BATTLE CRY④
順調に探索を進め、一行は地図に示された小部屋の前にたどり着いた。二人は言動が多少オーバーではあるものの、頼りになる冒険者ではあった。
「やはり俺にかかれば、昇級試験もこの程度か……」
「ふふ、自分で自分の才能が恐ろしくなるわね……。あ、リズちゃんも中々頼もしかったわよ」
「ありがとうございます! お二人のおかげで、ここまで来れました!」
ニッカたちは、前髪をふぁさっと流しながら言った。あとは、この先の小部屋にある銅像を回収すれば試験終了だ。
小部屋に入ると「ぐるるる……」という鳴き声が聞こえてきた。ゴードンが驚きの声を上げる。
「なんで、こんなところにミノタウロスがいるんだ……!?」
松明の明かりに照らされたのは、今回の目標と思われる銅像を左手に持った二足歩行の牛の魔物であった。ミノタウロスと呼ばれるそれは、本来下層より下でなければ遭遇しないはずであり、試験官たちにとっても想定外の事態であると言えた。
「こ、ここは一旦たいきゃ……」
「でたな、ボスモンスターめ! この程度で試験だとは、おかしいと思っていたんだ!」
「私の錬金術で滅ぼされなさい!」
ゴードンが指示を出す前に、二人がミノタウロスへ飛びかかる。しかし、ニッカの振り下ろした刃は右手に持った棍棒で弾かれ、クルールの飛ばした毒針は硬い皮膚に刺さることはなかった。
小部屋への侵入者が自分に敵対する者であると認識した魔物は、雄たけびを上げて威嚇してきた。こうなっては、戦って勝つほか小部屋から出る手段はない。
「こいつは、お前たちだけで敵うような相手じゃないんだぞ!」
ゴードンは怒鳴りながら、敵の一撃を楯で受け止めた。
「そうなのか!? すまん!」
「ごめんなさい! この魔物を倒して試験終了なんだと思っていたわ!」
二人はすぐに謝った。だが、謝ったところで戦わなければいけない現実が変わるわけではない。
「ミノタウロスは肌が硬く、物理的な攻撃で討伐するのが難しい魔物なの。本来なら攻撃魔法で倒すのがセオリーだけど……」
ステラがそう言って俯く。彼女が扱えるのは回復魔法や補助魔法であり、魔物を攻撃する手段は持ち合わせていないからだ。
ふと、リズはクルールが採取した植物のことを思い出した。
「さっきの麻痺薬が作れるっていう根っこは使えないですか?」
その言葉にクルールは、はっと目を開いた。
「そうか! 外から倒せないなら、内側からやればいいのよ!」
「どういうことだよ?」
「麻痺薬を作って、あいつに飲ませればいいのよ! ……ただ、問題はどうやって飲ませればいいのか……」
考え込むクルールにニッカが言った。
「……俺が隙を作るから、お前はあいつの口にその薬を放り込め」
「大丈夫なの?」
「ああ、俺に考えがある。……ステラさん、リズちゃん、悪いがおっさんと一緒に時間を稼いでくれないか?」
「五分で作ってみせる。それまでお願い」
リズたちは頷くと、ミノタウロスに向かっていった。クルールは調合をはじめ、ニッカはそれを守るように構えている。
ステラの強化魔法を受けたリズは、ゴードンと斬りあうミノタウロスめがけて剣を振るう。敵の硬い皮膚を傷つけるには至らないが、相手が二人に増えたため魔物は距離を取る。
「なにかいい案でもあるのか?」
敵から目を離すことなく、ゴードンが訊いた。
「はい。クルールさんが麻痺薬を作っています。それまで、時間を稼がないといけません」
「そうか。リズ、ステラ! 気合入れるぞ」
ゴードンとリズはそれぞれ、タイミングをずらしてミノタウロスに切り込む。片方が狙われれば、その隙を突く。相手が狙いを定めることが出来ないよう、クルールたちが狙われないようにポジションを取る。魔物が苛立ち、棍棒を滅茶苦茶に振るう。魔法で強化されているにしても、剣で受け止めると衝撃で床にめり込むのではないかと感じられた。
息が上がり始めた頃、大声が飛んできた。
「お待たせ! 出来たわ!」
そう言ったクルールの手に握られていたのは、こぶし大の球体だった。
「クルール印の麻痺薬! こいつをぶち込めば、あんな魔物もイチコロよ!」
「そして、その隙は俺が作る! こっちだ、ミノタウロス!」
ニッカの叫び声に、ミノタウロスが反応する。両者はにらみ合い、じりじりと間合いを詰める。
ミノタウロスの間合いまであと二、三歩といったところで、ニッカがいきなり両手を広げ、天を仰いだ。自己紹介の時に見せたポーズだ。
「秘技! 超絶イケてるポーズ!」
突然の奇行に、開いた口がふさがらない。そして、それはリズたちだけではなかった。ミノタウロスも驚いたようで、ぽかんと口を開けている。その隙をクルールは逃さなかった。
「そりゃあぁぁ……あぁっ!」
掛け声とともに麻痺薬をミノタウロスの口をめがけて投げつけようとした。しかし、力みすぎていたのか、ぴょーんと大きく山なりの軌道を描く。
「あぁ! やばいやばい!」
クルールの慌てた声が響き渡る。瞬間、リズは麻痺薬をめがけ駆け出していた。この好機を逃しては、ミノタウロスに薬を飲ませるのは無理だろう。だが、今の軌道では相手の口に届くことはない。それならば、と剣を伸ばしてジャンプする。大きく開いたままの魔物の口をめがけて、剣の腹で薬を叩きつけた。
「はぁぁぁぁっ!」
リズの一撃で軌道を変えた麻痺薬は、真っ直ぐ口の中に飛び込んだ。
ごくん。
麻痺薬を飲みこんだミノタウロスの顔が、見る見るうちに青ざめ、苦悶の表情に歪む。そして、白目をむいて、泡を吹き、仰向けに倒れると、そのまま動かなくなってしまった。
「や、やった! 倒したぞ!」
ニッカが喜びの声を上げる。クルールは「リズぢゃぁぁん! ありがどぉぉ!」と肩で息をするリズに抱き着いてきた。
「ホント! 投げるの失敗したとき! どうしようって思ったけど! リズちゃんのおかげだよぉ!」
「ク、クルールさん、苦しいっ! 苦しいですぅ!」
クルールの飛びつくようなハグに、リズは苦しそうに彼女の肩を叩く。それでも、お構いなしに「ありがとう、ありがとう」と抱きしめてきた。
なにはともあれ、銅像も回収でき、試験は終了となった。
ギルドに戻ってきた三人を待っていたのは試験官による総評だった。
「では、試験の結果だが……おめでとう、全員合格だ」
ゴードンが告げると、ぱっと三人に笑顔が浮かんだ。しかし、咳払いをしたゴードンが続ける。
「ミノタウロス戦についてはイレギュラーのため考慮せず、目的地に至るまでの行動に問題が無かったので合格とした。だが、ミノタウロス相手に俺の忠告を聞かず、飛び込んだのはいただけなかったな」
ニッカとクルールがバツの悪そうな顔をする。リズもつられてしゅんとしてしまった。
「ま、自分たちの力で倒せたから、良しとしよう。迷宮探索で無茶するのは致命的だからな。今後は気を付けるように」
ゴードンの忠告で総評は終わり、解散となった。
「リズちゃん、ありがとう! あなたと一緒で良かったわ!」
「あぁ、頼りになったぜ。俺たちに負けず劣らずの冒険者だな!」
帰る支度をしていると、クルールたちが声をかけてきた。
「こちらこそ、試験を一緒に受けたのがお二人で心強かったです」
リズは深々と頭を下げる。
「それでさ、提案なんだけど……あたしたちとパーティ組まない?」
クルールがにこりと笑う。ニッカも賛成のようで、うんうんと頷いている。しかし、すでにシオンたちとパーティを組んでいるため、断るしかない。
「ごめんなさい。声をかけて頂いて嬉しいんですけど、もうパーティを組んでいる人たちがいるので……」
「そっか、残念……。でも、もしパーティメンバーが足りない時は言ってね。また一緒に探索しましょ」
「はい! 喜んで!」
固い握手を交わすと、クルールが言った。
「本当にパーティが組めなくて残念だわ。『千年に一度の美少女剣士! リズ!』とか名乗れたと思うのに……」
「それは、ちょっと……私には荷が重すぎるかなぁって……」
苦笑いするしかないリズであった。
ワンダフルライフ~素晴らしきかな、冒険者生活~ 大谷 山人 @y_ohtani
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ワンダフルライフ~素晴らしきかな、冒険者生活~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます