3章 草原を渡る紅風

#21 その色は緑

緑の格子盤グリーンボード』。

 さほど広くもないこの島とは言え、その名前を知らない者を探すとしたら、おそらくかなり骨の折れる作業となるだろう。


 この島の領土を巡り、長きにわたって魔族同士による激しい争いが繰り広げられてきた。しかし数年ほど前から、特に抜きん出た技術力、そして兵力と財力に物を言わせて急速に勢力を拡大し、ほぼ島の覇権を握るまでになった国がある。『緑の格子盤』というその名と、緑地みどりじの中央に格子を表す『#』が描かれた国旗は、この島の隅々まで知れ渡っている。


「……もー、長い長い!説明が長くてクドくてわかりにくい!半分寝てたわよもう。一言で言ってくれる?」


『緑の格子盤』の中枢である王城は、島のほぼ中央に位置する。同国の高い技術を結集して建造されたその王城は、まさに国の勢いを示す絢爛豪華な作りとなっており、栄華の象徴として堂々とそびえ立っている。


「……だーかーらー。要点を簡潔にまとめてくれないと。プレゼンの基本でしょ?もー」


 現在、この国の全権を握るのが……先程から苛立った声で話している魔族の女性だ。『緑の格子盤』初代当主、《翠玉女帝》エクシエラである。敵国からは畏怖を込めて『魔王』と称されることも多い。


「わかった、わかった。つまり、北方はおおむね順調ってことね。次までに、プレゼン練習しといてね」


 そう言ってエクシエラは、野良犬を追い払うように手を振り、同時に回線を切断した。モニターの向こうにいた北方制圧軍の部隊長は、慌てた表情で何か言いかけたが、その言葉がエクシエラに伝わる事はなかった。


「オデッサぁー。聞いてたー?」

「はい」


 エクシエラの背後、目立たない位置に立っていた女性が、返事と共にエクシエラのすぐ側まで歩み寄る。

 彼女の名はオデッサ。大人の雰囲気を振りまくエクシエラとは対照的に、小柄で幼い印象だ。しかし、豊富な知識と高い分析力をエクシエラに寵愛され、『緑の格子盤』の参謀と称されている。


「どう思う?」

抵抗勢力レジスタンスのかなり激しい反抗を受けていると思われます。報告の歯切れが悪いのもそのためでしょう。あの土地は、古神の根強い信者が多い地域ですので」

「ホント、いつまでも化石をありがたがってる連中って救いようがないわね。そんなの相手に手こずってるヤツも……ところでさ」


 エクシエラは大きく身を乗り出した。豊かな胸元があらわになる。


「レイラ姉さまの行方は?見つかったー?」


 オデッサは首を横に振る。


「相変わらず、魔力通信網ネットとの接続を完全に絶っているようです。もしくは、痕跡を残さないよう通信を書き換えているのか……いずれにしろ、全く捕捉できません」

「えー、ショックー。お姉さまったらどこに隠れたのかしら、もう」


 エクシエラは下唇に人差し指を当て、不満げに呟く。


「じゃ、地上索敵機ホリゾンタル・ルックアップからの報告は?」

「ありません」

「えー。ちゃんと探してんの?サボってない?」

「機械魔獣ですから。そのようなプログラムは……」

「わかってるわよ。マジメねー、あんたも。そこがカワイイんだけれど」


 こほん、とオデッサは小さく咳払いをする。


「ところで、エクシエラ様。一つだけ気になる報告がありまして」

「え?なになに?それを先に言ってよー」


 またエクシエラは身を乗り出した。先程よりも大きく胸元がはだけたが、本人は気にする様子もない。


「レイラ様の行方を探すのは非常に困難なので、共に反逆した者たちの痕跡を探っていたのですが」


 エクシエラの胸元から視線を外しつつ、オデッサは続ける。


「かつてレイラ様の側近を勤めていた、《紅玉の刃》ジェミィという者がいるのですが」

「あら、いたの?そんなヤツ」

「はい。割と人気もあったようですよ?非公認ファンクラブもあったようです」

「へー。興味が湧いてきたわ。会ってみたいわね」

「その、ジェミィのものと思われる魔力通信の痕跡が、南西地方の街で1度だけですが記録されています」

「えー。どうせまた偽情報ダミーじゃないの?」


 エクシエラは露骨に顔をしかめる。


「レイラ姉さま、デタラメなデータやら通信やら山ほど仕込んでくれちゃったじゃない。それに何度もダマされて……復旧するのもすっごい大変だし……」

「さすがはレイラ様ですよね。あの短時間で事を成し遂げる技術力はさすがです」

「ほめてる場合じゃないっての」


 頬を膨らませ、ふて腐れた顔でエクシエラは吐き捨てるように言う。


「もちろん、また偽情報の可能性もあります。しかし、他に手掛かりもありませんし、当たってみるのが得策かと」

「……そうね。一緒にいれば一網打尽だわ……レイラ姉さまったら、見つけたら絶対オシオキしてあげるんだから。楽しみだわ。……そうだ、どんなオシオキをするのか、表にまとめとかなきゃ……」


 エクシエラは、ぞくぞくとした快感が身体中を駆け巡るのを抑えきれず、恍惚とした笑みを浮かべる。そんなエクシエラに一礼し、オデッサは静かに部屋を後にした。

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