第7話 第一龍騎士

 私にあてられた部屋は大きな壁に囲まれた神官の住む寺院の奥のさらに奥の所にある。部屋の前に大きな庭がある。

 これは龍が下りられるため、と説明を受けた。私の住む建物は、龍姫と龍騎士のための建物。龍姫と龍騎士を世話するために、たくさんの修道女見習いや修道女、神官見習いや神官達も住んでいる。

 ここ二十年この区には龍姫と龍騎士がいなかったのに、その間もこの建物でいつでも新しい龍姫と龍騎士を受け入れるためにいる。私が新しい龍姫と知った皆が床に平服した。

 私はそんな姿を見て寂しくなった。バロンさんが立ち上がるように言ってくれた。これから私へはそんな態度を控えるように言った。私はそんなバロンさんの気遣いがうれしい。私は元々普通の学生で、ミーユも村娘。そんなに敬えられる存在なんかじゃない。


「お待ちしておりました。どうぞ、ここではゆっくり末永くお過ごし下さい。何でも私共に、お言いつけ下さいませ」


 一人の老神官が私達の前に来て言った。


「よろしくお願いします」


 私がそう言って頭を下げた後、老神官を見ると彼はとても驚いてにっこりする。


「今回の龍姫様は何と綺麗で優しいお人なんでしょう。これで我が国も平安が訪れた」


 老神官の目から、涙が出ていた。周りを見たら何人もの人達も泣いていた。


ーーこの国の人は、龍騎士と龍と龍姫を待っていたんだ。


 胸がジワリとする。魔物は滅多に村を襲わないけれど、それでも何人もの人達は命を落としている。特に春になると魔物は狂い出し、人里へ下りてくる。

 私達は建物の中を案内してもらいそれぞれの部屋へ行った。バロンさんは私が龍騎士様を見つけるまでここにいてくれるらしい。クレイさんは私が心配だから、私が必要としてくれるまで一緒にいてくれると言ってくれた。それを聞いて、うれしくなり「じゃあ、一生一緒にいてね」と言った。


 この世界は、龍とか背中の模様とか不思議な現象ばかりだけれど、私はそれを不思議に受け入れている。私は日本人の美奈なのに、美奈じゃない。ミーユでもない。私はミーナなんだと思うようになっている。

 でも、やっぱり龍騎士様には中身の私、美奈を愛して欲しい。私の外見のミーユを愛したらと思うと、龍騎士様に会うのが怖くなってしまう。


 私が龍姫と認められて一週間後に王族や貴族、騎士や兵士などの階級の上の人達との謁見の儀式が行われた。バロンさんに聞いたけど、王族以外ほとんど独身の男性ばかり参加する。


「どうしてなの?」


「そりゃあ、龍騎士には独身男性がなる。誰だって龍騎士になりたいもの。だから、龍姫様に会える機会を逃す筈なんてないだろう」


 バロンさんによると、龍姫の近くにくると龍騎士だったら右手の甲が光輝き、龍玉の模様が現れるらしい。

 その後に龍姫と婚姻の儀式をした後に龍が空に現れる。


「バロンさんも龍騎士の可能性があるの?」


「あはっは。イヤ、神官にはその可能性がないんだよ。だから、ミーナの周りは神官しかいないだろ?」


 私の護衛兵士も神官兵士と聞いた時は驚いた。修道女に関しては、龍姫になる可能性はある。


 謁見の儀式の間、私は四面紫色のカーテンに囲まれている所で椅子に座っている。

 小さい空間に、クレイさんとバロンさんも私の横で椅子に座る。謁見で私の姿を見せることはない。龍騎士が決まるまで身の安全のため身の周りの世話をする人達以外に誰も私の姿を知らない。


「緊張しますわ」


 今日は、修道女の正装したクレイさんが興奮しながら言う。もうクレイさんは、ずっと興奮しまくっている。

 龍姫様の降臨で、王太子の結婚式の影が薄くなっているとお喋りなバロンさんが笑って言っていた時に、私は王太子様と男爵令嬢様に悪く思った。二人の恋愛の華やかな話題を、ポッと出の私が奪ってしまった。王太子様と男爵令嬢様が二人仲良く、今日の謁見に参加していると聞いてドキドキする。

 王太子様の結婚より龍姫様の方が重大で喜ばしいことだ、と他の神官達が言っているのを聞いて気分が悪くなる。


「龍姫様、はじめまして。わたくしは、国王、ダマレル=ヤイ。隣におるのが王妃のサマエラ。

 後ろにいるのが息子王太子の、タケルイ=ヤイと第二王子マルイシュ=ヤイ。そして、王太子の婚約者のメリエッシ。この度はこのように我が国にお越し下さり、ありがたき幸せでございます。今後とも末永くよろしくお願いします」


 カーテン越にしぶい声がするけれど、顔を見ることが出来ない。でも、カーテンは透けているのでシルエットは見える。王様達が私へ跪いているのが見えた。


 一国の王様が膝をつくなんて……それほど龍姫の身分が高いことに改めに認識して体に緊張が走る。


「王様は第二王子に龍騎士になって欲しいみたいだぞ」


と、バロンさんが言っていたのを思い出す。

 第二王子は身分の低い側室出みたい。王族の間でもいろいろ問題があるみたい。

 でも龍騎士や龍姫は身分に関係なく決まる。年齢は成人している人のみだ。挨拶をされたけれど、私が話すことは禁じられていたので返事をしない。

 カーテンの外にいる神官長が何か王様に言って、「次」と大声で言った。これから十人のグループが続けて私の前に来る。何十人何百人。下手したら何千人と言う人達と何日も何週間も何ヶ月も何年も龍騎士に会うまで会わないといけない。その話を聞いた時に早く龍騎士様に会えるように祈った。


「な、なんだ! 手がひ、光っている!」


「王太子様」


 次々と「王太子様」と言う声がする。


「王太子様が、龍騎士様に選ばれたー!!!!」


「王太子様が……」


 謁見室が騒ぎで熱気で熱くなる。


「そ、そんな。タケルイ様が龍騎士なんてありえません。わたくしと結婚するのです!」


 甲高い女の人の声がした後辺りが静まり返る。


「そ、そうだ。メリエッシ。私もメリエッシしか愛していない!」


 王太子が言った。なぜか胸が痛い。


「王太子様。あなた様は龍騎士に選ばれたのです。神の意志を反することは許されません」


 いつも優しい神官長が、怒鳴り声を出した。


「煩わしい。今回の龍姫は三人の龍騎士を娶ると聞いたぞ! そんな淫乱女の所へ、私と結婚しろと言うのか!?」


ーー淫乱女。いんらん、おんな……。


「何を仰せですか? 王族と言っても龍姫様へ対しての暴言、これは見逃せません!」


ーー淫乱。私はまた愛されない……。


 椅子から立って、フラフラと前に歩きカーテンから出た。


「ミーナ様、待って」


「待つんだ。龍姫様」


 クレイさんとバロンさんの声が聞こえるけれど、聞こえない。この胸の痛みをどうにかしたい。


 ミーユが泣き叫んでいる。


『私はやっぱり淫乱だったの? 二人の人に愛されて愛したから。私は淫乱……」


 美奈も泣き叫んでいる。


『結局、誰も私を愛してくれない……』


 広い会場。綺麗な服を着た人達。皆外国人。


ーーあー、私は何でここにいるの……。


「い、ん、ら、ん……あいされない……」


 口から心の声が零れる。目から涙が零れる。


「龍姫さ、ま?」


 何人かの声が聞こえた。


「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁー。私も連れて行って。私ももう死にたい……」


 ミーユは死んだ。じゃあ、死にたいと願ったのは、私、美奈だった。この世界にいることが辛くなった。私は普通の美奈になりたい。

 もし美奈があの日に死んだのなら、どうしてこんな所にいるの?

 私の体が倒れていく。バロンさんが私の体を受け取ったので、床には倒れなかった。私は段々と意識が遠のいて行く。私が最後に見たのは、カッコいい金髪の王太子が可愛い女の子を抱き寄せている姿だった。

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