#23 草原を渡る紅風

「……なんでこういう手法メソッドになるかねー……」


 上下に激しく揺られながら、紅子はまた一つため息をついた。


 地図に表示された目的地のある北東を目指し、紅子は美しい草原の中を進んでいく。

 隣にはレヴィの姿。そして二人のには、体格の良い魔物オーク

 そう、二人は魔物の背中に負ぶわれて移動していた。


「これ絶対最善の方法ベストプラクティスじゃないよね……もうちょっと、他になかったかねー」


『目的地まで移動したい』というチケットを発行した直後、現れた魔物二匹が向こうを向いて片膝をつき、「乗りな」とばかりに振り返った時はさすがに紅子も脱力した。よりにもよっておんぶとは……誰かにおんぶされるなど、大人になってからは初めての経験だ。しかもスーツ姿で。スカートがずり上がって丸見えになってないか非常に気になる。レヴィと魔物以外には誰もいないので、見られて困るわけでもないのだが……それにしても。

 魔物の背中で愚痴をこぼしつつ、紅子はなんとか自分を納得させようとする。


 ……スマートな印象があるSEの仕事だって、実際には泥臭いものだ。スーツが埃やクモの巣まみれになることも、それほど珍しいことではない。だから、こういう劣悪な環境にも慣れておいた方が、仕事へのプラスとなる事もあるかもしれない。


 また、仮に馬車とか空飛ぶじゅうたんとか伝説の神鳥とか、快適な移動手段を用意してもらったとして、それでレヴィの魔力が大量に消費されたらそれはそれで困る。いつ敵に襲われるかわからない以上、魔力は温存しておかなければならない。


 さらに、単純な命令なので魔物が素直に言うことを聞いてくれる。意味のわからない踊りを踊ったりすることもない。ビジネスパートナーとの意思疎通が円滑に進むのは非常にありがたい。


 それから……いや。いや。紅子は大きく首を横に振る。どんなに理由をつけようが、やっぱりこれはひどい。あの仕様でこの成果物は納得いかない。せっかく収まっていた怒りとやるせない気持ちがまた込み上げる。もう一度レヴィに苦情を言おうと横を向き……紅子は絶句した。


 魔物の背中で激しく揺られながら、レヴィは熟睡していた。


 どうりで静かだと思ったら……紅子は毒気を抜かれ、つい笑顔がこぼれる。最初のうちはキャッキャと騒いでいたのだが、今は熟睡中。本当に子供みたいだ。


「……タロ、調子はどう?疲れてない?」


 紅子は苦情を言うのをやめ、代わりに魔物に声をかける。

 タロと言うのは、紅子が乗っている魔物の名前だ。ちなみにレヴィが乗っている魔物はジロという。紅子の命名だ。確か、そういう名前の有名な2頭の犬がいたような……という曖昧な記憶を元に提案してみたのだが、レヴィはことのほか気に入ったようなので正式な名前となった。

 魔物タロは親指と人差し指で輪っかを作る。OKサインのようだ。


 やがて一行は、森の中へと入っていった。鬱蒼とした木々に囲まれているが、道幅は十分な広さがあるため、魔物達は速度を落とさず走り続ける。陽射しを遮るものがなかった草原とは打って変わり、ひんやりとした空気が紅子を包む。


 不意に、魔物同士が目配せし、互いに頷いた。次の瞬間、魔物は同時に急加速した。


「え?え?どうしたの?」


 慌てる紅子。前方に視線を移し、さらに慌てる。

 森の中を走る道は、前方で数メートルほどぷっつりと途切れていた。どうやらその間は、切り立った谷になっているようだ。……もしや……


「待って待って待ってちょっと待って!もしかして跳ぶの?あの距離跳ぶの?」


 魔物はさらに加速する。紅子はもう背中にしがみ付くことしかできない。


「結構な距離だよ!?大丈夫なの!?」


 魔物は得意満面な顔で振り返ると、力強く親指を立てる仕草サムズアップをした。


「やめて!その自信はどこから来るの!?再レビューを要求するわよ!あとレヴィ寝てる場合じゃないよ!ま、まだ心の準備が!い、いやあーーーー!!」


 紅子の叫びが響く中、魔物の走りはみるみる加速していき、そして。


 力強い踏み切りと共に、4人の身体は高く高く宙を舞った。

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