第21話 決闘


 決闘当日。本日は休日で授業などは一切ない。しかし、学院にいる生徒の数は日頃と変わらない。いや、もしかしたらそれ以上にいるかもしれない。それほどまでにこの決闘は注目されていた。


 リリィー・ホワイト。かの聖薔薇戦争の英雄。一人で屠った敵の数はたった一人で全体の20パーセントに迫る。さらに驚異的なのはその年齢である。彼は13歳の時に戦争に参加し、実績を残した。錬魔術による大規模な戦争は歴史上初めてというのに。


 自らの手を汚すことに躊躇する錬魔師が多い中、彼は先陣を切って戦い続けた。例え、その戦争のせいで力を失ったとしても彼には注目が集まるのも無理はない。皆、期待しているのだ。錬魔術のほとんど失った英雄がどのように戦うのかを。


 そして、相対するのは……色付ツヴェートの中でも屈指の名門、アリウム家長男、アルバート・アリウム。液体と固体、その中でも水と氷の物質の扱いに長けている一族の中でも屈指の天才と言われている。色付ツヴェートには多くの天才が名を連ねているが、彼は遅咲き。しかし、その実力はすでに聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツに匹敵するとも言われている。しかし実際は天才ではなく、努力でのし上がって来た秀才。それが周囲の彼に対する評価だった。



 かつての天才、そして現在いまの秀才。どちらが勝つのかだろうか、という声は止まない。力を失ったとはいえ、かつての天才。しかも、二重コード理論を発見した実績もある。実戦と理論両方で秀でていた天才には、流石に勝てないという声。一方で、錬魔術を使えない奴が敵うわけがないという声。しかも、相手は今も力を増し続ける色付ツヴェートの秀才。



 その注目の戦いは、今まさに始まろうとしていた。




 § § §



「よし、準備はこんなものか……」



 リリィーはコロシアムの待機場所で決闘の準備をしていた。王立ファルベリカ錬魔術学院は生徒の自主性を重んじている。そのため、創立当時からこのような決闘は行われてきた。だからこそ、学院には円形闘技場であるコロシアムが存在している。現在は主に競技祭のときに使用するのだが、決闘に学院からの許可が降りればこうして使用することもできるのだ。



 そして、リリィーは制服から戦闘服に着替え始める。服装は軍でも採用されている簡素だが最低限の防弾、防刃などが施されている真っ黒な戦闘服である。右の胸には銀の糸で薔薇の刺繍がされており、それに袖を通すと懐かしい気持ちになるのだった。



(そうか、これに袖を通すのは……あの時以来か)



 だが、過去は思い出さない。今集中すべきはこの決闘に勝つこと。そして、自分はこの国のためにできることがあるのだと示すこと。


 正直、アルバート・アリウムがどのような気持ちでこの戦いに臨むなどどうでもよかった。きっと、何か複雑な想いがあるのは察している。しかし、それは自分には関係ない。彼には彼の事情があるように自分には自分の事情あるのだと思い、そのまま戦いへと赴くのだった。


 価値を示す時だ。



 § § §



「リリィーは大丈夫なの、アメリア?」


「うーん、どうだろう……錬魔術は対物質アンチマテリアルコードしか使えないし……正直、勝機があるとは……」


「……そんな! それならリリィーはなんで!!!」


「それは、隣に座ってる会長が知ってるんじゃない……?」



 じーっと、何かを責めるようにメリッサを見るめるアメリア。初めはレベッカと二人で最前列を陣取っていたのだが、その隣に平然とメリッサは座ってきたのだった。



「そんなー、私は別に何もしてないよ? そうは思いませんか、レベッカ王女?」


「え、会長さんがそういうなら……そうじゃないんですか?」


 純粋な目でメリッサを見つめるが、それをアメリアの言葉が遮る。



「ダメよ、レベッカ。メリッサさんは嘘つきで策略家だから。今回の件で手を回しているに違いないわ。それに聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツのこともあるしね……」


「ふふ。そうかもね〜」



 交わる視線は互いに厳しい。殺意が込められてるかと錯覚するほどの交錯する視線。しかし、それはほんの一瞬。メリッサはアメリアから視線を外すと、リリィーについて語り出す。



「聖薔薇戦争の英雄。彼の実績は素晴らしいわ。単身で敵の20パーセントを討ち取り、さらには錬魔術の実戦での有用性を証明した天才。例え、物質マテリアルコードが使えなくても、彼の実戦経験は重要になってくるわ……特に、今後のことを考えるとね……」


「……あなたも、リリィーを道具のように扱うのですか??」


 相変わらず厳しい口調で責めるアメリア。その二人に挟まれているレベッカは狼狽えており、言葉を挟む余地は全くなかった。



「彼がそれを望んでいるのよ。それに道具と思って扱える器じゃない。天才は何を持って天才たりうるのか……この戦いでそれが分かるはずよ」


「そう……ですか」



 幼馴染のアメリアは言いたいことが山ほどあった。自分が一番リリィーを知っているのだと、自分こそが彼に寄り添ってあげられるのだと、そう思っていた。


 しかし、彼が頼ったのはメリッサ・ブラック。自分ではない。例えどれだけ長い付き合いでも、どれだけ相手のことを知った気になっても、やはり根本的には人間は理解できないのだと思いアメリアはコロシアムに現れるリリィーを見つめるのだった。



 § § §



「よし、ルールは単純だ。相手を戦闘不能にすればいい。それだけだ」



 審判を務める一級錬魔師であるヘレナがそういうと、アルバートは彼女に質問をする。



「相手を殺すような攻撃は反則ですよね?」


「してもいいが、その瞬間試合は止める」


「その場合、勝敗はどう決めるんですか?」


「私にガードに入られた方が負けだ。まぁ、思う存分やってもらって構わない。一級錬魔師は伊達ではないからな。多少の無茶はなんとかしてやるさ」


「……ありがとうございます」



 頭をさげるアルバート。そして、顔を上げるとリリィーを真っ直ぐ見つめる。そこには確かに複雑な想いがあるのは間違いなかった。単純な憎しみだけではない。様々な感情が混ざり合った表情。リリィーはそれを感じ取るも、冷静にどう戦うか思案していた。




(相手はあの、アリウム家の人間……なら、得意な物質は氷。しかし、その本質は氷という物質ではない。あの一族は固体変換を得意としている。物質の状態は主に、固体、液体、気体の三種類。錬魔術を使用することで、第一質料プリママテリアをコードを通じて直接その三種に変換できる。しかも、第一質料プリママテリアが途切れることは決してない。つまりは無限かつ、高速にイメージ通りの氷を錬成できる。これは……眼を使うしかないか……)



 アリウム家の人間は固体変換を得意としている。使用する固体は主に氷。汎用性が高く、攻撃性も抜群。戦闘で使うには最適の物質である。この他にも、固体変換で有名なのは金属、鉱物、有機固体などがある。それぞれ、どの錬成が得意なのかは錬魔師次第である。



 その中でも、アリウム家は氷の錬成に力を注いできた。液体である水、気体である水蒸気からの錬成過程はいらない。過去には、まだ魔術や錬金術が浸透していた時代は水という要素から人々は氷を生み出していた。しかし、錬魔術の体系化によりその必要はなくなった。万物の根幹を成す第一質料プリママテリアとコード理論を使用すれば、直接三種の物質を錬成できるからだ。



 また、氷の汎用性の高さはすでに実戦、つまりは聖薔薇戦争で証明されている。相手の足止めから、トドメを刺すまで自由自在。また、氷の錬成はそれほど高い技量は要求されない。火や電気などの現象とは異なり、氷は物質錬成である。現象を錬成するには多くの物質をコードに入れ込む必要があり、それはかなりの技術が要求される。


 必要なのは明確な心的イメージとスムーズなコードの使用。アリウム家は、氷という物質においてはその錬成精度が国内でも屈指の実力なのだ。




 こうして、二人の戦いが始まろうとしていた。

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