Ⅱ-Ⅲ

 改めて、ヘパイストスの家には俺とブリセイスの二人きり。美女の放つ妖艶な雰囲気に、居間は少しずつ支配されていく。


「ふふ……それじゃ、さっそくお話を始めるとしましょう? ヒュロス君が何を見て何を聞いたのか、お姉さんに教えてちょうだい」


「えっとですね、敵は遠矢の神・アポロンの名を口にしていました。その加護を授かっている、と」


「あの、頭だけになってる人?」


「そうです。巨大な……人型の蛇、ですかね? まあおかしな表現ですけど、とにかくそんな感じで。どうにか生け捕りにしてきたわけです」


「なるほど……」


 頷きながら、ブリセイスは例の男が拘束されている方向を見る。


「私は直接見たことが無いけど、それは蛇人兵ピュトーンかもしれないわ」


「読んで字のごとくって感じですけど……どういう存在なんです?」


「神・アポロンの加護を受けた、帝国軍の特別な兵士よ。この辺りにはそうそう来ないって聞いたんだけど……やっぱり、神子の存在を警戒しているのかしら」


「基本な質問ですけど、帝国ってどんな国なんです?」


「そうねえ……」


 一度頬杖を突いてから、ブリセイスは居間にある棚へと向かい始めた。

 少しして、彼女は引き出しの一つから地図を持ち出してくる。かなりの大きさで、俺達の間にあるテーブルを覆うほどの代物だ。


 ブリセイス一人に任せるのも失礼なので、俺が彼女に代わって地図を広げる。


「これは帝国南部の地図。中央に書いてあるのは帝国が管理する領地の一つ、ラダイモンね。貴方が戦った帝国兵はここから来た筈よ」


「えっと、現在地は?」


「ラダイモンの南ね。地図の方には書いてないけど」


 ここよ、とブリセイスが指でなぞるのは、帝国の都市からそう離れていない距離だった。


 見る限り、敵の攻撃をいつ受けても仕方ないように思う。先ほどの戦力が、偵察の意味も含めていても不思議じゃなさそうだ。


 彼女に聞かれた通り、近いうちに打って出ることとなる。


「――おや?」


 居間に熱気が流れ込んだかと思えば、車椅子に乗ったヘパイストスがいた。


 仕事直後のためか、彼は身体中に汗を浮かばせている。気付いたブリセイスは直ぐに腰を上げ、拭うためのタオルを運んでいった。


「ヘパイストス様、さっそくですがお話が」


「お、ヒュロス君は戻ってきたんだね。怪我とかしなかったかい?」


「はい、問題なく」


 そっかそっか、と頷くヘパイストスは、ブリセイスに押されてテーブルの前へ。二人きりだったお陰でわずかに弛緩していた空気が、適度な緊張感を帯び始める。


 まさに作戦会議といった雰囲気だ。一刻も早く帝国と戦いたい俺にとっては、好ましく迎えるまでのこと。

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