第58話 恋の交差 3
どうして、私はこの世にこう幽霊のようにいるのだろう……。ただ愛する人達を見るだけしか出来ないのに。泣きたいのに、泣けない。胸が締め付けられるほど苦しいのに、胸が痛くなることがない。
幽霊はこの世に未練がある人達がなる。と聞いたことがある。確かにこの世に未練、あるけれど……。
私は地球にもたくさん未練あった。どんな人にも、なんらかの形で未練ってあるのに。こうして何も出来ない自分がただ皆の姿を見ているのが辛い……。
タケルイはせっせと業務をこなしてている。側近の人達が心配して、休むように言うのに仕事をしている。なにうよりお金を借りに来る男爵への対応がキツかった。
前のタケルイはもっと優しく接していたのに、今のタケルイはもう男爵を親の仇を見るような感じ。メリエッシの離婚も認めないことを伝えた。
男爵家はもうすでに国から預かっている領土も売り払ったことを国に知れており、男爵家の持ち物はすべて国に没収された。男爵の家名も、国に税が払えない状態なので没収された。メリエッシの両親は、もう没落。
メリエッシの両親は借金取りから逃げるように、メリエッシのいるあの土地へ逃げた。でもきっとあそこまで借金取りが来ると思う。男爵は流刑島へ流された方が幸せだったと思うだろう。あそこだったら、誰もいないし、借金取りが来ることがないし。私はこれからのメリエッシの未来を想像して、震える。
ーーメリエッシはあの土地から出ることが出来ないけれど、他の国へ逃げるのだろうか?
でもマイシは毎週末にあの島へ行く度に男爵家を監視している。そして、メリエッシの様子をタケルイに報告している。タケルイは、二度とメリエッシが逃げ出して龍姫に危害を加えないように見張っている。タケルイが、厳しくなったと思う。
そうなったのも。私のせい……。
ダニーは、以前と変わらずに生活しているけれど、時折一人でスカイに乗って空を飛んでいる時に泣いているのを知っている。
ユライのことで、私が消えたことを、どうすればいいのか分からず自分の無力さを泣いている。いつも大人のダニーが泣いている姿は、あまりにも悲しい。
ユライは、これからしばらく商隊と旅をすることになった。初めての旅はユライにとって辛い旅になるだろう。ユライはどちらかと言うと、机に座って仕事をするタイプだった。旅の後は、隣国の店へ引越しすることになった。
もう二度と龍姫に会うことがないように、この王都へは足を踏み入れないとダニーに誓わされた。ダニーの母親が泣いて、せめてこの王都へ家族に会いに来れるようにダニーに頼んだけど、ダニーは聞き入れなかった。
ユライの父親も何も言わない。あの商会はユライの父親のものなのに。だからユライへ家長はユライへ譲ると前にダニーが言っていたのに、どうなるか分からない。
マイシは、あまりエッチなことを言わなくなった。とても真面目に勉強をしている。ただ一人じっちゃんの墓参りに行った時に、私用の小さな墓を作っていて、私にいろいろ話かける。マイシは一人孤独な自分を救ってくれた私を愛していると言った。
私といると心が温かったと墓に向かって呟く。
ミーユは織物を織りながら、カイシとダニーと家族や村人達に話かける。まるで周りに誰かいるみたいに。そんな姿が痛々しい。周りの人たちは龍姫様は狂ったと思っている。
ミーユはたまに、ふらりとどこかへ行ってしまう。ミーユがいなくなると大騒ぎになるけれど、本人にはその重大さが分かっていない感じだ。
もうミーユは生きたまま死んでいたの。
そんなミーユの姿を見て、泣く使用人達も多い。神官達は前より熱心に、ミーユのことをお祈りしている。
そんな中、私はただ空中でこう浮いているだけ……。
今日も寒い日。
私には寒いと分からないけれど、皆がそう言っている。神殿へ来る人達も、たくさん服を着込んでいる。ダニーが急いで神殿の方へ行ったので、私も付いて行く。神殿の隅にコリーがいた。コリーはダニーを見ると相変わらず顔が輝く。
「ダニーお兄様~」
「コリーどうしましたか?」
ダニーがコリーに聞いた。
「ええ、こんなことを申し上げるのも……心苦しいですが、どうぞユライの罰をもっと軽くして頂けませんか? ユライがわたくしのために、龍姫様にキツくあったとお聞きしております。ダニーのお母様も、やはりユライとお父様の間を割くことを望まれていません」
コリーが下を見ながら言って、チラリと上目でダニーを見る。
「コリー、これは俺の家族内の問題だ」
「し、しかし! ダニーお兄様、わたくしは家族じゃないとおっしゃるのですか?」
コリーがダニーの顔を見上げて、一歩近寄って言った。
「いや、でも、やはりこれは、これはコリーには関係のないことだ」
「そうですか。わたくしがいくらお願いをしても無理なんですね……。わたくしは、とても悲しいです。ところで、龍姫様は別にすぐに目を覚ましたのでしょう。だったら、ユライの罰は厳しすぎます!
龍姫様は、今回のユライの件をなんとおっしゃっておられるのですか?」
コリーが、龍姫様と言う時の声が怖い……。
「いや、龍姫にはユライのことは何も話していない」
「な、なんでですか!? 原因は、彼女でしょう!?」
コリーの怒った声が、神殿の中で広がった。
「コリー、しずかに。ここは神殿の中だ。ミーナのことだったな。ああミーナのことだ。だが、ミーナはあの日以前の記憶がなくなってしまったんだ」
ダニーがコリーに言った。
「そ、それはどう言うことですか?」
コリーが驚いた顔をして聞いた。
「頭の怪我で記憶がなくなっているんだ。自分が龍姫と言うことも、龍騎士のことも覚えていない。ただ以前暮らしていた村へ、帰りたがっているんだ。誰もいないと伝えても、ただ帰りたいと言っている。だから、ミーナが記憶を失った原因を作ったユライの罰は仕方ないんだ」
他の人達に龍姫が記憶喪失と知られてはいけないから、ダニーが小さい声で言った。
「そ、そうだったのですか……」
「コリーがユライがいなくなって寂しい気持ちは分かるが、どうか分かってくれ」
ダニーが、コリーの頭を軽く撫でて言った。
「はい。ダニーお兄様。わたくしは、ユライがいなくて寂しくて。だ、だから、せめてダニーお兄様だけでも、わたくしに会いに来て下さい」
コリーがダニーを見つめて言った。
「ああ、分かった。そうするよ。コリー、今日は忙しくてあまり時間がないんだ。コリーも、もうそろそろ戻った方がいい。そうそう、北側の神殿の門の階段は冬はすべりやすくて、
怪我をする人達がいるから、遠回りだけど他の門から帰った方がいい。じゃあ、またな。気をつけて帰って下さいね」
「はい、分かりました。ダニーお兄様を体に気をつけて」
コリーは、しばらくダニーが消えるまでそこに立っていた。そして、神殿の外へ行った。
私はダニーの後を追うつもりだったけれど、ミーユが神殿の中をふらふら歩いているのが見えたので彼女の後を付いた。ミーユは神殿の外へ歩いて行った。
ミーユの後に誰も付いて来ていない。また、ミーユは誰にも気付かれないで出て来たんだ。
「あっ、龍姫様!」
神殿の外でしばらく考え事していたのか、コリーがまだいた。
そして、神殿からふらふらして歩いて来るミーユを見つけて、声をかけた。
「こんにちは、龍姫様。コリーです。お久しぶりです」
コリーがにっこり言った。
「あなたは、誰?」
ミーユは人懐っこい顔で挨拶するコリーを見て聞いた。
「コリーです。以前、わたくしの作ったアップルパイを一緒に食べたのを覚えていませんか?」
「えっ、アップルパイ?」
普通は皆の話を無視するミーユが、コリーの相手をしている。でも、ミーユはアップルパイが大好きだった。秋になるとよく、お母さんと一緒にアップルパイを作っていた。
「ええ、龍姫様、わたくしの作ったアップルパイを気に入っていました」
私はコリーがどう言う意図で、ミーユに話しかけているのかが分からない。
「あっ、はい。私、アップルパイ大好き。えとね、村でね、よくアップルパイ作っていたの」
ミーユが久しぶりに明るい顔で話す。
「やはり村が恋しいですか?」
コリーが気を使ったような声で尋ねる。
「ええ、私、村に帰りたいのに。誰も、村がどこへ行けば帰るか教えてくれないの。だから、私こうして抜け出して帰り方を探しているの」
私はビックリしてミーユを見ている。ミーユがキチガイのようにしていたのは、演技だったの?
「そ、そうだったのですか。あのよければお手伝いしますよ。わたくし、今はこれだけしかお金を持っていませんが、どうぞ使って下さい」
コリーは持っているバックから財布を取り出して、ミーユにお金を渡した。
「で、でも、お金を頂くわけには……」
「いいえ、村へ戻るにはお金が必要です。それに、馬車に乗ったりするのにも必要ですよ。どうぞ受け取って下さい」
コリーが遠慮をするミーユに、お金を押し付けた。
「あ、ありがとう。あのー、馬車の相乗りのところはどこですか?」
ミーユが尋ねた後に北の門へ向かって走り出した。丁度今は夕方で、神殿へ来る人は少ない。ましては北の門は、冬は石造りの階段なのですべりやすい。誰もミーユに気付かない。気付いても、ミーユが龍姫様と気付く人はいない。
ミーユはすごい早さで走っている。北の門から続いている石造りの階段を駆け下りた。私は、ミーユに声をかける。
ーーどうして!?
コリー、どうして、ミーユに北の門を教えるの? 他の門の入り口には、馬車の相乗り場があるのに!?
『止めて! 止まって! 危ない!』
ミーユは階段を駆け下りている。段々、階段の一番下が見えた。私はほっとする。ミーユは無事だった。
「キャー」
「オイ、女の子が階段を落ちてくるぞー」
「誰か医者をー」
階段の下には街道があり、神殿の入り口のそこは商店街でかなり賑わっている。階段を転げ落ちてくるミーユを見つけた人達が騒いでいた。
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