第23話 迎え撃つは……

 原田が幾度も心奪われた庭は、変わらず静謐を保っていた。

「始めまして、叔父さん」

 二人を見送り、また剪定を再開しようかと思った矢先、雪実はその声に動きを中断させられた。

「おじさん……まあ確かに最近老けたかもしれませんが」

 とぼけたように、雪実は不法侵入者である若者に語りかけた。

「ああ、そういう意味ではなくてね、続柄のことさ」

 軽い口調だった。雪実の調子にあわせたようで、その声は朗らかだった。

「貴方は私の兄が、そんなに……まあ、確かに有り得ないことではないかな」

 これまた、明るく反論しようとして、考えてみたら保障の限りではないので、雪実は訂正した。

「著作権は貴方にもあるでしょうし、貸していただくことくらいできるでしょう? ろくでなしの遺品である神国の地図をね」

 薄く笑いを浮かべて、甥は目的を伝えた。

「おや、最終巻を除けばハードカバー版『神国紀』の見返しは全て神国の地図のはずですが」

 さも当然のごとく、作家として叔父として彼は助言した。

 雪実は、その甥を名乗る若者に視線を向けながらも、何かを掴み取るように右手を斜め前方に突き出した。

「やはり来ていましたか」

 飛来した何かを握りつぶした。黒い液体が、雪実の白い手の中から漏れ出す。

 秀嗣は、雪実の文人としての面しか感じ取っていなかったため、その変化に驚いた。微笑みは崩れていないのに彼の姿からは迫力が感じられた。

「実体のない呪いを、捕らえ粉砕する、あいも変わらず訳が解らんなあ、雪実」

「いやいや、恵一君もそうですが、喪失したとはいえ、剣持の一族よりこうも霊能があるとはね……聊か情けなくなるものですよ、彰一」

 既知の間柄、命のやり取りもした二人が相対する。しかもここには、まだ秀嗣と四人の選び抜かれた精鋭がいた。

「不利が解っているなら、大人しく武器を棄てたらどうだ」

 秀嗣は、刃を叔父に向ける。

「剪定鋏をですか?」

 雪実は秀嗣に対してはどうやらふざけて通すらしい。

 後ろから襲い掛かってきた茨を防ぎつつ、雪実は笑った。

「貴方たちこそ諦めるといい、我々に関わって得なことなど何もないのですよ」

 雪実は一度忠告をし、それで相手が引き下がらぬことを確認してから、己が依代を解き放った。

 懐に入れてある手鏡は、失踪直前に秀長が完成させたもの。

 それに剣持雪実が宿したのは、神龍大明神。秀長がもっとも交信を望んでいたものの、遂に叶わなかった神霊だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る