57*離れていても

 ふと目が覚める。


 ロゼフィアはむくっとベッドから起き上がり、顔を洗いに行く。中は森にある家と同じ内装。全く同じなので慣れた様子で顔を洗い、顔にタオルを当てる。鏡を見れば前より伸びた桔梗色の髪。研究所にいる頃は面倒な事もあってずっと伸ばしていた。だが今は定期的に揃えるくらいには切っている。それでも長さはそこまで変わらない。それが自分でも気に入っている。


 家を出る。周りには同じように小ぶりな家が並んでいる。

 そう、ここは森じゃない。そして城下でもない。


 魔女の村「シュツラーゼ・イレブノ」。


 魔女の村と聞いてどんなところかと思えば、一見普通の村と言っても大差ない。小さい家がたくさん並び、皆が協力し合って暮らしている。唯一普通と違うのは、ここに住んでいるのは魔女だけだ、というところか。


 ここに来た当初、村長であるルベリカから家を与えると言われた。見れば森にある家と同じ小さな家。「新しく建てたばかりなんだ、いいだろう?」と自慢げに言われたが、あまりにそっくりなのでその言葉が意味深だった事だけは覚えている。だが使い勝手はいいし、何より懐かしい気持ちになれる。ルベリカなりの配慮だろうと、今ではありがたく使わせてもらっている。


 まだ朝早い事もあってか、しんと静まり返っている。日だってまだ上がっていない。こんなに早起きなのはここに来てからだ。最初は軽いホームシックになってあまり眠れなかった。今じゃこの通り。ぐっすり寝ても決まった時間に起きる習慣がついている。


 ひんやりした空気を感じながら郵便受けを見る。これは毎朝の日課。

 見れば手紙が入っていた。ロゼフィアは手紙を持ってまた中に入った。


 仕事に入るにはまだ時間がある。久々の友人からの手紙に心躍った。




『ロゼへ


 元気にしてる? こっちは相変わらず元気だよ。あれからもう一年が経つんだね。歳を取る度に時間が経つのが早くてすぐにおばあさんになってしまいそうだ。なんてね。そういえば研究所でも新人が入ったんだ。緊張した面持ちだったけど、皆優秀だからこれからが楽しみだね。指導はニックくんとノアくんがしてくれる予定だよ。そういえば知ってた? あの二人、最近付き合うようになったんだよ』




 思わぬ文面に目を丸くする。

 あの二人、いつの間に。




『実はノアくんがニックくんの事好きだったみたいでね。なんだか喧嘩してたみたいなんだけど(これは日常茶飯事だね)、急にその想いを告げられたみたいなんだ。あの時慌てて相談に来たニックくん、顔を真っ赤にしてて可愛かったなぁ。でもなんだか納得いったよ。ほら、昔「おかしなお菓子」を皆で食べただろう? 媚薬入りのキャンディーを食べても誰も何ともなかったけど、好きな人がいる人には効かないんだって。ノアくんにクリスにジノルグくんに。大当たりだよね。ノアくんもジノルグくんもあの頃から好きだったんだなぁって、今更ながらに甘いなぁって思ったよ』




 前からノアの方がニックに対して厳しい態度だったが、もしかしてずっとやきもきしていたのかもしれない。相性はいい気がする。大事な研究所の仲間だ。幸せになってくれればいいなと思う。


 そして、ジノルグの事も書かれていて少しだけ頬を緩ませる。帰ってきたら伝えると言ってくれた。ちゃんと全部聞ける覚悟があるだろうかとも思ったが、それでも聞きたいと思う。きっと自分よりも、大事に思ってくれていた期間が長いだろうから。




『あ、クリスはいつも通りだよ。元気にしてる。あれから背が伸びてね、けっこうモテるようになったんだ。親としては嬉しい限りだよね。そんな事言うと不機嫌な顔をされるけど、まぁしょうがないよね。だって私は家族のように思っているんだもの』




 この文面には少しだけ苦笑する。

 相も変わらずクリスは苦労しているらしい。


 だがそれも時間の問題かもしれないと思っている。


 なぜならサンドラの手紙にクリスの事がよく書かれるようになったのだ。彼に対する「愛情」が、その時とは変わった「愛情」になったなら、クリスにもようやく笑顔を見せるかもしれない。




『そういえばジノルグくんとは手紙のやり取りしてないんだね。少し意外だったよ』




 そう、実はジノルグと手紙のやり取りはしていない。


 別に手紙くらいの関わりは持っていいとルベリカからは言われた。でも、二人で話し合って決めたのだ。手紙を書くと…………多分会いたくなる。会いたくて仕方なくなるだろうと思って、あえて送らない事に決めた。一体何年かかるか分からなくても、目の前の事に集中するために。




『理由が二人らしいよね。会えない分、きっと会えた時の嬉しさは倍以上になるだろうね。あ、ジノルグくんだけど、ロゼがいなくなってから雰囲気が変わったよ。柔らかくなった。笑顔もよく見せるようになってね。なんでだろうって皆が口々に言ってるけど、私にはなんとなく分かる気がする。一年しか経ってないけどかっこよくなってるよ。きっとロゼも惚れ直しちゃうくらいにね』




 ジノルグの話を聞いてより会いたいと思ったが、ぐっと堪える。楽しみは取っておくべきだ。自分だって、成長してる。技術だけじゃない、女性としても。慣れない化粧を今ではするようになり、見た目も気にするようになった。少しは綺麗と思ってもらえるだろうか。少しでも、そう思ってもらえたらいいなって。




『じゃあ、会える事を楽しみにしてる。またね。サンドラより』




 友人からの手紙を閉じ、ふうと息を吐く。

 嬉しい反面、やっぱり寂しい気持ちもある。


 でも、やると決めたのは自分だ。


「……よしっ!」


 声に出してロゼフィアは立ち上がった。







「まさかまた来ていただけるとは、ありがたい事ですな」

「お約束しましたから」


 ジノルグとレオナルドはアトラントス王国に来ていた。


 今回は騎士同士の交流を兼ねてだ。以前の事件で協力してもらった事もあるし、交流は一度に限らず多めに行うようにしている。それはアトラントス王国の騎士は血の気が多い人ばかりなのもある。一度交流に来た時も、次回も絶対に対戦しようだの勝負事がとにかく多い。そして対戦を志望する騎士も多い。


 とにかくこの国の騎士は遠慮を知らないようで、またの機会にと断っても絶対次会った時にしよう、と多少強引なやり方をしてくる。だから今回も早い段階で二人で来た。


「いやぁ、レオナルド殿にも後処理をしていただいて助かりました」


 ファンドは豪快にあっはっはと笑う。


 あの事件の事だろう。あの後すぐにレオナルドが動いた。大体こういう処理は早めに行うに限る。セナリアも申し訳ない事をしたとすぐに対応してくれたし、女性なのでサラに彼女の事は任せた。騎士団の連携の良さにファンドも感心してくれたものだ。


 そしてちらっとこちらを見る。


「して、紫陽花の魔女は現在遠くに行っていると」

「え、ええ」


 レオナルドは言葉を濁した。


 魔女の村に行っている事は今は誰でも知っているのだが、とにかくこの国の人は魔女の事をあまりに知らなすぎるので説明が難しい。そのため、今は遠くに行っているという事だけ伝えている。


「それは残念ですな。できれば紫陽花の魔女にも来てほしかったのですが」

「また別の機会に……」

「ちなみにいつ帰ってくるのですかな」

「え。ええとですね……」


 思わず隣のジノルグに救いを求める。

 するとふっと笑いながらフォローしてくれた。


「正式には決まっていません。何年もかかるかもしれないし、すぐに帰ってくるかもしれない」

「ジノルグ殿も知らないのですか……。それは少々寂しいですな」


 だが当の本人は口元の笑みを崩さなかった。

 少しだけ視線を下に向いたが、すぐに前を見る。


「必ずまた会えますから、それまでの辛抱です」

「ほう……。ああ、ごほん」


 なぜかファンドはわざとらしく咳払いをする。

 これは何か言うだろうなとレオナルドが半眼になっていれば、その通りだった。


「前々から気になっていたのですが、紫陽花の魔女はジノルグ殿にとってどういう存在なのですかな?」

「大事な人です」


 わりと遠い言い回しをしてくれたというのに、ジノルグは直球で伝えた。だがこれにはレオナルドも目を丸くする。確かに今では想いが通じ合ったわけではあるが、即答するとは思わなかった。


「大事……というのはつまり」

「愛しています」

「ぶっ」


 レオナルドは思わず吹きだした。

 いや別におかしかったわけじゃない。あまりにストレートだったのだ。


 だがファンドは顔を緩ませて嬉しそうな顔をする。


「ほうほうほう……! して、いつの間に? お二人は恋仲という事でよろしんですかな?」

「そうなりますが、なぜ?」

「いや実はですな、うちの騎士に煮え切らない男がいましてな、ジノルグ殿の実体験をぜひ聞かせてやってほしいです。ジノルグ殿に憧れている節がありますので、ぜひ」

「私でよければ」

「これは心強い!」


 ばしばしとジノルグの肩を叩きながら上機嫌でファンドは歩く。なるほどだから、とレオナルドは納得する。ジノルグとロゼフィアがこの国に来た時にファンドは二人の仲を気にしていた。なぜかと思えば自分の部下も関係していたらしい。レオナルドは溜息交じりに二人の後を追った。




「面白かったな」

「どこがだよ……」


 多少ぼろぼろになった状態で二人は自国に向かって馬を動かす。


 今回もたくさんの相手をさせられた。剣の対戦のみならず馬術や弓やその他の事まで……。女性の相手だってさせられた。詳しく言えば一番女性の喜ぶ言葉を言えた人が勝ち、みたいなよく分からない勝負があったのだ。


 ジノルグが優勢と思われていたが「自分にはロゼフィアがいるのでやりません」と丁重に断っていた。律儀ではあるが、今ではロゼフィアの思いを遠慮なく公表している。やはりその理由が分からなかった。


「なぁ」

「なんだ」

「今じゃロゼ殿の思いを隠さないんだな」


 散々自分はかわされたのに、とレオナルドは少しむっとする。

 だからこそ面白くなかったのだろう。同期の顔にジノルグはふっと笑う。


「隠す必要がなくなった」

「それはあれか? ディミア殿に言うなって言われたからか?」

「それもある」

「も?」


 ジノルグは迷いなく答える。


「一番言いたい相手に言いたかった。自分の口から」

「…………」


 相手は意外そうな顔をする。

 だがすぐに鼻で笑ってくる。


「お前らしいな」

「そうか」

「だから俺が聞いても答えなかったわけか」

「第三者から俺の気持ちを聞いてほしくなかった。どうなろうと、俺の口から言いたかったんだ」

「……心配しなくても皆、勝手にお前の気持ちを言わないよ」

「知ってる」


 分かっていても自分から言いたかった。頑なに避けてたのは信用している人からではなく、そうじゃない人に何か言われたりするのが嫌だったからだ。


 レオナルドはにっと歯を見せながら笑う。


「よかったな」


 一瞬きょとんとしたが、すぐに微笑む。

 ずっと見守ってくれた仲間だ。ジノルグはそれに対しこう言った。


「早くお前も見つかるといいな。女性ランキング一位」

「……うるせー」


 先程の「誰が一番女性の喜ぶ言葉を言えるか」の勝負の事だ。レオナルドが優勝した。最近めっきり減ったがよく口説き文句を言っていたからこそ勝ったのだろう。ある意味女性の気持ちがよく分かるともいえる。だが最近のレオナルドはあまり口説き文句を言わない。


 理由を問えばあっさり言われる。

 俺だってお前らみたいになりたいんだよ、と。


 だが結局勝負に勝った事で心境は複雑なようだ。

 失礼なのを承知でジノルグは笑ってしまった。







「ロゼちゃん、おはよう」

「ミキアさん、おはようございます」


 ロゼフィアが今働いている場所は小さい学び舎のような場所だ。そこでまだ幼い魔女の卵たちの成長を見守っている。実際に皆の前で講義をする事もあるが、大体はそこで働く先輩達の補助が多い。


 うねりのある茶の髪を一つにくくり、そばかす顔のミキアがロゼフィアにとって一番近い先輩である。今年三十になるらしく、魔女としても経験が豊富だ。面倒見がよく、よく話し相手になってくれる。あっさりしている性格なのでとても話しやすい。薬の作り方を教えてくれる先生でもある。


「今日はお年頃のクラスだから大変よ~」

「そうなんですか?」

「そうよ。特にロゼちゃんは大変でしょうね」

「?」


 子供達は元気が良すぎるのでいつももみくちゃにされる。しかも魔女の村、という事で女子ばかりなのだ。講義がまともにできなかった日もある。


 ミキアの言う意味が分からずクラスに向かえば、すぐにロゼフィアは理解した。


「ねぇ先生、恋人がいるって本当?」

「…………」


 今日のクラスは十四歳~十七歳くらいの子たちが主だ。

 なるほど。そういう意味でお年頃・・・か。


 ロゼフィアは頭が痛くなりつつ「ほら、講義が始まるから」とたしなめる。


「ねぇねぇ。村の外の人なんでしょ? どんな人?」

「かっこいい?」

「だから……ていうか誰から聞いたの?」

「「「「村長」」」」

「はっ!?」


 思わず声を上げてしまう。

 するとぬっと後ろから声をかけられた。


「子供達に聞かれたら答えてあげないとね」

「っ村長! 急に現れるのやめてくださいっ!」


 見ればいつの間にかルベリカがいた。

 魔法が使えるからといって気配を消して近付かないでほしい。心臓に悪い。


 ちなみにここでは礼儀も込めて敬語を使用している。


「いいじゃないか。気になる事は教えてあげないと」

「だからって……!」

「ねー先生、どんな人か教えてよ」

「恋人なんだから先生もその人の事好きなんでしょ?」

「な、」


 あまりに直球で、もごもごとしか言えなくなる。一応そういう関係でありながらも、周りにはあまり言ってなかった。ミキア以外には。


 大体こういうのはすぐに広まってしまうのだ。

 狭い村でそうだと言ってしまえば後がどうなる事か。


 すると子供達は腑に落ちない顔をする。


「なんだ。好きじゃないんだ」

「やっぱりそんなものかー。そうだよね、村の外にかっこいい人がいるかなんて分からないし」

「私は守ってくれる人がいいなー」

「え―、男性より女性の方が強いって聞いた事ある。自分の身は自分で守らないと」

「確かに。私達、魔女だもんね」


 どんどん方向性がおかしくなり、ロゼフィアは思わず叫んだ。


「好きよ!」


 すると一斉に顔を向けられた。

 若干恥ずかしいと思いつつも、言葉を続ける。


「かっこいいし守ってもくれる。確かに自分の身は自分で守らないといけないけど、でも、男性は守ってくれるの。女性を守ってくれる存在なの。だから、自分で抱え込む事はしないで。あなた達にもきっと素敵な人と出会えるはずだから」


 自分の身は自分で守る。大事な事だがこれだけになると結局独りぼっちになる可能性もある。実際自分がそうだった。自分でなんとかできる。そのせいで誰かに頼る事をしなくなる。それではいけない。助けてくれる人は周りにいるのだ。助けてもらう事も大事である。それはきっと、ルベリカの願いでもある。


 すると彼女達は目を輝かせた。


「ほんと!? ね、その人に会ってみたい!」

「え」

「ね、詳しくもっと聞かせて!」

「私達もほんとに幸せになれる!?」


 一斉に近寄って来て少し戸惑ったが、それだけ彼女達の気持ちが垣間見えた気がした。ああ、この子達には希望があるのだ、と。ロゼフィアは恥ずかしい気持ちが消え、愛おしい気持ちになる。


「もちろん! さぁ、なんでも話すからどんどん質問して!」


 急きょ講義内容を変更し、ロゼフィアは皆からの疑問質問を丁寧に答えた。




 終わった後はぐったりとする。

 思った以上に色々と濃い内容を言った気がする。


「お疲れさん」


 ルベリカはくすくす笑いながら温かい飲み物を出してくれる。

 講義の最初から最後までいたのだ。


「いやぁ、いい講義だったよ」

「そ、そうでしょうか……」


 ほとんど自分の内容だったので、やはり恥ずかしさはあった。しかもルベリカとミキアに聞かれたのだ。本来はミキアが行う講義であったし、申し訳なさもあったが「よかったわよ!」と絶賛してもらえたので安心した。


 ルベリカはゆっくり飲み物に口をつける。


「やはり私の目に狂いはなかったね。お前さんを呼んでよかった」

「え……」

「仕事はしっかりこなしてくれるし、最近また作れる薬が増えたんだろう?」

「は、はい」

「成長しているね」


 金の瞳が真っ直ぐ自分を見つめてくる。

 褒めてもらえたのだと、素直に嬉しくなった。少し感極まる。


「ま、だからってすぐに帰さないけどね」


 あっさりにこっと笑われながら言われる。それに対しうっ、となる。

 やはりその道のりは果てしないらしい。


 だが、自分としてもまだ足りないと思っている。だからこそ、簡単には帰れない。本当の意味で立派になった時、彼の元に帰りたい。そして皆の役に立ちたい。


「まぁでも本当によくやってるよ。そんなお前さんには……」

「?」

「褒美をあげないと」


 ルベリカは口元だけ笑う。

 その顔が何を考えているのか、ロゼフィアには分からなかった。

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