第二章 二つの再会

Ⅰ-Ⅰ

「……変じゃないですか? ブリセイスさん」


「ううん、そんなことないわ。よく似合ってる」


 帝都へ向かう道すがら。森があった神域から出た俺達は、集落にいた頃と同じ調子で雑談を繰り広げていた。


 と言っても、今の話題は帝国と無縁なわけではない。敵地へ潜入するに辺り、必要なことを話している。


「なかなか似合ってると思うわよ、その格好。むしろ前より素敵だわ」


「そうですか?」


 ええ、と肯定するブリセイスの微笑みに、俺は一瞬で気分を良くする。――まあ演技なのかもしれないけど、俺はそんな女も大好きだ。なにせ根が単純なもんで。


 褒められた服装を、俺はもう一度確認してみる。

 今来ているのは、薄い紫色のコート。高貴な身分の証明だそうで、名乗らずともある程度の融通は効くんだとか。


「帝国では上流階級の制服になってるの。軍人の場合は赤を使うこともあるそうよ」


「個人的には、そっちの方が良かったんですけど……」


「ごめんなさい、入手できなかったの。それにラダイモンじゃ、まだ帝国軍の軍人は珍しいわ。目立ち過ぎるのは控えるべきでしょう?」


「まあ潜入するわけですからね。……でも、正面から行くんですか?」


「あら、策略はお嫌いでしょう?」


 いつも口にしている信条を突かれて、俺は渋々頷いた。

 一方、もっと確率の高い方法を選ぶべきじゃないか? との疑いは消えない。例えば荷物の中に紛れ込むとか、誰も知らない抜け道を使うとか……。


 しかし彼女はどんどん先に進んでいく。地平線の向こうにも都市の姿は見えないっていうのに、随分と勇ましい足取りだ。


「歩いてどれぐらいかかるんですか?」


「二、三日は必要じゃないかしら。途中にある帝国軍の砦なら、そろそろ見えてくるとは思うけど……」


「え、食糧とか持って来ませんよね? 俺達」


「そうねえ」


 一大事だろうに、ブリセイスの抑揚には緊張感が欠けている。

 しかし余裕を持って微笑んでいるのも事実だった。まるでこれから、神による救いの手が差し伸べられると――


『よし、集落からは離れたな』


「うおっ」


 音もなく、乾いた地面の下からアテナが顔を出す。

 ヘパイストスと違って霊体である彼女は、俺達の頭上に上がって集落がある方向を見渡していた。


 視線で追っていけば、ありがたいことに女神の太股が――くそっ、見えない。


『……おいヒュロス、邪な視線を感じるんだが?』


「ははは、何を仰るのですか、女神よ。これは自然的な反応です。男性とっては生理現象にも等しい事柄なのです」


『――だそうだがブリセイス、どう思う?』


「掘り下げない方がよろしいかと。彼に悪気が無いのは事実ですし、どうしようもない女好きなのも事実です」


『ふむ』


 意外にもすんなり納得して、アテナは地上付近へと戻ってくる。

 ――にしても、どうして彼女はこのタイミングで現れたんだろう? あと、どうして今まで姿を隠していたんだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る