第57話 恋の交差 2

「ミーナ、ミーナ……」


 タケルイの声が聞こえる。


「私のせいでこんなことになってしまい……私はどうしたらいいか……分からない……」


 ダニーが少しヤツレタ顔で言った。


「オイ、なんで起きないないんだよ!」


 マイシがイラついた声で周りにいる人達に八つ当たりしている。




「あっ、ミーナ! ミーナが目を開けた!」


 マイシがうれしそうに言って、ミーナの顔を覗く。


「……?」


 ベットで寝ている私、ううん、ミーナが目をぱちくりしてマイシを見ている。


「ミーナ、大丈夫?」


 マイシがミーナの顔色を伺いながら尋ねた。


「???」


 ベットにいるミーナは、何がなんだか分からない顔をしてマイシを見ている。


「マイシ。ミーナは起きたばっかりで、状況が分からないのでしょう。少し時間をあげましょう。そ、それより目を覚まされて……よかったです」


 ダニーがベットにいるミーナの顔を近くでじっと見ていたマイシに、座るように言った。


「ああ、よかった。ミーナ、起きたばかりで喉が乾いているだろう。ほらこれを飲んで下さい。でも、すぐに目を覚まされて安堵しました」


タケルイがベットの横にあるテーブルの上にあるピッチャーからコップに水を入れて、ミーナに渡そうとする。


「ええ、店で倒れていた時は、本当にどうなることと思いましたが、こうしてすぐに目を覚まされてよかったです。ミーナ、覚えていますか? ここは店の中にある客室です。ここには、私を初め仮眠を取るための部屋です。ミーナは二階で壁に頭を打って、倒れました。先ほど、従業員にユライがあなたを押したところを見たと聞きました。ユライにも事情を聞きました。私のせいです。どうぞお許し下さい」


 ダニーがベットの上で上半身を起こしたミーユに頭を下げて謝った。でもベットにいるミーユは、きょっとんとしてダニーを見ている。


 私もさっきダニーがユライを問い詰めているところを見ている。その時のダニーの顔が怖かった。初めてダニーが怒る姿を見た。その姿は決して私、ミーナの前では見せない姿。

でも、寝ていた私がそんなダニーを見たか不思議でしょう?


「ミーナ、どうぞお水です」


 タケルイが水をベットにいるミーナに渡した。ミーナは大人しくお水を飲む。


『コンコン』


「神官のバロン様とクレイ様です」


「どうぞ」


 ダニーが返事をする。


「オイ、一体どう言うことだー! ミーナが頭を壁に打って、意識がないって、一体どう言うことだー! それに、お前ら、俺を置いて勝手に龍に乗って先にミーナに会いにくるなんて、教育がなっていない! どうして、俺やクレイを龍に乗せないのだ! マイシ、タケルイ! お前達には教育をし直すから覚悟しとけ! それより、ダニー! お前、どうして買い物に行ったくらいで、ミーナが怪我をするのだー!? はあ!? お前と出かける度にミーナにろくなことが起きない! お前も一から教育し直すからな!」


 ドアが開いたと思ったら、大きな声でバロンさんが怒鳴り散らす。

 ベットにいるミーナが怖がってバロンさんのくる反対方向へ逃げようと体を動かしている。


「おっ、ミーナ。無事でよかった。怖い思いをさせたなあ。もう安心するがいい。俺とクレイが来たからなあ」


 と、バロンさんがミーナの横にある椅子に座っているマイシをどけて椅子に座ってミーナの顔を覗いている。


「いってー」


 床に尻もちをついたマイシがバロンさんに文句を言おうとして、口を開けたけど閉じた。


ーーう~ん、マイシも少しは口を閉じると言うことを学んだのかもしれない。


「クレイさん、どうぞ」


 ダニーがクレイさんに席を譲った。


ーーやっぱりダニーは紳士。で、タケルイは椅子に座ったまま。、タケルイはやっぱり王子様。席を人に譲ると言うことを身に付いていない。


「ええ、ダニーさん、ありがとう」


 クレイさんがダニーににっこり笑って席に座って、ベットにいるミーナに話かけた。


「ミーナ、気分はどうですか? どこか痛いところがありますか?」


 クレイさんが優しい声で言う。


「あ、あのー、あなた達は誰ですか?」


 ベットにいるミーナが尋ねた。


「えっ、ミーナ何を言っているんだ? クレイさんとバロンさんだろう?」


 タケルイが少し動揺した声で聞いた。


「あ、あなたは誰ですか? そ、それに、私は、ミーナじゃありません! 私の名前は、ミーユです!」


 ミーユが言った。


ーーそうなんだ。あの子はミーユなんだ……。


 私が目を覚めて気付いた時は、空中からベットに横たわっているミーユを見ていた。私はてっきり体外離脱現象だと思っていたの。すぐにあの体に戻れると思っていたの。でも、ミーユは死んだんじゃなかったんだ。よかったと思うの。あの体は、元々ミーユのものだから。


 で、でも、わ、私は……私はどうなるの? 悲しくて悲しくて仕方ないのに……今は涙も流せない……。苦しくて苦しいのに……その苦しさを感じる心臓も胸もない……。わ、私は、幽霊なの? わ、私は、もう二度とタケルイとダニーとマイシと触れることが出来ないの? もう二度と話すことが出来ないの? 私は、一体どうなるの? だ、誰か教えて……。


「な、何を言っているんだ? お前はミーナ。俺の嫁だ」


 マイシがミーユに言った。


「嫁? どうして女の人の嫁なんですか?」


 とミーユが尋ねた。


「ミーナ、いいえ、ミーユさん。マイシは男ですよ」


 ダニーが動揺した声で優しくミーユに言った。


「っえ!? 男の人なんですか?」


 ミーユが目をまん丸に見開いて聞いた。


「そ、それより、みんなはどこですか? お母さんとおばあちゃんは、どこですか? カイシ、トニー、ふ、二人とも無事だよねー、ねえ、みんな大丈夫だよねー! ねえ、みんなどこにいるの?」


 はじめは落ち着いた声で聞いていたミーユの声が段々叫び声になった。


「落ち着いて下さい。ミーナ」


 タケルイがミーユの肩に手を乗せて、彼女を落ち着かせようとした。


「さ、触らないでよ! あ、あなたは、一体誰ですか? わ、私はあなたなんて知りません! 私はミーユよ。ここにいる人達、誰だかしらないの! 私を早くみんなのいるところへ連れて行って下さい! 助けてくれたのは感謝していますけど、私、早くみんなのところへ行きたいのです!」


 ミーユがタケルイから離れるように体を動かした。


「み、ミーナ」


 タケルイがショックを受けてミーナの名前を呟いた。


「私はミーユよ。もう何で私のことをミーナって呼ぶの!」


 ミーユが泣き出した。全員何がなんだか分からない顔をしているけれど、ベットの上で背中を丸めて泣いているミーユを心配している。皆途方にくれてどうすればいいか分からずにいた。


「みなさん、しばらく外に出ていて下さい。どうぞ私にミーユさんと話をさせて下さい」


 クレイさんが言った。


「そ、そうだ。お前らのような暑苦しい男達がいたら、誰だって泣いてしまう!」


 と、バロンさんが言って、全員を部屋から追い出して自分も出て行った。


「暑苦しい人って、バロンさんが一番暑苦しい」


 とマイシが小さい声で言ったのに、なぜかバロンさんに聞こえて背中をバ~ンと叩かれていた。



「オイ、ミーユって誰だ?」


マイシが聞いた。


「分からない。だが、彼女は私達のことを知らない」


 ダニーが静かな声で呟いた。


「あれは、私達のミーナじゃない……ミーナは私に触られた時に嫌がったりしたことはない……」


タ ケルイが寂しそうな声で言った。


「一体どう言うことなんだろうなあ……」


 バロンさんが閉じた部屋のドアを見ながら言った。



 部屋の中では、やっとミーユが落ち着いてクレイさんと話をしている。クレイさんは、私からミーユが襲われた時のことを知っているけど、やっぱり私が誰だったのか分からないみたいだった。クレイさんはあの時のように、ミーユにどうして助かったか伝えた。案の定ミーユは皆の死を知って泣いた。本当にミーユの泣き声は、あまりにも悲しくて聞いているだけで悲しくなった。


 ミーユは泣いて泣いて、これ以上泣いたらミーユが死んでしまうのではと思えるくらい泣いている。クレイさんは根気よくミーユの背中を撫でていた。ミーユは横になっても泣き続けた。どれくらい経ったか分からない頃にやっと眠った。クレイさんはミーユが眠ってしばらくしてからも、ミーユの背中を撫でていた。


 その後にクレイさんが部屋のドアを開けて、外で待っていた皆が部屋の中へ入った。皆にもミーユの泣き声が聞こえていた。


「寝ましたか……」


 タケルイが私の顔を見て小さい声で言った。


「とても悲しい泣き声でした」


 ダニーが言った。


「あれは、ミーナじゃないんだなあ」


 マイシがクレイさんに言った。


「はい。残念ですが、あの少女は私達の知っているミーナではありません。彼女はあの村で育った織り手のミーユです。ミーナと言う人も知りません。そして、政治のことも何も知らない、少女です」


 クレイさんが寂しそうに言った。


「龍姫と龍騎士について知っていました。ミーナはバロンさんに聞くまで知りませんでした。本当はあの少女とミーナが入れ変わったのでは?と思いましたが、あれは龍姫です。眠りにつかれた時に背中を拝見しました。彼女の背中には、ちゃんと龍姫の徴があります」


 クレイさんの言葉に皆言葉を失う。


「じゃ、じゃあ、ミーナはどこへ行ったんだ?」


 マイシが聞いた。


「分かりません。でも、ミーユとミーナ、同じ体だけど、二人は別人です。だから、三人とも、ミーユとは、初対面なのです」


「そ、そんな!?」


 タケルイが声を出した。


「そして、残念ですが、ミーユには許嫁と、結婚相手がいました。二人の男性に求婚されていたそうです。許嫁は小さい時に両親が決めた人で、慕っていたけどカイシと言う少年を愛してあの村から駆け落ちをするつもりだったけれど……」


 クレイさんが息を吸った。


「でも、その時に村が魔獣に襲われて、二人はミーユさんを庇って死んでしまいました……。ミーユさんも二人と一緒に死にたいと言っています」


 クレイさんが言った。


「そ、そんな……そんな話があるのかよ……」


タケルイが拳を作って震える声で言った。


「私には、私には、ミーナ以外愛せません。いくら外見が同じ少女のミーユでも、彼女はミーナではありません。私の愛した少女ではありません。私にはミーユと名乗る少女を愛することが出来ません。まだ短い時間しか過ごしていませんが、私には分かります。私は始めてミーナに会った時に、ミーナに惹かれました。でも、彼女にはミーユには惹かれません。違うのです。いくら彼女が龍姫と言っても私には彼女を愛せません」


 ダニーの目から涙が一粒こぼれた。


「俺だって、ミーナがいい! なんか分かんないけど、俺はミーナがいい!」


 マイシが言った。


「私だって、ダニーと同意見です……」


 私は涙の出ない今の状態が悲しい。皆、皆私を愛してくれていたんだ。何度も皆が私の容姿をミーユの綺麗な容姿を愛しているのでは?と不安になったことがあった。で、でも違ったんだ。私を、私自身を愛してくれていたんだ……。


 で、でも、私には、もう二度と皆に接することが出来ない……。


「みなさん。ミーユさんには、慎重に接して下さい。決して、ミーナと比べることがないように。ミーユさんは大切な人達を亡くしたばかりの少女です。これ以上負担をかけないように」


クレイさんが言った。


 その日、ミーユは起きなかった。龍騎士達はその日、そこに泊まった。部屋を用意されたけれど、ミーユのベットの横にいた。次の日、場所に乗って龍屋敷に戻った。クレイさんが屋敷の人達や神官長に事情を伝えたみたい。ミーユは初めての場所だったのに、まるで何も見てないような操り人形のようにクレイさんに引っ張られて部屋に行った。


 ミーユはずっとベットで横になっているか、空をぼーとみて過ごした。生きるのを止めて少女。ただ織り機を見た時だけは嬉しそうにして織り始めた。ミーユは織物をしている時しか、生きていなかった。


 私はそんな皆を見ているしか出来なかった。

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