リリィー・ホワイトと戦ってみたくはない??」


「………は?」



 思わず間抜けな声が出る。それもそうだ。彼は目の前でリリィーの錬魔術の暴発を目にしたのだから。決闘などできるわけがない。そう、彼はそう思い込んでいた。しかし、メリッサはその思い込みを覆す。



「彼はあなたとの試合を望んでいるわ。力がなくなっても、自分にできることはあると示すために……その相手はあなたがいいそうよ」



「俺に……あいつが……?」



 互いのことを知っているとしても、話したことはない。だからこそ、自分がけしかけるならまだしも相手から決闘を申し込むなどあり得るのだろうか。しかも、なぜかメッリサを経由して。



 だが、そんな疑問はすぐに一蹴する。



「いえ、やります。やらせてください」


「そう。なら日程はこちらで決めておくわね。それと申請も……ね」


「よろしくお願いします」



 そう言って頭をさげるアルバート。彼はこの機会を逃すわけにはいかないと思った。どんな形であれ、あのリリィー・ホワイトと戦うことができるのだ。それが例え、力を失った彼だとしても。疑問はある、懸念もあるがそれ以上に長年の雪辱を晴らしたかったのだ。そして、自分自身の価値を証明する。彼はその想いを胸にリリィーと相対するのだった。


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