Ⅱ-Ⅲ

「輸送隊の行動予定については、私が責任を持って調べよう。どうにか明日には行動を起こせるようにしておくよ」


「俺も何か手伝いましょうか?」


「いや、ヒュロスは休んでいてくれ。オレステスとの戦いになれば、君が一番働くことになる。今のうちに英気を養ってもらうのが、君の仕事だ」


「なるほど、それは助かります」


 ブリセイスが控えているもので。


 俺は紳士の仮面を忘れないようにしながら、軍議の場を後にする。メラネオス達はまだまだ話したいことがあるそうで、部屋に留まることとなった。


 彼らに一礼してから、俺は両開きの扉を開いて外に。


「お、いたいた」


 ブリセイスはロビーの一階、片隅で自分を隠すように待機している。

 文字通り影が差している美しい横顔は、胸に秘めた葛藤を伝えるのに十分だった。女性らしい胸も、長い溜め息で揺れている。


「どうしました、美しいお嬢さん」


「あら。人が悩んでいるところを覗くなんて、英雄も意外と品がないのね」


「たまたま目に入ることが多いもんで。……で、どうします? 俺の方は時間ありますけど、ちょっとした息抜きと洒落込みましょうか?」


「……そうね、息抜き」


 調子が悪そうなブリセイスだが、彼女は素直に俺の隣へと並んでくれた。

 以前と同じように腕を絡めて、大人びた余裕のまま歩いていく。こっちがまったくプランを練っていないことなんて、お構いなしの小走りだった。


「……ねえヒュロス君、私達だけでラダイモンに言ってみない?」


「は?」


「ヘルミオネちゃんがどんな町に住んでるか、気になって仕方がないでしょう? ラダイモンの付近には神域もあるから、二人ぐらいなら姿を隠して進むことも可能な筈よ」


「可能って……」


 嬉しい提案ではあるが、メラネオス達と話し合った手前、簡単には頷けない。


 もちろん、本音を言えば見るだけでもいいから見てみたかった。彼女の気配を、彼女の声を、少しだけでも感じてみたい。


「それにメラネオスさんも、英気を養えって言っていたでしょう? 決意を新たにするには丁度いいんじゃないかしら」


「あー、じゃあ行きます? ブリセイスさんも、なんだか興味ありそうですし」


「ええ、私ヘルミオネちゃんに会ったことないもの。あ、ちゃん、は変かしら? 召喚時期がずれて、私より年上になってる可能性もあるし」


「いや、ブリセイスさんだったらその呼び方で問題ないと思いますよ?」


 そう? と首を傾げる彼女は、成熟した女性の雰囲気を崩さない。

 ヘルミオネにはあまり無かった要素だ。これなら彼女が多少年上だとしても、不適切な呼び方にはならないだろう。


 まあいざ子供扱いされたら、当人は怒るだろうけど。


「でも行くのは夜にしましょう。見つかったら大変ですし、メラネオスさんも何か手伝って欲しいことが出てくるかもしれませんし」


「ええ、了解したわ。待ってる間は……そうね、お姉さんと一緒にお風呂でも入る? 何度も戦って、お疲れでしょう?」


「それはもう!」


 遠慮なく鼻の下を伸ばして、俺は美女の提案に飛びついた。

 アテナやヘルミオネが近くにいたら、きっと殴られそうだけれど。


「この猿があああぁぁぁ!!」


「ごほぉっ!?」


 前言撤回。殴られそう、なんて段階じゃない。


 殴られた。しかも、懐かしい声と一緒に。

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