10

 八不思議、7番目の怪談の舞台は校舎突き当たりにある女子便所だった。



「7番目にして真打ち登場だね。女子便所に住む佐々木さん。便所でしゃがんでいると、便器の中から手を伸ばして女児の尻を撫でて脅かすそうだ。ただの変態だね」



「何で佐々木さんなんだ?」



 あの『佐々木』は本名ではないし、こちらの方が先に『佐々木』と名付けられたのであろうが、親友の名前と同じ名を変質者的な妖怪につけられるのは、あまりいい気分ではなかった。



「知らね」



 小泉の返答は冷淡だ。変態妖怪佐々木さんにはあまり興味がないようだ。



「一応ここも調べていくか?」



 佐々木さんが出るという汲み取り式便所の中を覗く。真っ暗な底なし沼の如き暗闇は、想像力豊かな子供からすれば、地獄と繋がった魔界の入り口に見えなくもないのかも知れない。



「うーん、いいかな。臭いし汚いし」



 自由気ままな遊び人は、鼻をつまんだまま答えた。さっきから、出入り口の側に立ったまま、中に入ってくる素振りを全く見せない。


 日が当たらず、湿気が多く、長年かけて染み付いた悪臭は不快で、長居したい場所ではなかったが、あからさまに人任せな態度は鼻に付く。



「臭くても汚くても、任務なんだから我慢しろ。貴様も早く中に……」



「あのさあ、すごい言いづらいんだけど、いい?」



 言葉を遮られ、イラついた明智は小泉を睨みつけた。

 勿論、睨まれた当人が己の態度を反省している様子は微塵もないが。

 大仰に肩をすくめ、やれやれと外国人がするような仕草をした。腹立たしい。



「明智ってば熱くなってるし、八不思議辿って歩くのも楽しんでそうだったから言えなかったけど、俺はもうこの任務の着地点が見えちゃっているんだよね。貴様が目星をつけたとおり、校長室の金庫に俺たちの『探し物』は入っていると思うのだけど、あそこの鍵番号、分かっちゃった」



 あはは、ごめんね、と全く謝意のこもっていない謝罪をされた。



「……何でそれを早く言わない」



「いや、だから明智楽しそうだったし」



「人のせいにするな。しかも、微塵も楽しくなんてなかったぞ」



 今日何度目かも分からぬ、勘弁してくれと頭を抱えたい衝動に駆られる。



「まあ、白状すると、明智が一生懸命地道な調査をやっているのを見ているのが面白かったというのもある。この前、山本の兄貴と組んで、色々思うところがあったのだろう? 佐々木から聞いたよ。何があったのか、その結果、貴様がどう変わったのか、見てみたかったというか……」



 だが、意外にも軽薄者の同期は急に真顔になって言い訳をした。ずるい。そんな顔をされては、「任務中にふざけるな」と怒れなくなってしまう。


 加えて、山本の話は、本人の了解もなく気安く吹聴できるようなものではない。

 彼の捜査方針くらいなら話しても問題ないかも知れないが、それを話すと、その周辺事情に興味を持たれてしまう危険性があった。

 穏やかで優しげだが、深い悲しみを湛えた奥二重の瞳が瞼の裏に映った。

 いたずらに触れてはならぬ深淵が彼の双眸には潜んでいる。



「別に大したことはない。佐々木が大袈裟に話しただけだ。それより、金庫の番号が解ったなら、校長室に戻ろう。早く帰りたいのだろう?」



 話題を山本から逸らしたかったし、何より無駄骨は明智だって折りたくなかった。


 山本のやり方も、一見重箱の隅を突くようでいて、決して意味のないことはしていないのだ。

 彼の場合、前職時代からの経験に裏打ちされた勘があるからこそできる技なのかもしれないが、自分も見習いたいと思っている。



 明智の提案に小泉は、意味深な微笑みを浮かべ無言で頷いた。

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