その060「アルバイト」


「姉ちゃん姉ちゃんっ!」

 今日も今日とて、僕は、現在エプロン姿の姉ちゃんのことを呼ぶ。

「家事の最中に、家に乗り込んで甘えてくるわんこの如くやってきたわね」

「バイト、頑張ってるか見に来たぞっ」

 最近、姉ちゃんはお父さんの紹介で、近所の喫茶店でウェイトレスのアルバイトをしているぞっ。

「今忙しいから、あまり構ってあげられないわよ」

「見てるだけで楽しいぞ。エプロン姉ちゃん可愛いし」

「……ほ、褒めても何も出ないんだからね」

 赤くなりがら、業務に戻る姉ちゃん。可愛い。

 それを見送ってから、いつものカウンター席に座ると、

「おう、また来たんか」

「フフ、ホントにお姉さんが好きなんデスねっ」

 喫茶店のマスターと、その奥さんが出迎えてくれた。

 マスターは三十代、奥さんは二十代くらいの見た目の、仲良し夫婦だぞ。

「こんちは、おじさん。もう一週間だけどしっかりやってるかって、お父さんから伝言だぞ」

「ホンマ親バカやな」

 マスターは苦笑しながら店内を見渡す。

 姉ちゃんはテキパキと仕事をこなしていて、時折わからないことがあったら、奥さんに質問しているようだ。

「この通り、助かってるねんけどな」

「? だけど?」

 と、僕が頭に疑問符を浮かべていると、


「きゃんっ!?」


 姉ちゃん、思い切りすっ転んでいた。『ずるべたーん!』の効果音付き。

「ああいう風に、やらかすことがある」

「……姉ちゃん、運動音痴だからなー。でも、食器とかは割れてないぞ」

「ああ、それは――」


「大丈夫デスか……にゃあっ!?」


 姉ちゃんのことを助け起こそうとして、今度はマスターの奥さんが盛大に転んでいた。

「昔から、ウチのもやっとるからな。食器も特注やねん」

「なるほど」

 未だに動けない奥さんを、姉ちゃんが『お、奥様、大丈夫ですか?』と助け起こす。

 二人して、足取りが危なっかしいと思った矢先、

「きゃんっ!?」

「にゃあっ!?」

 今度は揃って転倒していた。

「……ま、最近よくある光景やな」

「おじさん、苦労してるね」

「でも……まあ、その、うん」

「あー、わかるわかる」

 僕とマスターは頷き合って、


「――ドジっ娘コンビ、可愛いよね」

「せやな」


「そこの二人! 揃って和まないでくれる!?」

「アハハ……」

 姉ちゃんのツッコミと奥さんの苦笑にも、僕とマスターはどこ吹く風だ。

 しかも、


「……イイ」

「いいね」

「素晴らしい」


「お客さん達も同じ空気にならないで!?」 

 店内のほわほわした雰囲気に、姉ちゃんだけ涙目だぞ。

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