第21話 波打つ気持ち

「龍騎士様、側近の皆様が、早く仕事をして下さいってさっきからウルサイです。どうぞ仕事に戻って下さい」


 これこそ神の声。ありがとう。クレイさん。


「ちぇ」


ーーえっ? 王子様が「ちぇ」と言った!? 


「仕方ない。ミーナ、今夜から私もこの屋敷で寝泊まりします」


「っえ!」


「安心して下さい。夫婦の契りを結ぶのは、お互いもっと分かり合ってからにします。私の誠意をお見せします」


 私はやっとタケルイから解放された。


「ミーナ、私を受け入れて下さってありがとうございます。私はあなたに愛を誓います」


 タケルイがソファーから離れて、床に跪いて私の左手を掴みキスを落とす。胸がドキドキ音を出す。私の心臓は爆発した。


 今朝の私は寝不足。タケルイと同じ屋根の下で寝たからだ。一晩中タケルイが部屋に来るかもと思って緊張してドキドキしすぎて眠れなかった。いくら使用人がいて彼は二階の自室で私の部屋は一階だけれど。同じ屋根の下に一緒に寝るなんて眠れる女の人の方が異常だ。

 龍騎士達の部屋は全員二階。私の横の部屋にはクレイさんの部屋がある。昨晩クレイさんが


「ミーナのことは、私が守ります。決して悪い狼を侵入させることはしません!」


 と言っていたけど、彼女が早く眠っていたのを知っている。彼女は早寝早起きで一回寝るとなかなか起きない。私だってタケルイがきちんと言葉を守る人と知っているけれど、眠れなかった。


 眠れなかった理由は他にもあった。第二の龍騎士が決まったからだった。年上の格好良い大人の人が私みたいな子どもで、がっかりしないかな? と不安だった。私はダニーのことを全然知らない。あんなに大人だから、絶対に恋をしたことがあるはず。素敵な女性とお付き合いしたことがあるはず。私を他の女性と比べられるのだろうか。

 それとタケルイとの急接近な関係。まだキスの温もりがあって一日ドキドキが止まない。ベットに入ってからも何度も堂々巡りを繰り替えした。さりげなく右手に唇に持っていってしまうなんて。あんあなキス、始めて。


 朝方にやっと眠れた。眠ってすぐに爽やかすっきりしたクレイさんが部屋に来た。隈の出来た私の目を見て叫び声を出した。


「ど、どうしましたか?」


「ね、眠れなかったの」


「そうですか。では今日はゆっくりして下さい」とほっとした顔をして部屋から出て行った。私は

その言葉に甘えて二度寝入りをした。「?」 寝ながら、キスをしている夢を見た。



 タケルイの声がする。


「ミーナ、気分どう?」


「きゃー」


 私は飛び起きた。ネグリジェーの姿が恥ずかしくて、咄嗟にブランケットを顔まで引きずる。彼はいつもは、後ろで結んでいる金色の髪の毛を括っていない。ストレートの髪が肩に流れていて、カーテンから透けている朝日を浴びてキラキラ輝いている。前に私の銀髪が光に反射して綺麗と言ていたけれど、タケルイの金髪の方が断然神秘的だ。


「ちょ、ちょっと何でここにいるの?」


「だって朝食を食べようと思ってダイニングルームに行ったら、ミーナいないんだもん」


『だって』とか『だもん』とか、段々言葉が崩れている。


「だからミーナのいない食事なんて、食べる気がしないからここへ来た~」


「だっ『だから』とか理由になってない!」


 朝から大きな声を出してしまった。


「ミーナの顔を見ないと一日はじまんない」


 タケルイが肩腕をベットに立てた恰好でこっちを見て笑っている。その笑い方がニヤけて見えるのは私がまだ寝ぼけているのだろか?


「タケルイ、王子様が『だって』とか『もん』とか使うのはよくないよ」


「クス、どうして?」


「どっ、どうしても何も……」


「そんなことより、朝の挨拶しよう?」


 あっそうだよね。驚いて朝の挨拶してない!


「おはよう」


 と、言って頭を下げた。


「ミーナって、挨拶の度に頭を下げるよね? それって、ミーナのいた村の習慣なのか?」


 そうなんだ。私にとって頭を下げることが習慣になっている。でもこの国の人は頭を下げない。村の人達も頭なんて下げていなかった。


「う、うん……」


 私にはどう言ったらいいか分からずに、つい頷いてしまった。


「そうなんだ。でもミーナと私の挨拶は、もちろんキス。キ.ス.こっちへおいで」


「どっ、どうして、キスなのよ!」


 ダメ! 昨日のキスを思い出して、顔が赤くなる。それに、ベットにそんな恰好しているタケルイの結ばれてないストレートな髪がたれていて、タケルイがセクシーすぎる。どうして、いつもしっかり上までボタンをしているシャツが、半開きになっているの? ドキドキ、朝から目に悪い。わ、私、ホストクラブなんて行ったことないのに。


「夫婦だから?」


「まっ、まだ夫婦じゃないよ」


「じゃあ、恋人のキス?」


「そっ、そんなの出来ません!」


「別に減るものでもないし。気持ちいいよ。もう試してみれば分かるよ」


 タケルイの端正な顔が接近したと思った時には、彼の柔らかい唇と触れ合っていた。何度は触れ合う程度にチュッチュと音がする。

 タケルイは私を捕獲した獲物のように身体を抱きしめる。日頃剣の練習で鍛えられている胸板が自分の胸を潰す。彼から逃れようとするのに、ビクともしない。

 段々触れ合うだけの唇を、タケルイの舌がこじ開ける。


「ふ、っん、……ん……ぅぅっ……! あっうっふ、ん」


 ヌルっとした物が、食べ物以外の物が口内に侵入してくる。

 私の舌も侵略物を追い払おうとして、彼の舌に触れる。


「あっ、ふ、ぅぅぅ……」


 どちらの吐息だろう。


 今までの丁寧なキスで優しいキスから 無理やり口をこじ開けられ、舌をねじ込まれた激しいキスをされる。まるで私をむさぶるようだ。

 はじめて経験するディープキス。息が出来ない。息はタケルイの甘くねっとりとした酸素だった。口の中を、歯茎まで私のすべての存在を確かめるようにタケルイの舌が無造作に暴れる。口内に注ぎ込まれるタケルイの唾液。溢れる私の唾液を彼が飲んでいる。


「あぁ……ぅ…」


 自分でもこんな声が出るなんて。恥ずかしい。


 何度も繰り返す口腔内の刺激に体がじんわりと熱を孕みだし、特にパンツがうっすらとしめった気がする。 私の異変に気づいたかのように、剣だこのある固い左手が私の胸を鷲掴む。


「あっ、あっ……ん……い、いやぁあ……」


 嫌と言う言葉が嘘だと分かっているようで、タケルイは唇を離すとくすりと微笑んだ。


 二人の唇が離れるのを反対するかのように銀糸が二人の間を繋ぐ。



「別に減るものでもないって。そっ、そんな……そんなにキスしたかったら、

婚約者とすればいいでしょう!」


ーーしまった!


 朝起きたばっかりで、頭がきちんと動いていなかった。タケルイがくすりと笑ったからカッと頭に血が登った。

 タケルイが顔が天地逆転したような顔になった。いままで私に向けていた甘くとろけそうな顔が、親の市仇に会ったような顔になった。


「そ、そうだな。朝から女性の部屋へ勝手に入って、すまなかった」


 二人の間に数秒の沈黙が沸いた。やっとの思いでタケルイが声を発した。その言葉がナイフのように私の胸を裂いた。さっきの甘い時間が嘘のようだった。

 タケルイはもう一度「ごめん」と言って部屋から出て行った。


ーー私は、私は、やっぱり性格が悪い……。


 タケルイが出て行った後に、私は朝の支度をして食堂へ行ったけれど彼はいなかった。彼がどこにいるか聞いてみたら、サファイアに乗ってどこかへ行ったらしい。私は一人の寂しい食事を取った。いつもと同じ料理なのに、味がしなかった。私はいつの間にタケルイがいる食事に慣れたんだろう……。あまり食べる気がしなかったけれど、残すとクレイさんや料理長が心配するので食べた。食事の後、庭に出る。私は昨日タケルイと座ったベンチに座って、空を見上げる。

ーータケルイとサファイア、どこへ行ったのだろう……。空に出た二人の居場所は、分からない。二人が強いのは知っているけれど、行き先が分からないと不安の気持ちで溢れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る