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「見よっ! これが未来人の証……って、あれ?」
意気揚々、自信満々に白衣のポケットに右手を突っ込んだ自称未来人は、取り出した空の手のひらを見下ろし、首を傾げた。
「間違えた。こっちだっけ? え、違う。ズボンの尻ポケットだったかも……。あれ? ない……。ジャケットは着てないし。腹巻きも今日はしてない……。え? ないの? 嘘。嘘。嘘……」
独り言を呟きながら、彼はポケットというポケットをまさぐり始めたが、ネジや飴玉の包み紙、丸めたメモ用紙などのゴミやガラクタは出てきたが、目当ての物は一向に見つからないようだった。
「いやいや、落ち着けジョージ。どこか別の場所にしまったんだよ。うん。思い出せ……思い出せ……」
不安な気持ちを紛らわそうと作り笑いを浮かべた頬は引きつり、焦げ茶色の瞳は虚ろに泳いでいる。色白でもやしのような肌は青ざめ、暑さが原因ではない汗が柔らかそうな前髪を湿らせていた。
「広瀬、もう茶番はやめよう。失せ物なら、一緒に探してやるから」
明智そっちのけで、切羽詰まった表情で空のポケットを何度も確認している青年に提案すると、彼はムキになって叫んだ。
「簡単に失せ物とか言うなよ! まだ失くしたって決まった訳じゃない! あれがないと……あれがないと……」
「あれがないと?」
「あ……あ……。やだ。どうしよう。ひいじいちゃんに会って助けて貰う訳にはいかないし……。どうしよう」
どう探しても『あれ』が見つからないと悟り始めた自称未来人は、半狂乱に陥り、髪を掻き毟り、頭を抱えてうずくまった。
「おい、広瀬。落ち着け」
「だから広瀬じゃなくてジョージだよ!」
驚いたことに、こちらを見上げた白皙の頬には涙が伝っていた。何だか事情はさっぱり分からないが、ただならぬ状況だと悟った明智は、腰を落とし、小刻みに震える背中をさすってやった。
特に意識はしていない、気の毒に思った故、咄嗟に取った行動だった。
「……っ、おじいちゃん」
ひくひくとしゃくり上げながら、自称ジョージは甘えた子供のように明智の程よく筋肉のついた胸板にしがみついた。
態度こそ柔らかいが、いつも斜に構え、自尊心の強い広瀬らしからぬ素直な行動に面食らう。
やはり、この男は広瀬ではないのだろうかという疑念が頭に過ぎり、慌てて打ち消す。
「ジョージ、まだ俺は貴様の言っていることを信じられないのだが、仮に貴様が広瀬の曽孫なら、困った時こそ、ひいじいさんに頼ったらどうか?」
刺激しないよう、あくまで相手の言い分を立てた物言いで、広瀬の目を覚まさせようとしたが、泣きじゃくる青年は首を横に振った。
「それはできない。ひいじいちゃんと僕が会うのは、とても危険なんだ。お互いの存在を打ち消しかねない。最悪、二人とも消失してしまうかも。それくらい過去にいる血縁者と会うのは危ない行為なんだ」
そこまで言われてしまうと、強く出れなくなってしまう。
別の方法でアプローチをかけた方が得策だと判断する。
「広瀬に直接会えないのは分かった。ならば、まずは『あれ』とやらを探そう。そもそも『あれ』って何なんだ? 大事な物のようだが」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、白衣の袖で拭き、自称ジョージは答えた。
「携帯端末さ。手のひら大の板みたいな機械で、ほとんどの未来人は一人一台持ち歩いている。電話と百科事典と地図、その他諸々の機能を合体させた端末だ。僕はそれを自分で改造し、時間旅行機能を搭載させて、この時代に来たんだ。だから、あれがないと未来に帰れない。色は白色で、一面だけ映画のスクリーンみたいに文字や画像を映す面がある。それから、ビーズで作った古びたお守りがついてる」
「……つまるところ、タイムマシンを紛失したということか?」
コクリと頷かれた。
学生時代に読んだ海外の空想未来小説では、タイムマシンは乗り物型だったが、手のひら大の板で時間旅行が可能とは、斬新な発想だ。
彼の話す未来の携帯端末とやらについては、あまり理解できなかったが、もし真実なら、このジョージと名乗る未来人は相当な間抜けであり、危機的状況にあることは明白だった。
「何故、そんな大事な物を失くしたのか?」
「知らないよ。気づいたら失くなっていたんだ。おじいちゃん、雰囲気とか察しないで、思ったことそのまま聞いてくるの、昔からなんだね」
すっかり肩を落とし、顔面蒼白になりながらも、自称ジョージは痛々しく笑った。
未来人云々については、未だ半信半疑だが、とてもではないが、放置できない、力になってやらねばと明智は思った。
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