第10話 錬魔術:実践

 


 王立ファルベリカ錬魔術学院には多くの場所に自習室が存在する。しかし、自習と言っても机と椅子が必要な座学的な内容だけではない。この学院では錬魔術の実践もまた、重要な学ぶべきことである。だからこそ、屋外にはいくつか演習場が存在する。3人は事務室で手続きを済ませ、第一演習場で実践を行うのだった。



「王女、今まで錬魔術を使ったことは……?」


 レベッカは少し間を置いてからその言葉に応える。


「ありますけど、本当に最低限のレベルなので……飛び級したいと言う気持ちはありましたが、やはり王族という理由で特別に便宜がはかられたのでしょうか…」


「この学院がそんな便宜を図るとは思えませんが……」


 リリィーの言葉にアメリアも同意する。


「そうね、流石にそれはないでしょうね」


 そう話しているとレベッカはじーっと、リリィーと隣にいるアメリアの目を交互に見つめる。二人はそれにたじろいでしまうも、リリィーは何とか反応する。



「な、何か??」


「その、二人とも私に対して敬語はやめてくれませんか?? 私も同じ学生なのです。この学院にいる間だけは王族のことを忘れてくださいませんか??」



 その言葉にすぐに反応したのはアメリアであった。彼女は王族を守るために存在する組織である、聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンクナイツに所属している。いくら王女の言葉とは言え、それを許容することはできないのである。



「そんな!! それでは周りの者に示しがつきません!!」


「おい、アメリア。王女のご要望だ。王族と言っても俺たちと同じ歳、色々と思うところがあるのだろう。それに同じ歳の人間に学院でも過度に気を使われることは良いことじゃないのはわかるだろ?」


 たしめるようにそういう彼の言葉を、アメリアはしっかりと理解し渋々ながらもその提案を受け入れるのだった。


「そうね、確かに敬語だったら友達も……分かりました! じゃない! 分かったわ! 学院の中では友人として接することにするわ! よろしくね、その……レベッカ……!!」



「あははは。そんなに緊張しなくても、改めてよろしくアメリア」



 二人が握手する姿を見て、リリィーは過去を想起しそうになるも、それはレベッカの言葉により遮られる。



「じゃあ、その……リリィーもよろしくね」


「あぁ、よろしく頼むレベッカ」


「うー!! 同い年の、しかもお友達ができるなんて! 私、思い切ってこの学院に来てよかったわ!!」



 なぜか異様に赤くなり、声も少し震えているレベッカだったが、二人はそれを追求せずに微笑ましい目で見ていたのだった。




 § § §



「錬魔術を行使する際、大切なのは第一質料プリママテリアを知覚すること。そうすれば後はコード化することができるはずだ。王族の血なら、資質に問題はないはず。まずは目をつぶって、空気の流れを感じ取って……」


「目をつぶって、空気の流れを……」



 リリィーの指示通りにレベッカは行動を始まる。肌に感じる空気の流れの中に、彼女は微かな違和感を感じる。



「何か、何か違和感を感じます」


「それだ。それは空気に混じっている第一質料プリママテリアを感じ取っている証し。その調子で感覚を研ぎ澄ませて……」


「はい……」


「よし、それくらいでいいだろう。次は実際に間近で錬魔術を見れば……」



 第一質料プリママテリアはこの世界の物質の全てを構成しており、それは空気中にも含まれている。錬魔術の行使は主に、空気中に混ざっている第一質料プリママテリアを使うところから始まる。そのため、レベッカにまずは感じるという初歩的なことから始めさせたのだ。



 そして、リリィーは隣で自分の役目を欲しそうに見ているアメリアに錬魔術を使うように頼む。



「アメリア、何か錬成してみてくれ」


「オッケーよ。物質と現象どっちにする? それと錬成陣は使ったほうがいいよね?」


「授業と同じで、氷の物質にしよう。錬成陣は使ってくれ。高速錬成クイックは今は参考にならないからな」


「オッケー!!」



 アメリアはそのまま五芒星の錬成陣を人差し指で空中に描く。




第一質料プリママテリア=エンコーディング=物資マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング》


《エンボディメント=物資マテリアル




 すると、錬成陣がゆっくりと回転し始め、次の瞬間には氷でできた小さな薔薇の花束が錬成される。



「よっと。こんなもんかな?」


「すごいすごい! 授業で見たものよりも緻密で綺麗ね!! 氷でここまで綺麗に成型できるなんて、さすがアメリアは聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツね!!」


「いや、それほどでも〜」



 レベッカが過剰に褒め、アメリアが照れているが実際に今の錬成はかなり高度なものだった。通常、氷という物質を生み出すだけなら容易だが、それを薔薇の花束という形に錬成するにはかなりの練度が必要になる。まずは薔薇をイメージし、それに包んでいる紙の部分も含めて具現化する。そのプロセスを追加するだけでも、かなりの練習が必要になるからだ。



 正直、ここまでのレベルは求めていなかったが、リリィーはレベッカのやる気が上がっているようなので良しとするのだった。



「じゃあ、レベッカもやってみるか。初めは心の中でコード理論をしっかりとイメージすることが大事だ。それと錬成陣を作ること。慣れている人は錬成陣なしでも大丈夫だが、数年間はしっかりと使ったほうがいい」


「あ、私いつも錬成陣は蔑ろにしてました………コード理論さえ適応できればいいと思っていたので……」


「誰か指摘する人はいなかったのか?」


「その……私が王女だからでしょうか……みんな特に何も……」


「そうか。まぁ、今日から修正していけばいいだろう」



「わかりました! それではやってみますね」



 そういうと、レベッカは目をつぶり錬魔術の行使に入る。



 右手の人差し指で円を描きその中に五芒星を描いていく。錬成陣とは外界の世界と切り離した場所を意図的に作り出す領域。錬成陣の内側には第一質料プリママテリアとコードしか存在しない。そのほかの大気中の物質はすべて遮断カットされる。そうすることで錬成をよりスムーズに行えるのだ。もちろん、慣れているものは規模にもよるがその過程を省略することも可能である。



第一質料プリママテリア=エンコーディング》


《エンコーディング=物質マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング》


《エンボディメント=物資マテリアル



 脳内で今の工程を処理すると、空中に浮かんでいる錬成陣が僅かだがくるくると回り始める。そして、青白く発光すると徐々に綺麗な薔薇が錬成される。薔薇の数は一つ、錬成スピードも遅い。しかし、リリィーとアメリアは初めてでここまでできるとは思っておらず、思わず表情に出てしまう。



「やった!! 綺麗にできました!」



 右手にしっかりと氷の薔薇を握ると、二人にそれを見せびらかす。レベッカは意外とすんなりできたことに喜びと達成感を感じていた。



「レベッカ凄いわね! 本当に苦手だったの??」


「うーん、なんか今日はうまくいったみたい……なんでだろう?」



 仲睦まじいやり取りをしている中、リリィーは何やら考えことをしていた。




(流石は王族だが、この精度は凄いな。昔の自分を美化するわけじゃないが、あの時の俺に匹敵する錬成精度だ。やはり王族の血は錬魔術に馴染んでいるのか?? しかし、本人の指摘との齟齬が激しいな……これは何か……)



「ねぇ! リリィーも凄いと思うわよね!!」



 そう言われて初めて彼の意識は現実に戻ってくる。



「あ、あぁ。レベッカは真面目に取り組めば一級錬魔師になれるかもな」


「本当に? それならもっと頑張ってみようかな!!」




 それからアメリアとレベッカは二人で錬魔術をなんども使い、様々な物質を錬成した。一方のリリィーはその様子を微笑ましく見つめていたのだが、心の奥底にある違和感は拭いきれないのだった。

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