Ⅲ-Ⅱ

「ちょっと待って」


 ブリセイスに止められて、俺は彼女の背中を見送ることとなった。

 村に入っていた彼女は、番を務めている男達と何やら話している。その流れで彼らは驚きもすれば、少しばかり警戒心も覗かせていた。


 とはいえ武力で迎え撃とうとする気配はない。戦士として研ぎ澄まされた直感も、集落に敵意が無いことを感じていた。


 ややあって、ブリセイスが戻ってくる。


「お待たせ、皆に説明しておいたわ。大歓迎だそうよ。――もちろん、あの方もね」


「あの方?」


「会えば分かるわ。貴方のよく知っている方よ」


「?」


 表現に微かな違和感を覚えつつ、俺は集落の方へと足を進める。

 近付くにつれて、大勢の人々が集まっていることに気付いた。誰もが輝かしい目をして、こちらに向けて手を振っている。


 集落の中へ入った時、その感情は爆発した。


「神子様! 神子様だ!」


「ああ、これで里も救われる! 神様、ありがとうございます……!」


 少し大げさなぐらいの出迎え。家屋の中からは、まだまだ人が出てくる途中だった。


 俺は彼らに囲まれながら、ブリセイスに手を握られて奥へ。一人一人相手をしてやりたいところだが、彼女の都合はそれを許してくれなかった。


「悪いけど、皆との触れ合いは後にしてね。急いであの御方に会ってもらわないと、時間が持つかどうか分からないから」


「は、はあ……?」


 一体何なんだろう? 危機迫る雰囲気のブリセイスを、俺はじっと見つめるしかない。


 大急ぎで連れて行かれたのは、集落の中心にある大きな家だった。入口には石像が立てられており、特別な場所であることを匂わせている。


 彼女はそのままの勢いで、扉をノックした。


「ヘパイストス様、いらっしゃいますか? お探しの英雄が現れましたよ」


『な、何だって!?』


 家の中からは、バタバタと大急ぎで動くような音。

 なるほど。これは確かに、俺も知っている人物だ。最高神の一角を担う者を、人物と呼んでいいのかどうかは分からないが。


 室内の雑音が消えるまで、少しばかり時間を要した後。


「やあヒュロス! 久しぶりだね!」


 自作であろう車椅子に乗った、一人の青年が出迎えてくれた。


 どことなくアテナに似た雰囲気の男性である。一柱の神として相応しい金髪も同じ。袖のない服からは逞しい両腕が見えていた。

 肩幅も広く、男性としては比較的大柄だろう。


 鍛冶の神・ヘパイストス。

 アテナの兄に当たり、テティスに育てられた神だ。お陰で俺のアキレウスとも良好な関係であり、俺にとっては伯父のような神である。

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