第16話 戸惑いの日々 2



「おはようございます。今朝も綺麗な花を飾ってくれて、ありがとう」


 立ち止まってお辞儀をしている修道女見習いの女の子に声をかける。


「お、おはようございます。い、いえ。龍姫様が喜んで下さって、うれしいです!」


 話しかけたら女の子がビックリした顔をした後に返事をした。私はなるべく全ての人の名前と仕事を覚えるようにしている。私は私のために働いてくれている人達にきちんとお礼を言いたい。そんな風に、使用人と接している私を、タケルイは驚いて見ていたけれど、今は一緒に足を止めて挨拶をするようになった。

 サファイアは相変わらず甘える。私が構ってくれてうれしいのか、『キューイ、キューイ』と可愛い声で鳴く。しばらくそうした後に、飽きが来たら今度は地面に座って眠ってしまう。サファイアはかなり幼い性格だ。


「少しベンチに座って話をしませんか?」


 いつもはサファイアが眠ると室内へ戻るけれど、今朝はタケルイに改まって言われたので私達は庭にあるベンチに座った。


「婚約者のことです」


 いきなりタケルイが口を開いて言った。


「私は婚約者と別れました。婚約を破棄しました」


「……」


「それで、ずうずうしいのですが、どうか私を本当に龍姫の、ミーナの龍騎士、夫にしてもらえませんか?」


「……」


 私の周りは静かだった。秋風が私の髪にやさしく触れる。


「わ、わたし、分かりません。私は平気です。どうぞ婚約者様と結婚して下さい」


 タケルイが、険しい顔をして私の肩を掴んで、私の顔を覗き込む。


「だから、私はメリエッシとは結婚しない!」


ーーああ、彼女の名前はメリエッシって言うんだ……。


 彼女の名前なんて知りたくなかった。


「彼女を愛していると思っていた! でも、違ったんだ。ミーナに会って、ミーナと話して、ミーナと過ごして、やっと本当の愛と言うものに気づいたんだ! お願いだ、私を許して、この気持ちを受け入れて欲しい」


 タケルイの気持ちが私へ流れてくる。


ーー私を愛してくれている……でも……。


「ごめんなさい! 私には無理! 本当に、ごめん。でも、ダメなの、無理なの」


「無理って、どう言うことだ! まだ、私のことが許せないのですか!?」


「私にも分かんないの! 無理なのは、無理なの! どうして、今さらそんなこと言うの? 彼女を愛しているって言ったでしょう! どうしてそんなに簡単に愛する人を変えられるの? 私に飽きたら今度は、他の人の所へ行くの? 私は淫乱女なんでしょう!? もうほっといて! 龍姫の役割はちゃんとしているでしょう! 婚約者と結婚してよ!」


 私はなんて酷い女だと思う。でも、いろんなことがありすぎて。ずっと、私のいろんな気持ちとミーユの気持ちが溢れかえっていて、爆発してしまった。もちろん、後で後悔を何度もしてしまった。


「ミーナ……」


『キュ~イ』


 タケルイの呟きと一緒に、サファイアも悲しい声で鳴いた。


「ミーナ、ごめん。でも、聞いてくれ。私は決してミーナに飽きたからと他の女性の所へ行くことはない。婚約者とは、別れないといけない運命なんだよ」


 タケルイが息を吐いた。


「私は年を取らない。ミーナも。そんな人と、普通の人は一緒に過ごせるかい? 特に女性にとって、自分は老いるのに夫が年を取らないなんて辛いだろ」


「っ!」


 私は息を飲む。


ーーそうだ。そうなのよ。私達は、年を取らない……。


「お願いだ。この先何年たってもいい。どうか、私の愛を受け入れてくれ。私もミーナに誠実を見せていくよ。ありがたいことに、私達には普通の人よりたくさん時間があるから……」


 タケルイは私に対して決して怒らない。それどころか、私に気を使ってくれる。


「ごめん。変な話をしてしまって。今朝は、確か父上が商人達を招く日だった。ミーナも、懐かしい恋織物を見るのを楽しみにしていたな。そろそろ行こうか」


 タケルイが私の右手を握って、屋敷にある応接間へ無言のまま歩いた。

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