第5話 王立ファルベリカ錬魔術学院



「じゃあ、ちょっと時間あるから早めに行って校舎でも案内するわね。それでいいよね?」


「あぁ、よろしく頼む」



 そうして2人は再び並んで歩き始める。


 目指すは教育学区と呼ばれている第3区。


 そこにある王立ファルベリカ錬魔術学院へ二人は向かう。創立200年ほどで歴史はまだ浅いが、そこでは世界最先端の学問であり実践術でもある錬魔術を学ぶことができる。


 また、初等部から高等部、さらには大学まで一つの敷地に収まっている。


 このような形式となっているのは創設者であるフリージア・ローゼンクロイツの方針である。


 それぞれが独立したスクールで構成されており、かなり広大な学び舎として世界でも群を抜いている。


 そして、最先端なのは錬魔術だけではない。形式科学、自然科学、社会科学、人文科学、応用科学もまた世界最高峰。その中でも錬魔術は自然科学に分類されている。そのため、国内では特に自然科学が発達している傾向にある。設立当初は、錬魔術の研究とその知識を提供をすることが目的であり、自然科学系の学問しか学ぶことができなかった。しかし、最近ではあらゆる学問が研究されるようになったのだ。全ては知の探求が目的。学びを求める者にとってここはまさに楽園であった。


 そして、このように充実しているからこそ、国内だけでなく国外からも学びに来るものは多い。



 リリィーはその学院に通うことになる。今まではあまりの天才性故に教育機関から教わることは何もないと彼は思っていたし、周りもそれを許容していた。



 しかし、今はそうは言ってられない。彼の今の力は一般人とさほど変わりはないのだから。そんな彼はなんとか代替となる力はないかと、藁にもすがる思いで入学を決意したのだ。




「リリィーは初めての学院生活になるけど……緊張とかしない??」


「なんだそんなことか。特に心配はしていない、どうせ一人になるのは分かりきってるしな」


 そんなことをさらっと言うリリィーに不満があるアメリアは、すかさず文句を言う。



「そんなの、分かんないじゃない。友達だってできるかもしれないよ?」


「いや、それはないな。俺は……あの戦争の英雄だ。自分で言うのもなんだが、あの戦争の功績は大き過ぎた。そして、国も……俺を祭り上げたが……今はただの一般人みたいなもんだ。俺ならそんな奴には近づかないな。何より、錬魔術での実戦経験があるところが問題だ。それはほとんどの王国民が知っているからな。加えて、同い年よりも精神が成熟し過ぎている。周りと合わせられる自信は……俺にはない……」


「リリィー……」


 淡々と事実を述べるその姿は痛々しかった。きっと、彼は今は気にしていないと言いたかったのだろう。しかし、昔から彼を知っているアメリアは分かってしまう。その苦痛が、辛さが、悔しさが、彼の言葉の全てに含まれていることを。



 あまり過去の話はしたくないのだが、彼女は意を決してその話題に向き合うのだった。



「私は知ってるからさ……リリィーが人を殺すために錬魔術を習得したんじゃないってこと。誰よりも努力家で、そして好奇心旺盛。それがあなたでしょ? それなら、昔みたいに……二重コード理論を体系化したときみたいにいっぱい勉強したらいいんじゃない??」


「……そうだな、せっかく入学するんだ。少しはあのときみたいに楽しむようにしてみるさ」



 にっこりと微笑む彼女の笑顔は無理をしていることが容易に理解できた。だが、それを指摘するような野暮なことはしない。リリィーもまた、知っているのだ。この幼馴染の苦労と努力を。お互いに、この国の根幹を成している色付ツヴェートだから分かってしまう。その境遇の過酷さと言うものを。


 そして、その責任の重さは今のリリィーにはない。彼はすでに地に落ちた天才。未だに期待するものは彼の身内と、数少ない友人だけだ。


 だが、アメリアは未だにその重圧の中にいる。最年少での聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツへの入団。さらに、扱う錬魔術もすでに国内でもトップクラスに迫っている。また、その可憐な容姿も相まって彼女の人気は高まるばかりだ。



 リリィーは心の中でそんな彼女に感謝を述べ、そのまま学院へと向かうのだった。



 § § §




「お〜、すげー広いな。噂には聞いていたが、本当に広大なキャンパスだな……ここは」



 第3区に足を踏み入れた瞬間、そこには広大なキャンパスが広がっていた。目の前には学び舎に続く道が拓けており、針葉樹の木々が左右に並んでいる。そして、現在は8時30分と早い時間だが、それなりの数の学生がいた。



 第3区は教育区と呼ばれているが、実際は学生街といったほうが正しいだろう。学生のためにある街。ここでは年齢を問わず、学問を学びたい人間が出入りしている。特に大学ではその年齢はさらに多種多様になる。50歳の人もいれば、70歳の人ですら大学に入学し、学問を探求しているのだ。



 この学生街を作り上げた、フリージア・ローゼンクロイツは学問に年齢は関係ないと言った。そのため、飛び級だけでなく、学年に留まることや、戻ることさえ可能という制度を作り上げた。さらに何と言っても、王立ファルベリカ錬魔術学院は学費が無料なのだ。さすがに、購買の商品などは金銭が必要だが、学ぶだけなら誰にでも平等に機会が開かれている。この方針もまた、創設時から存在している。



 教育超先進国。それがこのファルベリカ王国の繁栄の一旦を担っているのは間違いない事実であった。




「私も最初に来た時は驚いたわよ。まさか第3区全てが本当に学院の敷地なんて思いもしなかったから……さて、私たちが入学する高等部はこっちよ」



 アメリアが颯爽と前を歩くのについていきながら、リリィーは辺りをキョロキョロと見回していた。



 煉瓦れんが造りの建物が至る所にあり、学院に行くまでの道にはカフェや日用雑貨を取り扱っている店舗があった。


 彼はそれを見て、自分は普通の学生になったのだとしみじみと思いながらアメリアの後を追う。



「ここね。高等部は流石に、中等部よりは広いみたいね」


「は〜、そうなのか」



 二人が辿り着いた場所は第3区の東側にある高等部の校舎。この学院では初等部、中等部、高等部と学年が上がるごとに人数も増える傾向にあるのでアメリアの指摘はもっともだった。



 そして、二人で少しの間その大きさに圧倒されていると見知らぬ人物が声をかけてくる。



「あら、アメリアちゃんじゃない。入学式はもう少し後よ? 見学にでも来たの?」



 そう言いながら、長い艶やかな黒髪をした女性が近づいてくる。アメリアよりもメリハリのあるその体つきにはリリィーも思わず驚いてしまう。もっとも、それを表に出すような醜態を晒すことはなかったが。



「あ、メリッサさん! おはようございます!! 今日はちょっと早く着いちゃって……リリィーに学院の案内をしようと思って……」


「そう……えーっとリリィー・ホワイトくんよね?」



 面識はなくともリリィーの名前は錬魔術に携わっている者の間では有名なので、彼は彼女が自分のフルネームを知っていることに特に疑問を持たなかった。


 そして、リリィーもまた彼女のことは面識はないが知っていた。そのため、スムーズに会話を進行させる。



「初めまして。リリィー・ホワイトです。メリッサ・ブラックさんですよね? これからよろしくお願いします」



 そういって右手を差し出す彼に、メリッサはすぐに答える。



「あら、あなたに名前を覚えてもらえてるなんて光栄ね。付け加えると、高等部の生徒会長もしているのよ? うふふ……」



 にこりと微笑む彼女は年齢以上の色香が感じられた。だが、その目は笑っていない。何かを値踏みするようにリリィーを見つめるの瞳は恐ろしくもあった。



「生徒会長ですか。それは、流石ですね。アメリアからメリッサさんのお話はよく聞いています。それに、聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツの一員である貴女の名前は有名ですよ」


「そうね……うふふ。色付ツヴェート同士、仲良くしましょ?」


「……えぇ、メリッサ先輩には教えてもらいたいことが沢山ありますので」


「あらあらあら〜、お世辞が上手なのね〜。うふふふ」



 二人が初対面にもかかわらず、打ち解けたやり取りをしているのを見てアメリアはこう思った。



「あれ? 私ってもしかして蚊帳の外……??」



 こうして学院での生活が始まる。

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