第11話 孤立と葛藤


 翌日から授業が本格的に開始された。学生は一旦、朝のホームルームのために自分の属している教室に集まるが、それ以降は自分の受けたい講義を自由に受けに行く。また集まるのは朝だけで、自分が履修している授業を最後まで受ければその日は帰宅しても構わない。


 どこまでも自由に、そして生徒が伸び伸びと学べる場。それが、この王立ファルベリカ練魔術学院であった。



 § § §



 リリィーはコード学の授業を受けに、学内を一人で歩いていた。アメリアとレベッカはこの時間は錬魔術の実践授業を受けている。


 そして彼がなぜ、二人と一緒にその授業を受けなかったのか。それはすでにその程度のことは習得しているという理由もあるが、使えないからこそ受けても意味がないという理由の方が大きい。過去には多くの賛辞を浴びた。天才、鬼才、異才、錬魔術の歴史を変える偉大な少年、彼はその言葉に応えてきた。周囲が期待するそのぶんだけ、いやそれ以上に彼は期待に応えた。だが、今は何もない。彼が出来ることは学び続けることだけ。実戦では役に立てなくとも、錬魔術を使えなくても役に立つすべはある。



 だが、具体的なすべと何か。それは未だ分からない。だからこそ、とりあえず今は進むしかない。彼はその劣等感を抱えながら初授業を受けるのだった。



「おい、見ろよ。あれ、リリィー・ホワイトじゃないのか?」


「だな。色付ツヴェートと王女と一緒にいると思ってたが、今日は一人か。ってか、あいつは講義受ける意味あるのか? 二重コード理論の発見者だろ?」


「さぁな。でも、所詮は過去の英雄。隠居でもしとけよな」


「隠居って……でも、確かにそうだな」


「だろ? もうあいつはロクに錬魔術を使えないのに、それでもあがいて学院で学ぶってか。やっぱ英雄様は考えるとこが違うね」


「そうだな、俺たち庶民とは違うな」



 講義室に入ると、侮蔑ぶべつ嘲笑ちょうしょうする声が聞こえてくる。妬み嫉みはあるとは思っていたが、いきなりかと思うも決して顔に出すことはない。自分はもう、誰かに何かを言う権利などないのだから。そんな卑屈な精神状態のまま教室の前方へと進んでいく



 そして、最前列に着席するとすぐさまテキストを取り出し予習をするのだった。



 そんな彼を後方から見る青い髪、青い目の少年。嘲笑する者たちとは異なる視線。そこには確かな憎悪があった。だが、今はその時ではない。そう考え彼はリリィーから視線を外すのだった。




「では、コード学の授業を始める。テキストの3ページを開きなさい」



 初老の男性が入ってくると、いきなり授業が開始される。今回行われる授業はコード学。コード学とは錬魔術の発動プロセスにおいてもっとも重要な、コード理論を研究する学問。現在、練魔術研究で最も盛んなのがこのコード学である。だからこそ、学びにくるものは多い。しかし、レベルは錬魔術の基礎を完璧に理解していないとついていけないため、この教室にいるものは例外なく錬魔術について一定のレベルまで達している。また、履修できる学年は高等部なら誰でも可能だが、席はほぼ3年生で埋まっている。



「コード、と言うのは情報形態の一種でそれは第一質料プリママテリアから変換されるもので……」



 そして、講義が進んでいく中、リリィーの隣にいきなり何者かが着席してくる。



「やぁ、リリィー。昨日ぶりだね」


「ノエルか。どうした、寝坊か?」


「はははは、昨日も遅くまで研究していてね。お察しの通り、寝坊さ。それにしても、君はなかなか人気があるようだ……後ろからの視線を独り占めじゃないか」


「……そんな愉快なものだったらいいんだけどな」



 乾いた声でそう言う彼は少し落ち込んでいるようだった。大人びて見えるが、彼はまだ14歳。多感な時期で他人からの視線はそれなりに気になるものだ。だが、ノエルはそんな事をお構い無しに自分の考えを述べる。



「有象無象のことなど気にしないでいいさ。君は他人の評価に左右される人間なのかい? やりたいことがあってここに来たんだろ? 例え、錬魔術の行使が満足にできなくても出来ることは必ずある。実践だけでなく、知識を得るだけでも出来ることはあるからね」


「ノエル……」


「さぁ、これ以上の私語はよくない。真面目に授業を受けようか」


「あぁ……そうだな」



 リリィーは心の中で彼に感謝し、そのまま講義に集中するのだった。




「では、本日はここまで。よく復習しておくように」



 授業が終わり、教室を出ていくと再び多くの視線がリリィーに集まる。好奇心、侮蔑、嘲笑、嗤笑、あらゆるものが混ざり合った嫌な空気。



 あれがあの大戦の英雄であり、今は落ちた枯れた錬魔師ウィザード。学院で足掻きに来たかつての英雄。錬魔術が行使できないのに学びにくる愚か者。身の程を知らない、過去の栄光にしがみついた色付ツヴェートの恥さらし。



 様々な声が耳に入ってくる。



 先ほどは少しだけ心にくるものがあった。しかし、そんなものはくだらない。なんてくだらない。自分はたとえどんなに無様でも、どんなに愚か者でも、どんなに恥さらしでもやるべきことがある。この国のために、そしてあの戦争をとしてやるべきことがある。




(レイラ、アーロン……俺はお前の死を無駄にはしない。お前の分も生きる。それが例え、どんな無様であっても……)



 かつての戦友の名を想起しながらも、彼はそのまま進んでいくのだった。




 § § §



「お、リリィー帰って来たな。今日は一緒に組手でもしないか?」


「すまない、今日は少し自主練したいんだ」


「……そうか。飯の時間には帰って来いよー!」



 軍の宿舎に帰ってくると、中にいた仲のいい軍人に誘われるも彼はそれを断って自室へと向かう。


 そして、自室に荷物を置くと一人で誰もいない演習場へと向かうのだった。




「よし、誰もいないな」



 演習場にやって来た彼は周囲に誰もいないことを確認して、錬魔術の発動を試みる。



第一質料プリママテリア=エンコーディング=物資マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング》


《エンボディメント=物資マテリアル



「ハッ!!!!」



 声に出して力んで見るものの、錬成陣からは何も錬成されない。ただ、くるくると空中を回るだけ。何度となく見た光景。あの日、戦争を終えたから数日後と同じ。プロセスは確実に進行している、コード理論は間違いなく適応できている。しかし、まるでかのように錬魔術が最後まで発動することはない。



 第一質料プリママテリアをコード化することには成功している。だが、肝心の物質マテリアルを錬成するまでたどり着けない。これが現状。毎日、毎日、毎日、何度も試みるも成功しない。いい加減、心が擦り切れそうになる。昔は、英雄と呼べれていた時は、呼吸するのと同様に錬魔術を使えていた。まさに自由自在。イメージするだけでどんなモノも錬成できた。


 それを取り戻すために彼はここで毎日足掻き続けている。




第一質料プリママテリア=エンコーディング=物資マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング=連鎖錬成チェイン


《エンボディメント=物資マテリアル



 次は別の方法で錬成を試みる。錬成過程に連鎖錬成チェインと言うコードを加えて錬魔術を行使。



 すると、目の前でくるくると回転している錬成陣が一気に50ほど増える。彼の目の前には50以上の錬成陣が展開されている。しかし、やはりそこから先には行けない。



「くそッ!!!!」




 そう言うと、薙いだ右手で一気に錬成陣を消し去る。通常、発動した錬成陣を消すにはそれなりの時間がかかる。と言うのも、一度進行したプロセスを解除するには再びコードを読み直す必要があるからだ。



 しかし、彼はで全ての錬成陣を消し去った。


 使用したのは対物質アンチマテリアルコード。錬魔師の中でも、彼だけが使える技術。だが、それは今の彼には何の役にも立たないものであった。



対物質アンチマテリアルコード……なんでこれだけは、使えるんだよッ!!!」



 空中に崩壊した錬成陣のカケラがパラパラと舞いながら、空気へ混ざっていく。幻想的な光景。夕日に照らされながら様々な色合いを見せる多くのカケラ。



 一方の、彼の心情はそんな光景とは正反対に荒れているのだった。


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