その086「役目」

「姉ちゃん姉ちゃんっ!」

 今日も今日とて、僕は姉ちゃんのことを呼ぶんだけど。

「――――」

 姉ちゃん、いきなり僕に歩み寄ってきて、頭を僕の胸元に寄せてきたぞ。

 そのサラサラのセミロングの髪からはいい匂いが……ではない。

「ね、姉ちゃん、どうしたの」

「ん……何も匂わないわね。良質なグルーミングが行き届いたわんこスメルだわ」

「え、なに、姉ちゃん匂いフェチに目覚めたの?」

「違うわよ!? ……あなた、最近学校から帰り遅いでしょ。何か悪い付き合いがあるんじゃないかって、ついつい心配で」

「あー」

 なるほど、そういうことか。

 いろいろ匂いが付くっていうのは、漫画とかで見たことあるぞ。

「んー、ちょっと、先生と相談事があって」

「法城先生と? 何を?」

「姉ちゃんは、あまり心配しないでいいことだぞ」

「む……」

 姉ちゃん、少し不服そうだぞ。

「にしても、さっきはびっくりしたぞ。姉ちゃん、いきなり顔を寄せてきたから」

「う……そういえば、そうかも。ごめんね。断り、入れておけばよかった?」

「うん。ふわっと髪からいい匂いがしたのもびっくり」

「……ちゃんと、手入れしてるからね。私だってそれくらいするわよ」

「危うく、こう、思う存分――撫で回したくなるね」

「ぃ……な、なによ、そのワキワキした手つき……!」

「と言うわけで、姉ちゃん、カムヒア」

「カムヒアじゃないわよっ」

 真っ赤になって、慌ててぴゅーっと退散する姉ちゃん。

 相変わらず、姉ちゃん可愛いなーなどと、ニヤニヤしながら思ってると。

「…………」

「ん? 姉ちゃん?」

 わりとすぐに、姉ちゃんが、顔真っ赤のまま戻ってきて、


「お……」

 わりと、背伸びしてから。

 僕の頭に手を置いて、撫でた。


「ね、姉ちゃん?」

「頭撫でるのは、お姉ちゃんの私の役目よ」

「――――」

「あなたが大きくなっても、それは変わらないんだから。絶対よっ」

「……姉ちゃん」

 とても。 

 とても温かな気持ちになった。

 姉ちゃんはいつまでも僕の姉ちゃんで居てくれる、その事実が。

 最近そういうことがなかったけど、たまには、姉ちゃんに甘えるのも悪くないかも――


 ピキッ


「いたたた!? 足がつった!?」

「おおぅ、ね、姉ちゃん大丈夫か!?」

「これだけ背伸びしても、届かなくなりつつあるって言うの……」

「ううむ、僕はまだ大ききなるから、姉ちゃんの役目は前途多難だな」

「…………私はもう大きくならないから、役目降りるわ」

「心折れるの速いなっ!?」

 台無しだぞ。

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