その100「雨のち晴れ」

「姉ちゃん姉ちゃんっ!」

 今日も今日とて、僕は姉ちゃんのことを呼ぶ。

「身体を震わせて飛沫を飛ばすわんこの如く傘を回すのやめなさい」

「傘持ってきたぞっ」

「うん、ありがとね」

 本社でのデビューの話がお流れになって、数週間後の休日。

 姉ちゃんが商店街に買い物に行って、しばらく後に雨が急に降ってきたので、僕が傘を持って迎えにきたのだ。

「しばらくしたら止むって予報だったけどね」

「でも姉ちゃん、観たいテレビあるでしょ?」

「よくわかったわね。だから迎えに来てくれたの、感謝してるわ」

「はは……っと、姉ちゃん、荷物持つぞっ」

「え? ありがと」

「道路側は危ないから、姉ちゃんはこっち歩こう」

「うん」

「水たまりだ。先行くから僕の後ろ歩いて」

「……あなた、いつの間にかイケメン力が成長してるわね」

「姉ちゃんも部活を通して成長してるって、神様から聞いたぞ」

「私はまだまだよ。新参だし」

「でも一点、残念ながら胸部だけはこの先――」


 ゴチン


「訂正。あなた変わってないわ」

「いや……これ、神様が言ってたことだぞ……」

 痛む頭をさすりつつ、気を取り直して、

「まあ、姉ちゃんや皆とずっと一緒に居たいのは変わらないけど。この先、僕達は少しずつ成長して、変わっていくのかもしれないな」

「大人な物言いをするわね」

 姉ちゃん、感慨深げに息を吐いた後に。

 少しだけ。

 何かを考えてから、

「でも……変わらなくてもいいことだって、あるわ」

「? どういうこと?」

「例えば……一つ、質問するわね」

「質問? いいぞ」

 一息。



「あなたの好きな人、誰か教えて?」

「姉ちゃんっ!」

「そう――私も、あなたが大好きよ」



「――――!?」

 ……お、おおおぅ。

 何か。

 すごい、グッときた。

「か、変わらなくていいことって……」

「そういうこと」

 姉ちゃん、ウインクを決めて先を歩こうとするも。


「やば。これ、思ってたより恥ずかしい……!」


 徐々に全身を真っ赤にして、膝から崩れ落ちそうになっていた。

「ね、姉ちゃんしっかり」

「結構……来るわね、これ」

「姉ちゃんの場合、慣れが必要だぞ」

「慣れ!?」

「というわけで、もう一回言ってくれっ!」

「だ、ダメよ!?」

「姉ちゃん、好きだぞ!」

「う……す……す……やっぱり、無理――っ!?」

「おおぅ、速い!? 姉ちゃーん!」


 そんな、変わらなくていいと思える、日常の空気の中。

 いつの間にか、雨は止んで。


 空は、僕の気持ちと同じく、晴れやかになってたぞ。

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今日のわんこ弟 阪木洋一 @sakaki41

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