Ⅰ-Ⅲ

『これはな、冥王が使用している『時歪みの黒衣』だ。無理を言ってぶん取ってきた』


「滅茶苦茶ですよそれ……」


「ダメよヒュロス君。女神様のすることに正当性を求めちゃダメ。適当に聞き流しておかないと、自分の身が危ういわ」


「おっと」


 説得力抜群の説明だった。

 被害者への同情を飲みこんで、俺は『時歪みの布』を拾い上げる。……何度見たってボロ雑巾の類にしか思えない。


 第一、これのどこが面白いんだろう? 現状ではゴミを押しつけられたようにしか考えられないが。

 

 首を傾げながら、俺は何となく布を振ってみる。

 途端、


「おう?」


 中から、いくつか木の実が落ちてきた。

 差し入れか――と思って布の内側を覗いてみるが、そこには何もない。ただ、妙に黒い布の生地があるだけだ。


 試しに、もう一度振ってみる。


「おお、また出てきた」


「アテナ様、これは……?」


 落ちている木の実を回収しながら、ブリセイスはアテナに尋ねた。


『この黒衣にはな、時間や空間を捻じ曲げる効果がある。まあ前者は本来の持ち主でなければ発動できないが……後者を利用した空間転移は、お前達でも使用できるぞ』


「なるほど」


 だから、この場にない物が出現したわけか。

 これなら移動する間、食料の問題は解決できるかもしれない。正直、望み通りの物を取り出す方法が分からないんだが。


『ちなみに、もっと凄いものが取り出せるぞ。ヒュロス、試してみろ』


「た、試せって、どうやってです?」


『神に縁のある存在を意識してみろ。そうだな……お前の馬などはどうだ? アキレウスから受け継いだ神馬がいただろう?』


「ああ、バリオスのことで――」


 すか、と言い終える直前、黒衣が大きく振動した。

 衣の中から出現したのは、布の面積を遥かに上回る何かだった。……話の流れからして、推測するまでもないかもしれないが。


 馬、だった。

 神々しい雰囲気を持つ白い馬。一目で名馬であることが分かるほど、その存在感は他を圧している。


 特徴的なのはその鬣。一般の馬と同じく長い毛ではなく、魚のヒレに近い。海神に仕えるある馬であることを証明するように。


「ば、バリオス!?」


『――』


 共に戦場を駆けた愛馬は、肯定の意味を含めていなないた。

 俺は驚きを隠せないまま彼を見る。こんなボロ布から神の馬が出てくるなんて、一体だれが想像するだろうか。


 しかしお陰で、移動に必要な時間は大幅に短縮できるだろう。今日中にラダイモンへ到着することだって可能かもしれない。


『というわけだ、有効活用しろよ?』


「もちろんですよ。――あ、これ、逆に物を入れたり出来るんですか?」


『可能だ。その際は冥界の方で保管されることになっている。故にこの世界で生きている、あるいは召喚された生者には使えん。注意しろ』


「む……」


 ヘルミオネと再会した際、彼女をここに入れてしまうと思ったが、駄目らしい。


 というか冥界に繋がっているのか。なら死者を呼びだしたり、その力を借りることは可能かもしれない。


 祖母が使ったアレも、ひょっとすると――

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